HipHop,R&B,Soul,Funk,RareGroove,DanceClassics,Garage,House・・・など、私が気に入っているMixTape,MixCD,その他もろもろを紹介するブログです。
「俺の履歴書 - あるコレクターの18年間」
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 え~、突然ですが、ブログ開設7周年記念で昨年の10月頃にアップしようと思っていた「特大ボム」をブチ込みたいと思います!

 無駄に長いので、暇なときに読んでくださいね~





『はじめに』

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 まず、初めにですが、私は1995年12月末にターンテーブルを購入し、それからレコード、そしてミックステープなどを趣味として購入し続けており・・・気付いたらその趣味が「20年」を超えていました!

 そう、実は昨年は「20周年記念の年」でした!

 まあ、そのことに気付いたのが既に20周年に入った去年の夏で、本人は全然自覚していなかったですが、よくも20年もこんな「趣味」を続けているな~と思っております・・・

 この趣味を定義するのであれば「音楽のコレクター」なんでしょうが、レコードならまだしも「ミックステープ」が中心の一つですからね・・・極めて異端の道を走りづけています(^^;)

 ただ、こうして趣味が続けられたのも元気でいることと、もはや趣味ではなく「人生の一部」になってきていることが大きいかな・・・うん、ブログを含め「ライフワーク」なんですよね~

 これからも、この趣味は続けられる限り、頑張っていきたいと思います!!


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 そんな中、この「20周年」をネタに何か出来ないかな~と考えた時に、スグに思いついたのが、この「黒いバインダーに包まれたノート」です!

 このノートは、私が購入したレコードやテープ、CDや関連するモノなど、DJ/レコード趣味に関して「購入したモノ」を、購入の度に記録していったノートで、通称「購入台帳」と呼んでいるモノです。

 たまに、ブログでも「購入台帳によると・・・」みたいな書きぶりをすることもあるので、ご存知の方もいるかな・・・ただ、実物を出すのは初めてかもしれないですね・・・


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 台帳は、例えばレコードであれば「購入日、購入店舗、購入タイトル、状態、値段」を書き、買った順に時系列に記録をしていった内容になります。
 実際には、あまり見返すことがはないのですが、書き始めた時は、いつ買ったかを調べるときに便利だろうと思い、始めたような記憶があります・・・

 そして、月別ではレコード、テープ、CDの購入枚数と合計額をまとめ、私のコレクションの数の把握や、どれだけお金を使っているかの確認にも使っています・・・
 最近は「どれだけ買っているのか」ということに対して鈍化してしまい、あまり興味がない(?)のですが、ストレートに購入額の「数字」が分かるので、結構凹むこともありますね(^^;)
 
 そんなこんなで、1998年4月より書き始め、気付いたら「約18年間分の購入記録」が書かれています・・・

 そう、この購入台帳がコレクターとしての私のほぼ全てが書かれており、さながら「俺の履歴書」になっています!

 そこで、日経新聞のアレをサンプリングさせて頂き、この「購入台帳」を元に「Mix Tape Troopers」という存在を掘り下げていこう、というのが今回の記事の趣旨になります!!


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 そんなわけで、手書きの購入台帳を延々とエクセルに手打ち入力をするという拷問を経て、この企画のためにシコシコと準備作業を続けていました・・・エクセルで5900行の手打ちは地獄でした(^^;) 

 ただ、おかげさまで、色々なデータが一発で分かるので、かなり面白い資料になったかと思います・・・

 とりあえず、一発、驚くべき情報を入れておくと、1998年4月~2016年3月末まで、つまり「18年間」での購入履歴は以下の記録になりました・・・

レコード 3212枚
 CD   900枚
テープ  3343本

使用した金額 824万4600円



 この枚数なり金額を見てどう思うかはその人次第でしょう・・・

 ただ、私としては「この位だったか~」と思い、結果的には「俺もまだまだ・・・」と思いました・・・

 正直、18年間なので、もう1ケタ上に行ってるかな~と思ってたので、少し拍子抜けした部分が大きいんですよね・・・

 824万円といえば、それは大きな金額で、それこそベンツが1台、マンションなら古い中古の1LDKぐらいな金額でしょう・・・ただ、18年間でコレなので、むしろ「少ない」と思ってしまいました・・・
 まあ、私はそこまで収入が無いのでアレですが、私と同世代で住宅ローンを組んでいたら、この金額は頭金がちょっと多いぐらいと思うかな・・・

 でも、これが実益を伴わない「趣味」に投資したのであれば、ビックリかもしれないですね・・・
 私は「中の上ぐらいのコレクター」だと思うので、コレクターのリアルな数字が出せたのは世界的にも珍しく、かなり面白い「数字」かもしれません。

 なお、蛇足ですが、ここ2年度は頑張っていて、2015年度(2015年4月~2016年3月)の合計使用額は90万1500円、月平均だと約7万5千円でした・・・うん、もう1ケタ上げるまではそんなに遠くはなさそうです(^^;)


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 というわけで、今回は「台帳のデータ起こし」に加えて、その台帳から分かる「数字」にも着目し、以下の2つの資料を作成しました!

① Mix Tape Troopers 購入台帳
   ※外部サイトdocs.com

② Mix Tape Troopers 購入台帳(分析編) 
   ※外部サイトdocs.com

   別館記事→ 「俺の履歴書 - 分析編」 


 ①は購入台帳のデータ版で、購入台帳を書き始めた「1998年4月から2015年度(2016年3月末)」までの18年間分の購入記録が記載されています。
 PDFでA4横の表紙込みで154ページです・・・1枚ずつ読むのは難しいと思うので、適当に眺めるなり、思いついた単語で検索をしてみるなりして、私が「こんな風に買っているんだ~」というのを見ていただければ幸いです。

 そしてその購入記録の「数字」を用いて「Mix Tape Troopers」というコレクターを深く分析した資料が②になります。

 掘り下げると言う意味では、こちらの資料の方が掘り下げをしており、「Mix Tape Troopersというコレクター」を客観的な視点で分析した資料になります・・・
 会社のプレゼン資料や、なんかの審議会や検討会で出しても恥ずかしくないぐらい、多角的に分析と資料化をしてみましたので、本編の補助資料としてご活用ください・・・

 そして、このPDFのままだと分かりづらい部分もあると思うので、この記事では①の詳細を年度ごとに分けて、いつものダラダラ文章で「回想録」のような紹介をします・・・
 時系列で紹介することで、私の「コレクターとしての人生」を、どのように進んだかが分かる内容にしてみました。

 そして、②については、この記事の別館を設けて、そちらで説明をしたいと思います・・・別館の方は、イメージとしてはプレゼン資料を口頭で読みあげている感じでいきたいと思います~

 では、18年間で854万円使った人生を紹介します!





『俺の履歴書 - 年度別の報告』

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<注意点>
①記載する年は全て「年度=その年の4月から翌年の3月末」として記載します。
  例 1999年 : 1999年4月1日~2000年3月31日
②記載した「金額」は購入した金額の100円以下の単位を 「おおむねで四捨五入」した金額になります。
  例 864円→900円 1234円→1200円
③セール等で値引きや割引があった場合は値引き/割引後の金額で記載をしています。
  例 1570円のレコードが30%引き→1099円→1100円
④以下で記載する内容は、全て購入台帳の記録と本人の記憶で構成されています。記録違い、又は記憶違いの可能性もありますので、ご承知ください。




<1998年> 高校3年生/18歳
   年間金額 198,700円 (月平均 16,558円)
   レコード:160枚 CD:0枚 テープ:0本

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 さーて、ガンガン書いていきますよ!

 以下では、その年に購入したレコードやテープ等を紹介しながら進めていきますね~

 購入台帳は1998年4月1日から始まりますが、一発目は渋谷のユニオンで「Big Punisher / I'm Not A Player」を中古で買っていますね・・・懐かしいな~
 そして、まだこのころは新譜も積極的に買っていて、Manhattanがかなり初期から推していた「Jurassic 5 / EP」には真っ先に飛びつき、オールドスクールなフィーリングに見事ハマった記憶があります!


 まず、1998年は高校3年生で、私は千葉の片田舎の男子校に通っていました・・・今思うと、なんで都心の学校に行かなかったのかが分かりませんが、千葉の大らかな雰囲気の元、のんびりと育ちました・・・

 高校時代の音楽状況を整理するために1998年以前の話をすると、私は中学3年生の冬にあたる1995年12月にタンテを買って、実質的には1996年からレコードを買っていました・・・ただ、初めは何を買ったらよいのかが分からず、俗に言う「丘DJ」状態でした・・・
 それこそ、DJ機材を持っていることに優越感を覚え、その時は「レコード」に関わる音楽が「カッコいい」と理解してなかった状況で・・・ほんと良く分からずにレコードを買っていました。

 ただ、段々とHipHopを中心にカッコいいと思うモノが分かってきて、決定打となる「HipHop/R&B専門誌 FRONT」との出会いを経て、US系のHipHopが本当に好きになり、少ない資金の中で気に入ったレコードを買っていました!
 1996年~1998年ごろというと、日本では「DJ Premier系のワンループ」が流行ってて、イイ感じで冬な感じのトラックが人気で、それこそPremierがProしたGroup Homeなんかは渋谷のManhattan Recordsが大プッシュしてて、見事にヤラれた口でした(^0^)

 んで、1998年になると、少しづつHipHopがメジャー化していく過程で、Big PunisherのようなキャッチーだけどカッコいいHipHopが増えてきて、HipHopという音楽において「変化」が現れた時期だったと思います。

 台帳を見てると、ATCQのLove Movementとか、PeteRockのソロ作、ローリンのLPなど、今までのHipHopから「更に次のHipHop」に変化していった作品も割と真面目に買っていたようです・・・ただ、Bad BoyとかのキャッチーなHipHopにはついて行かなかったです・・・
 まあ、どちらかというと「独自路線」を進んでしまい、この時期から「新しい曲」に新鮮さを感じなくなり、中古で過去の「カッコいいと思う」HipHopなんかを掘るようになり、段々と「中古」で買うことにシフトしてしまいます。

 高校時代は、あまりお金は無く、コンビニでバイトして何とかして購入資金を月に1~2万円用意して、渋谷に行ったらManhattanとCiscoで新譜を買い、その足で渋谷のユニオンに行き、ちょっと前の曲を安く買っていたことが多かったようです・・・
 購入台帳を見ると、新譜も買いつつも、ちょっと前の曲を安くかったり、既に高かった黄金期のHipHopをブートで安くかったりし、とにかく「HipHop」を吸収しようと頑張っていたようですね~  


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 そして、高校生の頃はやっぱり「日本語ラップ」ですね!

 写真に上げたDLクラシックである「Lunch Time Speax / 止マッテタマッカ!!」は今でもクラシックだし、1998年ごろから「日本語R&B」も盛り上がり始め、これを聴いてAnita Bakerの良さを知った「DJ Hasebe / adore」などの歌モノも熱心に買っていましたね~
 この辺は、リストの最初の方なので、パラパラめくりながらでも目に入りますが、Co-Keyとか我那覇美奈とか、渋いところをちゃんと買っていたのには驚きです(^^;)

 日本語ラップとの出会いは、明確に記憶は無いのですが、1996年の夏に開催された「さんぴんキャンプ」が終わった後、人づてに「日本語ラップは凄い」と聴いて、段々気になっていき、確か1997年3月頃に発売された「ECD feat K-Dub Shine / ロンリーガール」を買って完全にヤラれた記憶があります。
 その前後でFRONTと出会ったり、東京FMで不定期に放送されていた「Hip Hop Night Flight」を知ったりし、すぐに日本語ラップは好きになりました・・・

 残念ながら、私自身はB的な服装が一切に合わなく、今となっては「BになりきれないBボーイ」でした・・・そのため、当時の日本語ラップの勢いを「やや横から感じていた」位置におり、それこそサイプレス上野さん級に熱心ではありませんでした。

 ただ、FRONTを介して、特に佐々木志郎さん(今の宇多丸さん)から「Bボーイというのは、B系のファッションに包まれるのではなく、自分が面白いと思ったモノを突き進める存在」のようなことを教わったりして、割と「精神論」的な部分でHipHopから影響を受け、今に至っています。
 そう、今でも上手く言えませんが「俺イズム=Bボーイ・イズム」という考え方を知り、その視点でHipHopや日本語ラップを掘り下げてみると、メチャクチャ面白いことに気づいたんですね・・・これが初期衝動なのかな?

 そして、話を1998年に戻すと、ホント素敵な日本語ラップが多くリリースされ、興奮をしながら「発売日」にレコードを買いに行っていました!

 私は、前述したとおり、千葉の片田舎の高校でしたが、家は東京の真横の千葉だったので、学校が終わり、ちょっと無理をすれば渋谷に行けたので、日本語ラップの発売日には無理して渋谷に行き、CiscoかManhattanで買っていました。

 今の日本語ラップファンなら「予約」というイメージかもしれないですが、当時は予約という制度はなく、とにかく発売日に行かないと買えないことも多く、みんな無理して行っていましたよね・・・1998年ごろだと、流石にその流れは薄れてはきましたが、みんな「買えない」という嫌な思いをしたくないので、無理して行ってたのはいい思い出です。
 個人的には、1998年5月に「Gore-Tex / 拍手で始まり拍手で終わり (Watarai Remix) 」が出た時、当然ながら発売日に行ったら諸事情で翌日に延期・・・翌日に行ったら、また翌日に延期・・・そして翌々日にやっと買えたという、結果的に3日間通ったという「日本語ラップ恨み節」が懐かしいです(^^;)

 んで、この頃のヒーローは「Dev Large」さんです!

 無論、日本語ラップが好きになり、調べていくうちにBuddha Brand~Dev Largeさんに繋がっていき、人間発電所や大怪我にはヤラれました・・・ただ、レコードは既に高すぎて買えず、Ciscoのセールで眺めているばかりでした・・・
 また、Frontの連載なり、ラジオでの発言などを通して感じた「Dev Largeさんの熱さ」が、少年時代にしか芽生えない「ヒーローへのリスペクト」みたいのを生んで、ある意味で心酔していました・・・・

 写真に上げたランチのデビュー12inchは、正にDLクラシックで、リリースされた時、心の底から「カッコいい!」と思った1曲でした・・・
 今思い返すと、Hasebeさんもそうですが、こういった先輩たちの作った「黒い音楽」に影響を受け、段々と「黒い音楽」に入り込んで行った部分もあるかもしれませんね・・・

 なお、高校時代の懐かしい思い出としては、卒業パーティーを歌舞伎町の良く分からないクラブで友達が開催し、私もド下手なDJをしたのですが、当時リリースしたばかりの「宇多田ヒカル / Automatic」や、パーティの直前に渋谷のSpiceで買ったブートの「Jackson Sisters / I Believe In Miracles」で盛り上げたのが良い思い出です(^0^)
 



<1999年> 大学1年生/19歳
   年間金額 171,000円 (月平均 14,250円)
   レコード:250枚 CD:1枚 テープ:5本

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 そして、高校を卒業し、1999年の春には某N大学に入学をしました・・・

 受験については、それなりに勉強をして、結果的に推薦という形で進学でき、周りに比べたらそんなには苦労はしていなかったかもしれません・・・
 ただ、今のブログもそうですが、人から見えないところで地味に頑張るタイプなので、結構勉強をしましたよ・・・ただ、私の学力ではN大レベルでした(^^;)

 そんなわけで、大学生活です・・・

 華やかなキャンパスライフが始まるかと思いきや、たまたま私が入った学部は、1年時は埼玉県の大宮にキャンパスがあり、自宅がある千葉から通うことになりました。片道で1時間半ぐらいかかったと思います。
 なので、大学でのキャンパスライフ的なことはあまりせず、割と自宅と大学を往復していた印象があります。まあ、元々、友達を作ったり団体活動をするのは好きではなく、一人で何かをやってる方が好きだったので、地味な学生生活でした(^^;)

 ただ、その通学過程で大きく影響を及ぼしたことがありました・・・

 それは、通学時に「ミックステープ」を聴くことです!

 まず、ミックステープは、高校生時代は忘れたころに1本買うぐらいで、そこまで真剣に買ってなかった反面、録音したラジオ番組をテープで聴くことが多く、むしろコッチの方がスタートかもしれません。
 私の世代だと、夜~深夜ラジオが全盛だったので、伊集院さんとコサキンは毎週必ず録音して、高校~大学と通学時の「友達」になっていました・・・

 ただ、そういった習慣があったので、生まれ始めた「DJ番組」もしっかりとチェックしてて、個人的にはJ-Waveで放送していた 「Hip Hop Journey - Da Cypher - 」が超重要です!!

 ホント、私と同世代の方だと、この番組の影響は大きく、この番組を通して沢山の「音楽」を知ったと思います・・・MCのRikoさんの素敵なトークと様々なHipHop系DJがDJミックスを披露しており、これらを録音して聴いてた方も多いはずですよね・・・
 私も、毎週録音をしてて、メインDJであったMUROさんからは様々な音楽を教わりました。もう、あまりにも好きすぎてMUROさんの素晴らしいミックスを独自編集してミックステープ(Da Cypher's Choice)を作ったほど、好きでした!
 
 そんなお手製ミックステープや何となく買ったミックステープ、そして下手ながら一生懸命作った自分のミックステープなどを、当時は「ショックウェーブ」で聴きながら大宮まで通学していました・・・

 ただ、このころから段々と「良いDJミックスほど、真剣に聴けば聴くほどミックスの世界に入りこめる」ことが分かり、その長い通学時間を「ミックステープの音楽旅行」で旅することが多くなりました。

 特に、99年の4月に購入した「DJ Spinbad / That's My Sh?? !!」が衝撃的で、これで「ミックステープ」の良さに開眼した部分はあるかもしれません!

 Spinbadについては、そのDJスキルとイルなセンスが評判で、レコード店などで結構プッシュしていたことで興味をもち、この作品は「HipHop黄金期ミックス」だったので試しに買ったら即死で・・・これを聴いたから、今でも「ミックステープ」を愛しているのかもしれません!

 ちょうど、大宮通学とリンクするのですが、自宅から通ってたこともあり、家で飼っていた犬と夜の荒行散歩でもSpinbadは活躍し、その超絶なDJスキルとイルなセンスで、ほんと心を奪われました・・・
 特にSpinbadは、DJミックスに「盛り上がるストーリー」を持ち込むのが異様に上手く、このThat'sもそうだし、Spinbadのイルさを世に知らしめた快作「DJ Spinbad / The 80's Megamix」も素晴らしく・・・犬の散歩でも、大宮までの通学でも、とにかくフル活用でした!


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 そんな大学生活が始まり、そんなにバイトもしなかったので、あまりレコードを買うお金はなく、月1~2万円程度でやりくりしていましたが、割と現在に繋がる方向でレコードを掘っていました。

 まず、千葉から大宮に通うので、おのずと「上野」を経由することが多くなり、途端にCiscoの上野店と、当時、御徒町寄りにあったユニオンの上野店は良く通っていました。
 また、大宮までの途中には、今もお世話になっているユニオンの北浦和店もあり、ここも良く利用をしていました。

 個人的には「上野と北浦和のユニオン」の存在が凄い大きいかもしれません・・・

 なぜなら、この二つのお店で「安く良いレコを掘る」ことを覚えたからです。

 ちょうど、HipHopを深く追求していくうちに、HipHopの源流ともいえる行為「ブレイクビーツの2枚使い」に行きあたり、初めて「Ultimate, Breaks & Beats」を購入したのがこの時期です・・・

 最初、これを「聴いた」だけでは何も理解ができませんでしたが、TBSでやっていたDJミックスの番組「CLUB EdGE」で放送した、EPMDのDJであるDJ Scratchのブレイクビーツセットが衝撃的で、同じレコードのブレイクを「2枚使い」するだけで、こんなにファンキーになるんだ!と驚いたものです・・・

 そこから、Ultimateを揃えつつ、昔のDJのアイデアを尊重し「100円程度の安いレコを掘って2枚使いをするブーム」が突然始まりました・・・

 その中で、ユニオンの北浦和と上野店、そして今のクラシック店の場所にあったお茶の水中古センターは相当お世話になりました!

 どのお店とも、クラブに特化してないお店で、ロックコーナーの端にある100円コーナーが異様に充実してたんですね・・・それこそ、写真にある「Hall & Oates」のベスト盤は、邦盤であれば「100円以外で買うのが難しい」ぐらい豊富で、掘れば掘るほど面白いレコードと巡り合えました。
 もう、この時期は「質よりも量」な感じで、月30枚ぐらい買ってましたね・・・そのどれもが、結果的に手放してしまいましたが、見たことがないレコードを掘る楽しみをココで覚えたのかもしれません・・・

 そして、そうやって買ってきたレコードを「2枚使い」することも楽しみの一つで、「Hall & Oates」のベスト盤は凄く思い入れがあります・・・

 それは、前述した「DJ Spinbad / The 80's Megamix」で披露されていた「Maneater」と「I Can't Go For That」のクソドープな2枚使いが凄くって、これに追い付きたい一心で、結構練習したんですよ・・・
 おかげさまで、当時はSpinbadの2枚使いが出来るようになるぐらいDJ技術が上達したのですが、結果的に、高度に見えて実は単純なアイデアで構成されている2枚使いのように、ダメなレコード(=100円)でも、人の使い方次第ではファンキーにできることを学んだことが大きいと思います!

 この頃って、ほんとレコード市場が過熱してて、Hip HopやR&Bの黄金期な12inchはバブルのように高騰してて、とても手が出せる状態ではなく、私は指をくわえていました・・・
 ちょうど時期的に、HipHopが一般化してきて、サウンドが変わってきた中で、やっぱり「黄金期の曲はカッコいい」という考えが定着しはじめてきたので、なおさら相場に拍車をかけていたと思います。変な話、今となっては1000円ちょっとで売っているレコードが1万円を超えていたけど、タイトルによってはその値段でも飛ぶように売れちゃう状況でした。

 ただ、これが結果的に、私の「良いところ」になるのかもしれないですが、そういう状況なら「人と違うことで楽しもう」という考えが強く、それが100円掘りに繋がっていたのかもしれません・・・

 100円掘り以外にも、ライフワークな「フライヤー収集」「ステッカー収集」もお金のかからない趣味で、この考えの延長かもしれません・・・

 そして、数年後に始まる「ミックステープ収集」が正にそうかもしれません・・・周りを気にせずに「俺イズム」で成長をしていったんでしょうね・・・




<2000年> 大学2年生/20歳
   年間金額 183,800円 (月平均 15,317円)
   レコード:249枚 CD:0枚 テープ:2本

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 そして、大学2年生になり、校舎が水道橋になったことで、更にレコード屋通いが白熱していきます・・・

 それまでも、割と渋谷には週1ぐらいで行き、空いた時間帯で上野とかお茶の水は攻めていたのですが、水道橋に移ったことでちょっと歩けばお茶の水、そして半蔵門線を使えばすぐに渋谷という好環境(?)を手にしたことで、暇さえあれば買うものが無いのにレコ屋に行ってました・・・

 この点で、一つ象徴的なエピソードがあります・・・

 忘れもしない2000年4月28日(金)、この日は「Buddha Brand / 大怪我3000 bw 人間発電所Classic Mix」の12inchの発売日でした・・・

 Buddhaの大怪我と人間発電所は、日本語ラップのクラシック中のクラシックで、みんな大好きな曲でしょう・・・無論、当時から人気の曲で、オリジナルのレコード盤は1万円前後で出てて、とてもじゃないけど買えませんでした・・・
 それが、ミックス違いであるものの、しっかりとした形で再発されたので、ファンは狂喜乱舞で、発売時は話題の1枚でした・・・

 そんな中、私は平日なので普通に大学で授業を受けていました・・・Buddhaは学校帰りの夕方に買いに行こうと思っていました・・・

 ただ、午前中の授業中ですが、突然「今すぐCiscoに行った方がよい」という考えが頭をよぎり・・・気付いたら、教室を抜けて渋谷のCiscoにいました・・・
 そして、そのCiscoには、あり得ない位の人数の若者が、Buddhaの12inchを持ってレジに並んでいました・・・それは恐ろしくもあり、レコード馬鹿としては美しい光景でした・・・

 んで、喜びながら2枚買いでBuddhaを購入し、普通に大学に戻って午後からの授業を受けていたようで、きっとレコードの神様が私を導いてくれたんでしょう・・・というか、暇さえあればレコ屋に行っていたエピソードでしかないかもしれません?

 うん、この時期って、ほんと色んなレコード屋さんがあり、暇にまかせて色々と回っていましたね・・・

 この頃もあまりお金がなく、安いレコードを買ったり、オリジナル盤は買えないのでブートを買ったり、どうしても欲しい盤は少しだけお金を出して買ったり・・・とにかく時間があったので、色々とレコード屋さんを回りながら、レコード掘りを楽しんでいました。

 大学が水道橋だったので、お茶の水と渋谷が中心ではありましたが、お茶の水であれば駿河台下にあったユニオンのお茶の水クラブ店(後に下北に移動)や中古センターなんかは暇さえあれば通ってて、結構、安く買ってましたね・・・
 実質的には1999年度でしたが、クラブ店でRip Slymeのプロモを600円で抜いた時はビックリしました!

 また、渋谷であれば、渋谷が「世界一のレコード街」だった頃で、ほんと色んなお店があり、購入出来なかったことの方が多いですが、お店だけは入ってレコを掘っていました。

 ManhattanやCisco、DMRやHomeBassのような新譜店は、この頃になるとだいぶ新譜の購入頻度は高くは無かったけど、どのお店にも渋谷に行ったら必ず顔をだしており、ManhattanDMRについては、毎週、通販リストを店頭で配っていて、それを目当てに通っていましたね~
 また、この時から既にメインだった中古も、渋谷のユニオンとSpice Recordsは必ず訪れ、よく割安なレコードを買ってました・・・そして、個人店ともいえる小さなお店などにも顔をだしていました・・・

 その辺のレコード屋さん事情は以前書いた「レコード袋」の記事に譲りますが、レコードを買うお金が無いのに良く通ってましたね・・・

 なお、個人的にはこの頃で日本語ラップから少し一歩引くようになりました・・・
 明確な理由はないのですが、新曲が出た時の喜びが減っていった感じでしょうか・・・うん、高校生ぐらいの時に味わっていた「熱さ」が無くなったと判断したのかな・・・


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 そして、この日本語ラップ離れを発展させると、この時期ぐらいから「色々なジャンルのレコード」を物色するようになり、これも今に繋がっているかもしれませんね・・・

 2000年だと、ひょんなきっかけから耳に入り、一発で気に行った「Dry & Heavy / Full Contact」のようなReggae(Dub)を買ったり、100円掘りの延長で「寺尾聰 / Reflections」とかの和物を買ってたり・・・色々な挑戦をしていたようです。

 まず、ドラヘビの関しては、この年の8月に代々木公園で無料のライブがあり、そのヘビーなリズムにヤラれ、かなり衝撃を受けました。まるで、積み上げられたスピーカーから、ベースの「龍」が舞い上がっている感じで、それまでHipHopしか知らなかった耳には衝撃的でした。
 また、それがきっかけでレコードを買うようになったのですが、私の悪い癖で「欲しくなったら全部買う!」みたいな揃え癖が発病し、しばらくはドラヘビ掘りをしてました・・・

 そして、和物は、この時はそこまで反応をしませんでしたが、今思うと、恐ろしく安い時代で、ちゃんと買っておけばよかったな~と思いました。
 それこそ、達郎さんのLPも場合によっては100円で買えちゃう時代で、試し買いをするのには有難く、よく分からないフュージョンとかを買ってましたね・・・今思うと、それは村松健さんのLPとかなんですか、とりあえず買ってみて、色々な音楽の「エッセンス」を吸収していた時代のようです・・・




<2001年> 大学3年生/21歳
   年間金額 113,800円 (月平均 9,483円)
   レコード:134枚 CD:0枚 テープ:1本

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 そして、大学3年生・・・個人的には、この年は結構重要な年だったかもしれません・・・

 まず、これまでの流れを整理すると、私自身、レコードに人生を捧げるほどお金は突っこんでなく、そのために無理してバイトをするとかはせず、割と限られたお金でレコードを買っていました・・・
 その矛先が「100円レコード」だったり、HipHopやDiscoのブート盤だったり・・・もう、当時、レコードを真剣に掘ってた方からしたら3軍以下な状況でした・・・

 それは、レコード購入だけでなく、全てのことが他の方よりも劣ってて、人前でDJすることも殆どないし、クラブへ遊びに行くことも知り合いに誘われたら嫌々行くという状況で・・・むしろ買ってきたレコードを家で一人で聴いたり、下手っぴなDJごっこを一人ですることの方が好きだったようです・・・

 なんでこういう感じだったのかはアレですが、結局は「俺イズム」は「一匹オオカミ」でもあり、それで地味に周りで静かに吠えていただけかもしれません・・・
 そういえば、この頃は一人前でも無いくせに髪を伸ばしてチョンマゲになってましたね・・・まあ、裏返しは床屋に行くのが面倒で、お金を節約したかったとか、見た目はDJっぽくとか、かなり下向きな理由でした・・・

 
 ただ、徐々に知識もついてきて、ちゃんと「まともなレコード」を買うようにもなりました・・・

 それこそ、Cypherを通して、MUROさんのプレイには大いに刺激を受け、MUROさんがプレイしたHipHop、R&B、Soul、Funk、RareGroove、Discoなど、色々な曲に興味を持ち、特に気にいった曲は奮発して買っていました!

 個人的には、言わずと知れたMUROクラシックである「Hubert Laws / Family」のLPが印象的で、これはMUROさんのお店である「Savage!」で購入しました!
 Savageは透明な外袋に色の違う丸いシールを付け、その色の違いで値段分けをしてましたね・・・そして、その外袋のままレコードを渡してくれるので、何となくそのまま使うのですが、今となると結構嬉しい「思い出の痕跡」かもしれないですね~

 ほんと、これまでが「痛い買い方」しかしておらず、オリジナルが買えないことは「負い目」だったりしてたので、なんとか追い付こうと努力はしていたようです・・・


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 ただ、3年生になり、いわゆる「ゼミ」が始まり、だんだんと勉強をしてた時間の方が長く、レコ掘りの回数も減っていった時期があります・・・
 特に、私自身、以外にも勉強も好きだったので、段々とゼミで勉強している方が好きだったみたいで、それでレコ屋に行く回数が徐々に減って行ったんですね・・・

 それは、もしかしたら、レコードを掘っているとたまにある「谷間」が訪れたのかもしれません・・・

 谷間とは「何を買っても面白くなく、次第にレコ屋から遠ざかること」です・・・

 私自身、高校生~大学初期と、とにかくお金はなかったけど、発見する新しいモノが刺激的で、そういったモノに夢中になっていましたが・・・20歳になってことで、少し「大人」になったんでしょうか、今までやってたことが急に「子供」に感じたんですね・・・

 また、その半面、色々な事情で「本物のレコードが買えない(=オリジナルが買えない)」ことがストレスになり、結局、何を買ったらイイのかが分からなくなり、それで袋小路に入ってしまったんですね・・・
 ほんと、この点は、頑張ってバイトしてお金を稼げばクリアー出来たんでしょうが、バイトするぐらいなら「自分の時間を作りたい」という意味のない内向的な性格が災いしてたんでしょう・・・

 そして、この局面でとった方法は、やっぱり「俺イズムで突っ走る」でした・・・

 まず、なぜかは分からないですが、ある時期から「トラックス」にハマってしまい、トラックスの名物レーベル「AV8」などを安く買っていました・・・

 トラックスとは、有名なHipHopの曲を用いて、クラブで盛り上げ用にカスタムしたインスト曲になり、ある意味で、黄金期の曲の「代替え品」となったので、それで買っていたようです・・・
 ただ、根っからの凝り性なので、良いと思ったら突っ走りますね・・・AV8に関しては50番ぐらいまでは黄金期に準じたトラックが多かったことから凄い気に入り、初期番号はリストを作ってコンプをしようとしていました・・・

 また、その流れと、従来のユニオン100円掘りの流れから「100円レコ」の殿堂とも言える「Recofan」の魅力に取りつかれてしまい、クラブ系の良く分からないレコードを大量に買っていました・・・

 特に、Recofanでは、HipHopに限界を感じたのか、Houseといった今まで殆ど買わなかったジャンルを試し買いしていて、まるで新しい道を模索するような買い方をしていました・・・

 ただ、相場的に高いレコードを買えないことの「逃げ道」みたいな部分もあり、質を量でごまかしていたんでしょうね・・・なんか、今考えると切ないな~

 結果的に、この時期の買い方は「迷い」しかなく、高校生の頃よりも少なく、月1万円以内の掘りで、今となっては「暗黒時代」です・・・

 そして、その暗黒時代は、公私も含めて数年続きます・・・

  


<2002年> 大学4年生/22歳
   年間金額 102,700円 (月平均 8,558円)
   レコード:167枚 CD:0枚 テープ:7本

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 そして、大学4年生・・・周りは「就職活動」で大忙しの中、私は迷っていました・・・

 実は、本当に真面目に勉強して大学院に行こうか考えていたんですね・・・

 ただ、私の学力とセンスでは追いつかなそうだし、何よりもこれ以上、親に学費を負担させるのも出来ないし・・・かなり歯切れの悪い時期でした・・・

 結果的に、進学することは諦め、周りよりもだいぶ遅れて就職活動を開始しました・・・
 それまで、自分の周りからの属性(DJ)の象徴であった「ちょんまげ」を切り落とした日は切なかったです・・・

 そして、就職活動は自分が何をやりたいのかが分からないまま活動をつづけ・・・結果的にそこまで本意ではなかった会社に就職が決まりました・・・

 当初は進学、そして就職活動を開始したら「僕はこれから何をしたらいいのか・・・」と答えを出せずに活動をしてて、まるでモラトリアムから抜け出せずにいた状況です・・・
 いざ、就職活動をすると、一応の趣味である「レコード/DJ」関係の仕事もイイかと思い、DJ機材メーカーである「Vestax」にもエントリーをしましたが2次で落ちてしまい・・・ホント、実生活でも暗黒でした・・・

 ただ、レコードの話も入れておきますね・・・

 そんな、暗黒就活をしてて、よくある就職セミナーに行った帰り、当時は本館の上階にあったユニオンの新宿クラブ店で、数年前から突然始まった「Norman Cookブーム」の流れでメチャクチャ探して発見ができなかった「Beats Internatinal / Excururison on the Vesion」がツモ引き出来た時は、凄い励みになりました!

 なんでしょう、あの「予想をしないタイミングでトップウオントのレコードが見つかった時の電気が走る感じ」はプライスレスですね・・・
 3年ぐらい探して出なかったレコードが、こういった落ちている時期に見つかると、ほんと嬉しいですね~


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 そして、一応就職も決まり、卒論も出せて、少しだけ学生気分に戻り、レコ掘りに力を入れる元気も出てきた矢先・・・今後を左右する「テープ」と出会います・・・

 2003年1月の中ごろですが、たまたま入ったユニオン(新宿クラブ店)で、上記のMUROさんの「Diggin' Ice」Kenseiさんの「Ill Vibes Vol.2」が中古で出ていました・・・

 今となっては、当時の記憶が全くないですが、この出物については「色々な思い」で買ったのでしょう・・・

 まず、MUROさんは、Cypherのプレイを通して大ファンになっていたのに、なぜかミックステープは買ってなかったんですよね・・・
 かなり記憶が曖昧ですが、高校時代に友達にリリース直後のIceとかを聴かせて貰い、全然理解が出来なかったことから、MUROさんは「大人のモノ」と思いこんだ節があり、それで買わなかったのかな・・・

 そして、Kenseiさんについては「遂に出会えた!」という気持ちが強かったと思います・・・
 この2が出た96年8月は、まだ本格的には日本語ラップが好きになっておらず、日本語ラップが好きになった後になり「あのテープはヤバい」と聴いて、凄い探したけど買えなかった経緯があり、当時としては「遂に出会えた!」だったと思います。

 また、私も含め、皆さんそうだったと思いますが、市場がこの2002年ごろは「昔のミックステープ」に見向きもしなかった流れもあります・・・

 当時の市場としては、まず、ミックステープはかなりリリースされてはいましたが、あくまでも「レコード」がメインであり、ミックステープは「おまけ」みたいな位置づけだったので、あまり注目されなかったと思います・・・
 むしろ、作品というよりも「消費物」の傾向が強く、どんなにDJが意欲的な作品をだしても、レコード購買者やお店側がレコードほど力を割いていなかった部分があったと思います・・・
 そのため、ユニオンを始めとした中古店でも殆ど中古で出ることはなく、このときのMUROさんなりKenseisさんは有名タイトルだからこそ出たような部分があったと思います・・・

 何分にも、このテープを私は手に取り、購入をしました・・・

 そして、この瞬間から「Mix Tape Troopers」が胎動しはじめたのかもしれません・・・

 


<2003年> 社会人1年目/23歳
   年間金額 197,800円 (月平均 16,483円)
   レコード:72枚 CD:0枚 テープ:56本

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 2003年の春、無事に大学を卒業し、社会人として世間に羽ばたきましたが、まだ暗黒時代は続きます(^^;)

 大学時代は決して華やかではなかった私ですが、無事に卒業し、曲がりなりにも「社会人」として羽ばたく時が来ました・・・ただ、社会人一年目も決して華やかではなかったです・・・

 縁あって、築地にある某会社に就職し、4月から真面目に働き始めました・・・どんな会社で働いていたかはアレですが、結果的に「理想と現実は違った」部分を味わい、かなり辛い思いをしました・・・

 それこそ、やっている仕事はそれなりに楽しかったですが、学生として鈍ってた体には社会人の洗礼は厳しく、色々と大変でした・・・

 まず、一日の拘束時間が当時としては耐えきれなく、結果的に朝の6時すぎには入って、夕方過ぎてやっと終わるみたいない感じで辛かった・・・そして、現場と本社で考え方違って色々な軋轢があったりして、体力以上に心労がヒドイ仕事でした・・・
 まあ、それなりに真面目な性格だったので、仕事的には頑張っていたと思いますし、現場での仕事は大先輩に助けられながら育っていき、それなりに一人前に仕事はこなしてはいました・・・

 ただ、仕事をするようになって「思っていたこと」が出来ずに、かなり苦しんでいた部分があります・・・

 それは、思うように「レコードが買えない」ことです・・・

 やっとお金が稼げるようになったので、思う存分、自分の欲しいレコードが買えるだろうと思っていたら、レコ屋に行く時間が思うようにとれないのと、日々のストレスが「レコードを買うやる気」を削ぎ落し・・・結果的に、学生時代以上にレコ屋が遠のいてしまいました・・・

 休みは、土日も働くことがあったので、平日に代休みたいな感じで不定期になってしまったり、職場は都内ではありましたが、レコ屋がある渋谷等とは離れたところだったので、レコ屋に行くのが億劫になったり・・・とにかく「レコード」のことを考えることができない日々が続きました・・・

 まあ、レコードとは別に、会社の人に飲みに連れていってもらったり、男遊びを教えてもらったりして、レコード以外の楽しみを知ったのもありますが、レコードのことを考える暇がなく、気付いたら仕事ばっかりしてた日々でした・・・

 ただ、こういった生活を繰り返す中で、私に「仲間」がいることが気づきました・・・

 それは「ミックステープ」でした・・・

 ある意味で肉体労働な仕事だったので、日常の疲れは半端なく、かつ、朝は始発直後の電車に乗らないと間に合わないので、日々の通勤も辛かったです・・・

 ただ、学生時代に覚えた「ミックステープ」を聴いて音楽旅行を感じる体験は、日々の疲れを癒す効果があることに気づき、殺伐とした朝の始発と、疲れ果てた帰りの電車で、私を癒す重要なアイテムになっていきます・・・
 それこそ、目は閉じつつも、心はそのDJミックスにゆだねることで日常の嫌なことを忘れさせてくれ、少しだけでも元気を与えてくれる存在になっていき、私自身も「ミックステープ」の凄さが分かっていきました・・・

 特に、その流れの中で、後押しするという意味で大きかったのは、ユニオンが中古のミックステープを出品するようになったことで、気付いたらレコードよりも「ミックステープ」を求めに、休みの日にユニオンに行くようになっていました・・・

 2003年ごろだと、ユニオンの渋谷クラブ店が鉄板で、かなり色々なミックステープを中古で出してくれ、それを目指しにお店に通ってた時期がありました・・・

 それこそ、MUROさんの昔のテープはこの時期に頑張って揃え、写真のHeatなりSuper Discoなり、とにかくリリース時に買わなかった作品を買いあさり、日々の通勤で聴いてヤラれていました・・・
 特に、Heatの97年と、Super Discoの銀は鉄板ですね・・・そんなにレコードが中心の生活ではなかったものの、レコード知識は増えていたので、その選曲の凄さは分かったし、何よりも、ミックステープとして「化学変化」を起こしてる内容が素晴らしく、かなり日常の助けになっていました・・・

 そして、時代的にはまだミックステープ全盛期だったので、色々な作品がリリースされており、ミックス市場で話題だったUlticut Ups!は自然と耳に届き、聴いたら即死なミックスで、速攻でファンになりました!

 特に、大名作な「Lesson 2」を聴いて、この人たちの超絶スキル×ドープな選曲の先にある「ストーリー性」がツボで、ちょうど45分ぐらいの通勤だったので、会社近くの駅につくころは、グッとくるエンディングになるので、テンションを上げるにはバッチリなミックスでした!
 また、しっかりとUlticut中毒になったことで、これ以降の作品はオンタイムで買うようになり、時期的には「Bing Bong Disco Baby」からはオンタイムで買っているので、この時期から「新作のミックス」も意識して買うようになっていました。

 そして、これまでも「俺イズム」を実践するレコードの買い方だったので、ミックステープにおいても興味があったものはとりあえず買ってみて、楽しんでみる掘り方を早くも実践していました・・・

 この頃の渋谷のユニオンは、ミックステープについては、特に価値を考えずに値付けして出してくるパターンが多く、結構ドープな出品が多かったと思います・・・

 この辺は、台帳を見ていただけると分かりますが、かなり色々なタイトルが出品されており、私自身のも興味に任せて色々と買っていましたね・・・
 特に、大きいのが、早い段階で「関口紘嗣 / 神の足元」を訳も分からず買っており、聴いたら最高にドープで、これも通勤の仲間になっていました・・・ミックステープを意識的に買い始めた時点から、知らない作品を買う(=掘る)ことも含んで買っていたようですね・・・


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 文章が長くなってしまったので、一度、ブレイクの意味を込めて、写真を挟みましょう・・・

 まず、私にとっての「ミックステープ元年」は、就職をした2003年のようですね・・・今回、改めて考え直してみて、間違えないことが分かりました!

 それは、ユニオンで中古品を多く出すようになったことも重要ですが、その出品したテープを、私が「生活に必要だから」という切実な理由で求め始めた年であり・・・そう、この年が「Mix Tape Troopers」が生まれた年になるかと思います!

 この年は、レコードは72枚しか買ってないのに、テープは56本を買っており、MTTらしいスタートダッシュを切れたようですね・・・
 こういった数字を客観的にみることが、今回の資料化の大きなポイントだったので、個人的には納得しました(^^;)

 ただ、レコードの方は微妙な低空飛行でした・・・

 就職をして資金は出来ましたが、まず暇が無い、そして暇が無いので「何が欲しいのかが分からない」状況が続き、あまり積極的には買ってなかったようです・・・
 それは、まだレコードの相場が高かったり、私自身が夢中になれるレコードジャンルが見出せなかったりしたのが大きいのかな・・・大学時代からしたら、だいぶ音楽ジャンルの幅が広がったり、余裕のある買い方出来るようになったようですが、明確に「これが欲しい」みたいな方向性が無かったようです・・・

 そのため、気付いたら「外堀」を埋める作業をしていました(^^;)

 つまり、それは「機材」への投資で、欲しかったDJミキサー「Vestax PMC-05 Pro MK 3」を買ったり、レコード針を憧れだった「Ortfonのコンコルド式(Pro S)」に変えたり、ちょっとずつDJシステムの増強を図るようになっていました。
 翌年には、アンプを一新して、これまた憧れだったJBLのスピーカー(といっても4312M)を入れてみたり、テープを聴くことが多くなってきたので、アンプと共にテープデッキを買ったり、とにかく外堀を埋めていました。

 残念ながら、現状も、この頃に更新をしたDJシステム&音響なのがアレですが、システムを更新するだけで「音が良くなった」ことが分かり、ちょっとだけ、家でレコードを聴くのが楽しくなった記憶があります・・・




<2004年> 社会人を挫折→再就職/24歳
   年間金額 326,300円 (月平均 27,192円)
   レコード:134枚 CD:9枚 テープ:95本

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 ああ、段々、書いていてノッてきているので、文章が長くなってきたぞ・・・すみません、私の悪い癖と思ってお付き合いください(^^;)

 そんなこんなで、就職して1年過ぎましたが、日々の仕事に追われ、あまり精神衛生上で良くない日々が続きます・・・

 仕事は相変わらず忙しかったですが、だいぶ仕事にも余裕が出たことで、少しづつ、趣味のレコードに投資できる時間も増えてきました・・・

 ただ、この頃になると、自分の「仕事」を見直すこともできるようになりました・・・

 その結果、このまま「この仕事を続けて良いのか」ということが頭から離れなくなりました・・・

 仕事自体は嫌いではなかったですが、正直、このまま何年も働いた先の「ビジョン」が見出せなかったんですよね・・・うん、この仕事を続ける「意味」が分からなかったんです・・・
 もちろん、学生時代から「趣味」に生きていた人だったので、その「趣味」が希薄になっていくのは辛かったのもありますが、嫌なほど働いているけど、その人一倍働いていることが「今後の将来に価値を生むのか」が判断できず、徐々に悩み始めました・・・

 そんな中、繁忙期である夏に、やっぱり「ミックステープ」によって人生が左右されました・・・

 繁忙期は、今でこそアウトな位に働いてて、家に帰ることすら体力を消耗する要因になるぐらい、毎日が疲れ果てていました・・・
 
 そんな中、Ulticutが好きになり、たまたま中古で買った「DJ YUU & DJ YU-KI / Any Love」という作品が、私を「後押し」してくれました・・・

 いわゆる歌モノの作品ですが、Ulticutらしい幅広い選曲と、素晴らしい選曲のストーリー性がある作品です・・・
 
 ほんと、ストーリ性が半端なく、B面のYu-kiさんのサイドは鉄板で、中盤に配置された「Wendy Moton / Step By Step」へ繋げる展開がクソヤバくって・・・DJミックスを聴きながら「初めて涙をした」位、ヤバいミックスです・・・

 朝の始発に乗って、職場に行き、ボロボロになる位に働き、翌日の仕事の為に、もはや無理して家に帰るのですが・・・その空虚な帰宅の際、寂しい夜道をこのミックスを聴きながら帰っていたら、私を元気づけるかのように「Step By Step」が選曲されます・・・
 実際の歌詞の意味合いは違うかもしれないですが、あの時の私には「自分のペースで一歩一歩進もうよ」と心強く聞こえてしまい、わざと遠回りして近くの公園に行き、この部分を聴いて男泣きをしていました・・・

 ただ、その「一歩一歩進もうよ」が、私の判断を「後押し」しました・・・

 結論で行くと、夏のこの体験があり、10月中ごろに会社を退職しました・・・もう、耐えきれなかったんですね・・・

 せめてもの救いは、実家から通っていたので、親も私の働き方を不憫に思い、辞めることを後押ししてくれたことです・・・自分で決断をしたことですが、今思うと「ミックステープ」が後押ししてたんですね・・・

 まあ、その後を決めず、逃げるように辞めてしまったのが恥ずかしいことですが、人間として「大きな挫折」を味わったタイミングでした・・・


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 そんなこんなで、自分の中では挫折の後の「就職浪人」、周りから見たら「ひきこもり」とも捉えかねられない生活を少しだけ味わいました・・・ほんと、この頃は「暗黒」でしたね~

 本人としたら、かなり「社会人」という存在に辟易をしてて、DJなりレコード業界の方が自由だろうと思い、ちょっと真剣にそっちへ行こうかと思ってました・・・今となってはかなり裏話ですが、真剣にユニオンの店員になろうかと思ったりもしました(^^;)

 ただ、その半面、一度社会の厳しさも知ったり、レコードなりテープを「趣味」として続けるのであれば、それを「仕事」とするのは絶対に難しいことは分かっていたので、焦らずに、自分にあった仕事を探そうと、のんびりしながら就職活動をしていました。


 結果的に、約半年のゆっくりとした就職活動を経て、2004年の3月に今の会社に就職したのですが・・・この頃の「体験」は大きかったかもしれません・・・

 それこそ、それまでが仕事中心な日々だったので貯金が結構あり、無職でありながら、働いてた頃には出来なかった満足なレコ屋通いが出来るようになったり、念願だったアンプ&スピーカーシステムの一新を行ったりしました・・・

 ただ、お金には限界があり、趣味を続けていく上では「仕事」が大切なことにも改めて気付きました・・・

 特に、この頃はまだ、俗に言う「高額盤の壁」が自身の中で上手く破れず、それこそ3千円位で停滞をしている状況でした・・・

 この「高額盤の壁」については、レコードを買っている人でないと分からないですよね・・・

 どんなに欲しいタイトルでも、そこには「金額」という、実は実生活とも繋がる価値観が横たわっており、レコードを買うこととその実生活を繋げてしまうと、その金額で買ってイイのかと悩んでしまうことがあります。
 例えば、1枚5000円のレコードとしたら、12inchのシングルであれば1曲で5000円です・・・価値観というのは色々とありますが、5000円もあれば1週間の昼食代は十分に賄えるとしたら、1曲に5000円も払うのはクレイジーだと思うでしょう・・・
 
 特に、無職という立場だと、気持ち的にはそういった高いレコードが買える余裕が生まれたけど、後を考えると、買うことはできませんした・・・自由にはなったけど、逆にコレクターとして悔しいことも学びました・・・

 なので、無事に就職をして、少しほっとしたら、途端に欲しかったレコードに食指が動くようになり、まだ高額だった「Patrice Rushen / Forget Me Nuts」4200円で買いました・・・うん、4千円の壁を越えた瞬間です(笑)

 以後は、まっとうに「社会人」と「コレクター」を両立しながらの生活が続きます・・・


 なお、この就職浪人中に、初めて自発的に「クラブ」に行き、我を忘れて踊ることの気持ちよさを学びました・・・

 大学時代の友人と新宿で飲んでたら終電が無くなってしまい、何となく、今まで行ったこともなかった代官山に吸い寄せられ、日本を代表するクラブ「air」に入りました・・・
 その日は、Toshiyuki Gotoさんのパーティで、とてもクラブに行くようなカッコじゃなかったけど、気付いたら踊り狂っていました・・・きっと、日常生活の「嫌なこと」を音楽で忘れさせてくれることに気づいたからでしょう・・・

 そう、この時、House/Dance Music・・・いや「音楽」が私を解放してくれることを知ったようです・・・




<2005年> 再就職1年目/25歳
   年間金額 374,800円 (月平均 31,233円)
   レコード:147枚 CD:22枚 テープ:155本

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 一般的にはレコードなりクラブなり、そしてHipHopなどが盛り上がっていた2000年代の前半戦は・・・暗黒でしたね(^^;)

 ただ、ここから少しづつ上向きになります・・・いや、修羅の道の始まりかも?

 表向きは「就職活動」、ただ、実際はダラダラしてた日々が続きましたが、無事に再就職をして、セコセコと働き始めます・・・

 おかげさまで、10年以上働いているので、今の仕事が性に合っているんだと思いますが、就職を決めた時は「ここでイイか・・・」とそんなに深く考えずに決めてしまいました・・・

 ただ、一番大きな理由は、仕事から「レコ屋から近い」ことだったかもしれません・・・

 私の職場は高田馬場(西早稲田)で、今も同じ所で働いていますが、電車一本で渋谷、新宿、池袋へ移動ができ、当時は実家にいたので帰る方向にはお茶の水があり・・・どんなに忙しくても「レコ屋に行ける環境」であったことが結果的に大きかったです。
 当時は、レコ屋に近いことはそこまで重要視していなかったですが、今となっては急な放出に間に合ったりするので助かります・・・この辺は「レコードの神様」が導いてくれたんでしょうか・・・・

 そんなわけで、周りの先輩にも可愛がられ、色々と仕事を任されつつも、なんとか頑張ろうと食いついて行きました・・・

 仕事としては基本的には事務職だったはずですが、速攻で地方出張にも連れていかされ、ドキドキしながらついて行きました・・・

 私自身、とにかく「自宅派」な性格だったので、旅行という行為は全然好きではなかったです・・・ただ、その当時の先輩が「遊ぶ時は遊ぶ、働くときは働く」という考え方だったので、色々と面倒を見てくれ、これで「出張の楽しみ」を知ってしまったのかもしれません・・・

 それこそ、入社して半年もたたないタイミングで大阪の出張があり、先輩のカバン持ちで同行したら、仕事終わりに空いた時間を作ってくれ、初めて「東京以外のレコード屋」さんに潜入したことが良い思い出です・・・
 その時は、アメ村周辺のレコ屋を何も分からずに数件周りつつ、憧れだったレコード店「Vinyl 7」にもしっかりと訪問し、このお店の経営もしてた大好きなUlticut Ups!の新作ミックスCD「Untitled」をゲットしたら、おまけでノベルティーで配ってた45を頂いたのが嬉しかったです!

 出張での地方レコ屋掘りは、このブログの代名詞の一つ(?)かもしれないですが、こういう「きっかけ」があり、始まったんですね・・・

 うん、出張は大げさな例えかもしれないですが、私の今の仕事が、イイ意味で「レコード屋と近い」状況にあることが分かる実例かもしれないですね・・・


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 そして、実生活も安定したことから、急に「クラブ通い」を覚えたのが2005年でした!

 暗黒時代の最終コーナーで「クラブで踊ること」に救われてしまい、その素晴らしさに魅せられたことで、週末のレコ掘りと並行してクラブにも積極的に通うようになりました・・・

 それこそ、2005年は、そこまで仕事が忙しくなかったので、月1ぐらいで行っていて、大好きなMUROさんの現場に足を踏み入れてMUROさんのプレイが大好きになったり、今に繋がるHouseのパーティーに恐る恐る出かけたり・・・色々と行ってましたね~

 MUROさんであれば、Harlemで不定期に行われていた「Back to the Old School」が衝撃的で、当時はバリバリの「Super Disco Breaks」スタイルで、とにかく上がりっぱなしのロングセットがクソヤバく、ほんとヤラれました・・・
 MUROさんのDJの横には、KODPクルーの若手MCがサイドMCをして、MUROさんの選曲に合わせて盛り上げていき、MUROさんのDJ自体もクラシック連打な選曲で・・・ああ、大好きな曲がプレイされることで心の底から喜ぶことって最高だな~と感じていました!

 そして、そのMUROさんと並行して海外DJの来日プレイを中心に「House」の扉を開いたのもこの頃でした・・・

 Toshiさんのプレイにヤラれ、頭をからっぽにしながら「踊ること」の気持ちよさが忘れられなく、その時は全然知らない世界だったけど、Houseのパーティーにも積極的に行きましたね・・・
 それこそ、いきなりJoeやDanny、ルイベガ、Timmyなど、とりあえず「面白そう」と思ったパーティーには出かけてみて、分からないなりに踊り、楽しんでいました・・・当時は代官山air、新木場ageHa、そして西麻布yellowが中心でした!

 そして、そういったレジェンド達のプレイを聞き、もう25歳だし、若さという恥じらいは必要ないし・・・とにかく「恥ずかしさを忘れて音に合わせて踊り狂う」ことを始めました!

 特に、衝撃的であり、それが心地よかったのが、Houseの現場では大好きなDiscoの曲が普通にプレイ・・・いや、皆に愛される「クラシック」としてプレイされていることが衝撃的で、皆が喜びながら「歌っていながら、踊っている」姿が堪らなかったですね・・・
 西麻布のYellowだったら、私よりも上の大先輩達が、恥ずかしさも忘れて大好きな曲を歌っている姿が衝撃的でした・・・これが「本当のクラブなんだ」と痛感しました・・・
 
 この頃は、まだ「ダンス持久力」がなく、朝の7時頃にはリタイアしていましたが、DJが作り出す「音楽旅行」の素晴らしさを更に理解していった部分もあるかもしれません・・・


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 そんな「DJが作り出す音楽旅行」を楽しむことは、並行して掘り始めていた「ミックステープ」の存在も大きく、さらに「DJミックスが好きになっていきました!

 2003年ごろより掘り始めたミックステープは、この頃は結構出物が多く、ユニオンを中心にガツガツ買っていました・・・年間で155本買ってるんだから、かなりの量が買えたんだと思います。

 今思うと、2005年は、こういったミックス作品が「テープからCD」に切り替わった時期ともいえ、それで手放す人やお店が多かったことと、Manhattanのような新譜店でも過剰ストックを激安で放出してたりしてて、かなり買いやすい時期でした!
 また、この頃は殆ど敵がいなく、かなりガツガツ買えて記憶があります・・・むしろ大量に買っていると「何で買うの?」と好奇の視線を感じるぐらいでした・・・

 そして、個人的にも、毎日の通勤が片道45分、往復で90分とあり、ミックステープを聴くのにはちょうど良く、通勤時に更に深く聴くようになりました!

 特に、段々と「まだ知らないテープに凄いミックスがあるのでは?」と、そのDJの名前とかよりも「ミックスの内容」を尊重するような聴き方(買い方)をし始めていたので、毎日、そういったテープと出会えることを楽しみながら聴いていました・・・

 写真に上げた範囲だと、やっぱり「Maki the Magic」さんと「Kid Capri」は鉄板ですね・・・最初に聴いてた頃だと、すぐに良さには気づかなかったけど、段々と「誰にも作れないミックス」であることが分かり、見事にノックアウトされました!
 そして、「DJ Komori」さんや「DJ S@S」さんといった歌物系で何となく知っていた作品や、一方で「DJ Shogo & Toshi」さんや「DJ Paul」さんといった全然知らなかった作品など、とりあえず買ってみて、内容が良かったら素直にヤラれる日々が続きましたね・・・

 なんか、今回の記事の一番の要点を書いてしまうかもしれないですが、ミックステープのような、当時としては「地図」が全くない世界を、自分の「嗅覚」だけで掘り進めたことは大変幸せなことだったと思います・・・

 特に、その「嗅覚」が「ミックス作品としての作品の良さ」を重要視してて、その観点で何でも掘っていたことは・・・ホント幸せだったと思います。
 
 そう、この頃は、そのことを明確には理解してないけど、実は「誰も踏み入れてない未開の楽園」を私だけ踏み入れていた状況かもしれません・・・


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 んで、2005年はターニングポイントなので「レコード」についても、大きな動きがありました・・・ 

 テープをガンガン買い始めたことと並行して、レコードも結構買うようになり、段々と高額盤の壁を破って行きました・・・
 それこそ、週末はレコード屋に行くことが唯一の楽しみになり、日常のストレスを発散すべく、欲しかったレア盤をガンガン買うようになっていました!
 
 写真のレコは、この頃に買ったレコードで、いわゆる「リベンジ買い」なレコードです・・・そう、昔は高すぎて買えなかったレコードですね・・・

 上段であればHipHopクラシックな「Pete Rock & C.L.Smooth / T.R.O.Y.」「Common Sense / Resurrection」、そして下段は歌モノで「Troop / Spread My Wing」「Vanessa Williams / Work To Do」ですね・・・

 これらはの曲は、昔は喉から出るほど欲しかったけど、00年代初期では1万円前後で全く手が出ませんでした・・・
 ただ、この頃になると、4千円台位に落ちてきたので、やっと買えました・・・まあ、あの頃が「バブル」で異常に高すぎたので、それが適正な価格に落ちてきた感じですね・・・

 そして、リベンジ買いとは少し事情が異なりますが、今の趣味に繋がるDiscoの12inchも、やっとオリジナルをしっかりと買うようになりました!
 永遠のフロアークラシック「Inner Life / Ain't No Mountain High Enough」は、クラブで聴いて初めて「その凄さ」が分かり、ちょっと高かったけど買いましたね・・・
 また、ミックス作品に収録されていて、そのミックスを通して聴いたらカッコよかった曲も買い始めてて、ちょうど、前述した出張で購入したCDに収録されていた「Hollywood Disco Jazz Band / Don's Place」は、ガッツリとヤラれて「影響買い」をしてしまいました・・・

  レコードに関しては、この頃はユニオンでの購入が多く、日常的に通っていたクラブ店、そして専門店にあたるソウル系のお店(渋谷・新宿・お茶の水)などを中心に買っていました・・・

 また、意外なところだと、MUROさんのお店である「Savage !」が隠れた穴場で、割と高額盤が他のお店よりも安かったので、良く覗いて買っていました!
 上のT.R.O.Y.やResurrection、そしてDon's Placeなんかは、普通にストックで安く入っていて、あまり他のレコ屋よりも敵がいなかったので買いやすかった・・・もちろん、Savage自体が凄い好きだったのも大きいですかね??


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 そうだ、きっと「リベンジ買い」という言葉は理解できる人が少ないので、もう少し詳しく整理をしておきましょう・・・

 まず、私達世代は、とにかく「オリジナル」が頂点であり、これを手にしないと「本物」・・・いや「モノホン・プレイヤー」ではなれなかった流れがあります・・・

 私自身は、この「オリジナル」は相当意識して買ってて、その意識の表れは、今回の台帳においても、購入したレコードに「US Ori(=アメリカプレスのオリジナル盤)」の一文字が入っていればそうで・・・この言葉が入っていれば、ある意味で「リベンジ買い」をしたレコードになります・・・

 ただ、今となっては、こういったことを書くと、「オリジナルを崇拝しすぎでは?」と思われてしまい、音楽本来の意味を逸脱する部分も十分あるかと思います・・・
 特に、こういった高いレコードを持っているかどうかとなると、そこには「お金があるかどうか」が重要になり、ほんと「音楽本来の意味」を逸脱しちゃいますからね・・・

 ただ、ただ・・・私たちの頃は、まず、そういったモノが買いたくても買えなかった「悔しさ」がありました・・・

 それこそ、当時、レコ屋の壁には、こういった高額盤がこれ見よがしに張り出されていて、全く手が出ない私は「いいな・・・」と思いながら眺めています・・・
 ただ、その横から私と同じ年ぐらいの子が、これ見よがしに壁から奪い取って買っていく姿も何度も見ています・・・それは、惨めさを伴う「悔しさ」がありました・・・ 
 
 リベンジ買いとは、まずは、そういった「悔しさ」を払しょくする意味で行う買い方になります・・・今回の記事を1998年から追っていけば、なぜ「リベンジ」しているかが分かりますかね?

 しかし、このリベンジ買いには、もっと重要な点も含まれています・・・

 それは「オリジナルに対するリスペクト」があることです・・・

 例えば、MUROさんが分かりやすいのですが、とにかく掘りに掘りを続け、結果的にMUROさんが「カッコいい」と思った曲をDJプレイします・・・そして、私たちは、そのMUROさんのフィルターを通して「カッコよくなった曲」を聴いて、ヤラれています・・・
 また、あるHipHopの凄くカッコいいネタ曲であれば、その曲を発見した人が必ずいるわけで、その発見した人は、かなり指を黒くして掘りを進めた後に、その曲を発見したことが多いです・・・

 そう、今のDJ/レコードカルチャーにおいて、値段が付いている「カッコいい曲」というのは、誰かが「苦労して掘った曲」とも言えます・・・
 
 そして、その「苦労」が分かるからこそ、私たちは「あえてオリジナルを掘る」んです・・・

 そう、苦労した先人に敬意があるので「あえてオリジナルを掘る」んです・・・

 う~ん、上手く説明ができないな・・・

 ただ、一番分かりやすい言葉は物静かなMUROさんの背中に書かれた「No Compilation, No Bootleg」という文言になるでしょうか・・・
 そう、MUROさんをはじめ、Dev Largeさんなど、私たちの世代はレコード掘りの大先輩から間接的にこういった「リスペクトすること」を叩き込まれ、その美徳という価値観に従って生きています・・・

 話を「リベンジ買い」に戻すと、この言葉は、当時の悔しさを払しょくする意味もありつつも、一人の「モノホンプレイヤー」として生きるため、あえて根性を決めていることも含みます・・・


 

<2006年> 26歳
   年間金額 378,600円 (月平均 31,550円)
   レコード:139枚 CD:66枚 テープ:71本

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 いやいや、2005年は再就職をし、一人の「コレクター」として胎動した年だと言えるので、結構頑張って書いちゃいましたね・・・

 ただ、これ以降は、粛々と仕事をし、地味にコレクターとしての階段を上って行きますよ・・・うん、地味にです(^^;)

 2006年については、分析資料なんかを見ると結構面白い年で、これまで好調だった「ミックステープ」の掘りが急に下向きになります・・・2005年は155本購入だったのに、2006年は71本購入と半減をしています。

 ただ、その半面、ミックスCDの購入数が倍増しており、2005年は22枚だったのが、2006年は66枚と実質的には3倍に増えています・・・

 まず、この時期の中古のミックステープ市場は、2005年のミックス作品がテープからCDに以降したことでの売り傾向が終焉し、ある意味で「ミックステープが忘れられた時期」になっていました。

 この時期については、おぼろげな記憶と実際の購入本数が裏付けているレベルですが・・・割とミックステープが欲しいと思っても全然買えない時期でしたね・・・

 その原因としては、ミックスCD市場が本格化し、新品も中古も含めて全ての参加者が「ミックスCD」に向いてしまい、ミックステープが「完全に過去のモノ」になってしまった点が大きいかと思います。

 印象的な記憶だと、ユニオンでも、この時期は売りがあれば無作為にボンと出る程度で、そういった告知なしでの放出を狙って足繁く通うわけですが、そういった放出の時に狂喜乱舞でゴソッと買うと、店員さんは割と冷ややかな目で見てきて、なんか「うわ、この人、テープを今更買うのかよ」的な目線が痛かったですね・・・

 まあ、それもこれも「ミックスCD」が好調になったのが大きいからです・・・

 そして、私自身もこの動きには歓迎もしてて、この時期から「ミックスCD」も掘り始めました!

 まず、ミックステープを掘ることを通して「DJミックス」が相当好きになっていたので、そのDJミックスが良ければ「ミックスCD」でも良く、積極的に攻めるようになりました。

 それこそ、Ulticut Upsは鉄板ですが、色々なDJが意欲的な作品を出し始めており、しばらく「新作のミックスCD」が非常に面白い流れがあったと思います。
 やや購入時期がずれたり、実際には中古で買ってたりするのもありますが、新宿の孤独感が素晴らしい「DJ Takumi / & (Joint)」とか、世代的に近いのでグッとくる内容になっている「DJ Bozmori / Mid 90 Rap」など、ユニオンの店頭で聴いてて「おっ、いいじゃん!」と思う作品が増えてきたように思えます。

 また、これは私らしいですが、現行が面白ければ、ちょっと前にリリースされた作品も面白いだろうと考えてしまい、つい「中古の棚」を掘り始めてしまいます・・・そうすると、結構面白い作品に巡り合い、気付いたら「ミックスCDを掘る」ことも増えていきました!

 例えば、ちょっと前の2004年ごろだと、ミックステープの掘りが本格化しつつ、興味があればミックスCDも買っていましたが、ミックステープという「アンダーグラウンド」な存在に面白味を見つけちゃうと、つい「オーバーグラウンド作品=メジャー作品」はスルーしちゃうんですよね・・・
 その辺を踏まえると、ミックスCDを掘っていく中で、MUROさんが2004年にリリースしたメジャーミックスCDである「from my best crates - Diggin' Ice」「from my best crates - Super Disco Breaks 」はかなり良くってヤラれました!
 
 そして、ミックスCDを掘るようになり、それまで「テープ」では出来なかったこととして、影響を受け始めていた「House/Disco」という音楽/文化を含んだ作品も触れるようになり、自分の中で「ミックス作品の購入範囲が広がった」時期になるようです・・・
 それこそ、今でも大好きな作品である「Timmy Regisford / NYC True Classics」を買って、今までと違う「ミックス作品」にヤラれ、自分の耳の成長があったな~と思います!

 何分にも、この頃から5年ぐらいは「ミックスCD」が面白かった時期なので、ガンガンと掘っていました!!


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 そして、この頃から始まった新しい動きとして「和物」があるかと思います!

 昔からチョコチョコと買ってはいましたが、2006年2月に発行された名ガイドブック「Japanese Club Groove Disc Guide」が衝撃的で、それで「和物もイイかも?」と意識にスイッチが入りました・・・
 まあ、実際には数年かけての動きで、その後、DJ 吉沢dynamiteさんやDJ Crystalさんといった先駆的なDJの和物作品を聴いて、それで完全にヤラれちゃったのですが・・・意識的に「和物はいけるぞ」と思った次第です・・・

 和物って、今でこそDJ/レコードシーンでしっかりとした地位を得ましたが、私達世代であれば、ある時期までは「ゴミ」だった存在かと思います・・・

 ゴミというのは極端でヒドイ表現ですが、当時の私たちの耳からしたら、クラブミュージックの躍動感が全くない、印象として「のっぺり」とした感じが耐えられず、ある意味で無視をしていた存在だと思います。
 結果的には、私たちの耳が「幼かった」だけで、しっかりとクラブミュージックの耳で聞くと、全然イケる曲やアーティストが多いのですが、当時はやっぱり無視で、日本語ラップとかはアリなのに、こういった曲はナシでした・・・

 ただ、先駆的なDJ達はやっぱり掘ってて、その象徴がこの本になり、和物で「DJが出来る」ことを分かりやすく紹介した点は非常に大きかったですね!

 そんなわけで、真っ先に飛びついたのは「山下達郎」さんです!

 まず、私については「達郎さん=MUROさん」なんですね・・・それは、達郎さんの良さはMUROさんを通して教わったからです・・・

 それこそ、永遠の名作である「DJ MURO / Diggin' Ice 96」には、MUROさんにしかできないジャンルを超えた選曲の頂点で達郎さんの「Windy Lady」を選曲しており、これには衝撃を受けました・・・
 私は、Iceについてはリリース時は購入しておらず、テープを掘り始めた2003~04年ごろに購入して聞いたのですが、素敵なSoulやR&Bに混じりながら、最高のタイミングで達郎さん・・・これを聴いて、音楽に「言葉の壁は作る必要がない」ことを知りました!

 また、MUROさんがProした楽曲「Boo / Smile In Your Face」では、達郎さんの「Sparkle」をサンプリングしてて、この曲から遡って達郎さんの曲の良さを学びました・・・

 そんなわけで、Windy LadyとSparkleが収録している達郎さんのLPは早速購入をしました・・・この時、Windy Lady収録の1st LPは帯ナシで1500円、Sparkleが収録されているLP(For You)に至っては200円でした!

 今、和物を掘っている人からすれば衝撃的でしょう・・・当時は、1stは帯アリだと若干高かったですが、だいたいこんな相場で、それだけ和物が「注目されていなかった」んですね(^0^)




<2007年> 27歳
   年間金額 476,500円 (月平均 39,708円)
   レコード:182枚 CD:77枚 テープ:61本

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 私生活の方は特に動きがなく、粛々と仕事をこなし、週末はウィークエンド・ソルジャーとしてレコ掘りを楽しむ日々が続いており、段々と購入金額が増えていっています・・・

 それこそ、2007年の4月には、念願だったDiscoの12inch「Phyllis Hyman / You Know How To Love Me」のUS Oriを購入したのが大きいかな?

 値段は9800円で、たしかオープンしたての「Vinyl Cycle」さんで購入しました・・・当時は、渋谷の電力館の前にあったビルの4Fにお店があり、店主さんが大変親切でよく買っていましたね~

 今でこそ、9800円のような「万近」は、欲しいタイトルで相場的に高くはなければポンと買ってしまいますが、当時は相当悩んで清水の舞台から飛び降りるような気持ちで買った記憶があります・・・
 実際に、コンディションはそこまで良くなかったので値段が若干押えられてて、他のお店の当時の相場からしたら「やっと万以下で出たか!」と思い、思い切って購入しました・・・うん、これで、万の壁は超えられなかったけど、また「高額盤の壁」は破っちゃったな・・・

 この「高額盤の壁」、人によっては「階段」と表現もしますが、レコードを買ってる人でないと分からない言葉/感覚だと思うので、2004年で少し紹介しましたが、ここで深く説明をしておきましょう・・・

 まず、私が買っているレコードやテープ等は、中古品がメインなので、定価というものが無く、絶えず市場の需要に左右されながら価格が変わり、それこそ、人気や需要があるタイトルは当時の定価よりも高い商材も多いです。
 イメージとしては、ヤフオクなどのオークションが分かりやすいですが、1円から始まっても、欲しい人が多ければ、他の人に買われまいと入札金額を上げていきますよね・・・つまり、市場の需要と供給ではないですが「相場」のメカニズムがあって初めて販売価格が決まるような性格があります。

 ただ、「お金」という全ての生活において共通の価値観がある以上、簡単に「高い商品」は買えませんよね・・・

 それこそ、100円ちょっとのパンを買うのと、4000万円ぐらいの住宅を買うのでは、購入者側の「決断」の重さが全然違います・・・

 レコードであれば、はっきり言って実生活に無価値なモノですから、500円位のレコードは悩まないですが、それが1万円だったら、やっぱり考えてしまうと思います・・・

 考えることは人それぞれで、1万円あれば他のもっと重要なモノが買えたりしますよね・・・
 私の場合は、いざこういう局面に会うと、実生活と照らし合わせて「レコードにこの金額を出していいのか?」と悩んでしまい、結果的に決断が出来ないことが良くありました・・・
 
 なので、そういった背景があるため、レコードについては「高いレコードを買うことは、徐々に金額の壁を破っていくもの」と言われています・・・

 つまり、前提として「ココまでの金額なら買える」という壁が自分の中にあり、自分の経験やコレクションの幅、そして収入が増えていくなどのプラス要因を背景に、時間をかけて更に高い金額の壁を破っていく買い方をしているんですね・・・
 それは、人によっては壁を破るではなく、段々と値段が上がっていくので「階段を上る」とも表現しており・・・どの人も、自分の中で「自分と戦い」ながらレコードを買っているんですね~
 
 そう、レコードの壁を破ることは、自分との闘いであり・・・どれだけ「自分の度量(度胸)」を多くすることができるかの戦いとも言えます!

 この時点では、まだ1万円の壁は超えておらず、4ケタの人間でギリギリ止まっていますが・・・私自身、万近まで来るのに結構時間をかけて壁を破っていました。
 学生時代は頑張って3千円、就職して収入が出来たのと知識が増えたことで4千円、5千円と破って行きましたが、万近はなかなか破れなかったので、コレクターとしては次のステップに登れたかな~と思います。

 なお、この壁を破ると、破った壁以下の金額のレコードは怖くなくなり、割とポンと買ってしまい、結果的にレコードに投資する金額を増やすという「不可抗力」も付いてきます(^^;)
 実は、このことが「本当の壁破り」で、その金額レベルのレコードをその後もコンスタントに買い続けることができるかが重要なんですね・・・その辺の話は、別館の「分析編」で紹介しましたので、ご参考にどうぞ~


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 そして、このレコードの「不可抗力」の話を続けると、レコードの金額もそうですが、レコードなりの「買い方」自体にも度量がついてきます・・・

 つまり、周りから見れば「ガンガン買う」ような買い方になってきます(^^;)

 例えば、今でもありますが、ユニオン等では1万円以上買うとノベルティーがつくとか、5枚以上買うと10%引きとか、購入金額や購入枚数が多くなるほど「得になる」買い方があります。

 私自身の買い方を例にとると、ユニオンでは2005年ぐらいから購入金額に応じてノベルティーを付けるようになり、そのノベルティーが欲しいので購入金額までレコードを買うことが徐々に増えていました・・・

 例えば、2007年4月では、ユニオンの新宿Soul&Blues館で、お店のオープン5周年記念として「Sgroove Smooth」さんのミックスCDがノベルティー(1万円以上)として配布されました・・・
 んで、それを知った私は、つい欲しくなってしまい、たまたま欲しかったBee Geesの12inchなど数枚を組み合わせて1万円にして購入し、無事にCDをゲットしました・・・

 このときは、まだスグルさんのミックスの良さを知らない状況で貰ったのですが、こういった「まとめ買い」は時としてそこまで必要ではないレコードも買っているので、それが「気持ちとして割り切れる」かの度量が実は必要になります・・・
 先ほどのYou Knowは単品で万近でしたが、購入金額が「まとめて1万円以上」も度胸がつかないと破れない壁で、私自身はこっちの壁は割と早く破った気がします(^^;)

 なお、台帳を見返していて衝撃的だったのが、このCD欲しさに新宿で1万円超えをし、その足で渋谷に行ってYou Konwを買ってるんですよね・・・その他にも色々買ってるので、その日だけで約3万5千円でした・・・
 うん、今から見返しても豪快な買い方をしてますね・・・やっぱり、この時期ぐらいから「根性が座り始めた」んでしょうか・・・


 また、この時期ぐらいから明確になった買い方があります・・・

 それは、ミックス作品を聴いて「これはカッコいいぞ!」と思った曲を頑張って探して買うことです。

 こういった買い方は、ここでは「影響買い」としますが、これは「Mix Tape Troopers」という存在を考える上で重要な買い方だと思います・・・

 例えば、前述したスグルさんのCDにも1曲目に入っていましたが、もうこの頃には大好きになっていたDanny KrivitさんのミックスCD「Salsoul Mix」を聴き、収録曲の「The Salsoul Orchestara / 212 North 12th」に凄いヤラれました・・・
 テーマであるSalsoulの中では、決してメジャーな曲ではないインスト曲ですが、DannyのDJを通して聴くとホントカッコよく、まるで、それまではただの「石ころ」だったのが、DannyのDJを通して磨かれて「宝石」になったような感じでした・・・

 結果的に、この曲が収録された音圧の高いプロモの2LPを頑張って探し、無事に渋谷のNextさんで8200円で購入しました・・・今思うと高かったけど、あの時は発見してメチャクチャ興奮しました!

 ただ、ここで重要なのが「ミックス作品を聴いて影響を受けて買っている」ことであり、更に「DJミックスをすることで曲が輝く」ことを理解したことに注目しましょう!

 特に、後者の考え方は、私のブログの永遠のテーマです・・・明確には覚えていませんが、このDannyの一件で明確に理解したのかもしれません・・・

 なんか、こうやって書き連ねると、徐々に「Mix Tape Troopers」が作られていったんだな~と感じますね・・・


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 んで、MTTが作られていった話なら、「テープ」の話もしておきましょう!

 この頃は、2006年にも書いたとおり、テープは不遇な時代で、あまりお店に中古品が出てこず、ほんと「忘れられた存在」になり始めていました・・・

 私自身も、面白いミックスCDと出会えたり、レコード掘りに集中してたりしていたので、今と比べたらテープ熱が一瞬落ちていたりもしましたが、数が増えれば増えるほど知識が増えていくので他のテープが欲しくなり・・・変な表現ですが「欲求不満」な時期だったように思えます。
 
 それこそ、テープを掘ることについては聴けば聴くほど面白い作品が多く、段々と他のDJの作品もチェックするようになり、掘りが「横」に進むけど、「縦」には進めないので、欲求不満になっていきました・・・

 例えば、今でもフェイバリットなDJの作品はこの時期に掘ったのが多く、沖縄の「DJ Kaya」さんの作品や、先ほど紹介したノベルティーのCDでヤラれて探してしまった「Sgroove Smooth」さんなど、当時は全く誰だか知らなかったDJの作品を掘っては、内容が良いとガッツポーズをしていました!
 また、テープをリリースしてた90年代後半~00年代初期を思い返してみて人気だった作品もチェックするようになり、それこそ「DJ Oshow / What's Hip Hop ?」のようなストレートなミックステープや、大名作でもある「須永辰緒 / Organ B Suite」のようなJazz/RareGrooveラインの異ジャンル系もチェックするようになり、興味は増すばかりです・・・

 ただ、こうして、知らない作品は何とか遭遇出来るけど、出る本数自体が少ないので、ミックステープにありがちな「シリーズ物」の番号を揃えることが難しく、そのDJの作品を深く探れない(=縦に掘れない)状況が続きます・・・

 当時の事を思い返すと、この流れの背景には、売る人が少なくなったことに加え、お店側が「テープは売れない」という考えが強くなり、ますます出物が少なくなっていったように記憶しています・・・

 まあ、テープについては、買い取りで多く入ってくればドバっと出すような傾向があるので、恒常的に売れないことがポイントでしょうが、お店自体が興味を持たなくなってきたようにも思えます・・・

 なので、この時期ぐらいからは、その「テープが出たタイミング」を逃さず、どんなジャンルでもガッツリと買い、お店側に「テープは売れる」という姿勢を見せるようになりました・・・
 かなり、姑息な手段ではありますが、こうでもしないとテープが出てこないだろうと思ったんですね・・・お店から「また、あいつが買ってるよ」と思われてもいいから、とにかく出たら買っていました・・・


 そんな流れを踏まえて、2007年10月にはお茶の水のユニオンで珍しくテープセールがあり、初めて「朝から並んだ」ようです・・・

 実際には、朝と行っても開店1時間前位だったと思いますが、欲しかった「刃頭 / 現場デ炸裂」が出ることが分かり、それで並んでしまったようです・・・
 なお、セール自体は、記憶だとDisco系のセールは前からチョクチョク行ってはいましたが、朝から並ぶほどの必死さはなく、この時期ぐらいから「根性を決めて」セールに行くようになったようです・・・

 実際には整理券は配られず、確かもう1名の方と同時入店だったので、この時が初めての「戦い」だったのかもしれません・・・

 そう、セールというものは、中古で一点しかない商品を、早い者勝ちで奪い合う戦いなので、誰よりも先に奪い取らなくてはいけません・・・
 この時の狙いだった刃頭さんは無事にゲットし、他のテープも色々と買い漁り、私の買いっぷりにお店側も結構驚いていたような記憶があります・・・

 うん、セールほど「お客さんからの熱」を出せる場はないんですよね・・・

 この時の「熱」は無意識でしたが、きっと「他の人に取られてはいけない」という気持ちが後押ししてて、相当「一人鉄火場」だったので、お店側にも伝わったのかもしれないです(^^;)
 ただ、そういった「熱」をお店側に伝えたかった部分はあったので、ちょうど良いタイミングだったかもしれないですね・・・


 

<2008年> 28歳
   年間金額 628,400円 (月平均 52,367円)
   レコード:221枚 CD:107枚 テープ:119本

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 気付いたら年齢は28になり、年齢的には立派な大人になりました・・・

 仕事はそれなりに頑張り、自分である程度は仕切れるようになってきたので日常業務も面白くなってきたり、出張なんかも自分の裁量で予定が組めるので、空いた時間でレコ屋周りをしたり、夜の街を満喫したり・・・仕事をしていることが段々楽しくなってきていました。
 また、なんらかんら言って、残業も休日出勤もしててストレスは溜まるので、そのストレスは週末のレコード掘りで排出する感じで・・・この年になると月5万位は使うようになり、立派なジャンキーになっていきました(^^;)

 ただ、ただ・・・実生活を振り返ると「大人になるって嫌だな~」と思うことが増えてきました・・・

 それこそ、周りの知り合いは結婚をしたりしますよね・・・大学時代の友人達が結婚することは「おめでとう」ですが、それを聞いた親は「あなたはどうするの」的なプレッシャーをかけてきたりします・・・
 そりゃー、今もそうですが、身を固めずにレコードばっかり買ってるわけですから、親も心配になりますね・・・自分が親だったら、こんな生活をしている息子の行く末が心配になります(^^;)

 そんなわけで、この時期ぐらいは結婚式に行くのが微妙に憂鬱でした・・・

 しかし、やっぱり私はジャンキー、いや「コレクター」だと思うのが、だいたい結婚式の帰りは「魂の浄化」と称してレコード屋に行くんですよね・・・
 また、別角度では、かなり大きな仕事や出張の後などもそうで、なぜか帰りにレコ屋に行くと落ち着くんです・・・きっと、レコ屋が「私のいるべき場所」だと感じているからかな・・・

 そして、不思議なのが、こういった時にレコ屋に行くほど欲しかったレコードやゴツい出物と遭遇するんですよね~

 この年の5月、大学時代の友人が凄い豪華な式場で盛大な式を挙げてる姿を見届けて、同い年なのにその度量(資金?)に凹みながら、終了後に向かったのは2次会ではなく新宿のユニオンでした・・・
 そして、フォーマルで必死に掘ってたら、結構探してた「竹内まりや / プラスティック・ラブ」の12inchをツモ引きです・・・結婚式の後にこの曲を引いてくる感じが、歌詞も含めて「私らしい」かもしれないですね(^^;)


 また、レコード話を続けておくと、この時期ぐらいからユニオンが「豪快な割引」をしてくるようになり、それにヤラれて更に買う枚数を増やしていったように思えます。

 今でもありますが、枚数を5枚以上購入すると割引があったり、更にちょっと前に出した商品であれば、前になればなるほど割引率が高くなる(通称:色割)ので、ユニオンを利用している人であれば確実に利用をしていると思います。
 ユニオン自体、こういった割引は、小額の割引券をくれることはありましたが、この時期より前は積極的には行わず、一部の店舗が在庫の回転率を高めるために実施していった経緯があり、私自身は相当お世話になり、今でもお世話になっています!!

 特に、この時期は私が求めているDiscoの12inchの人気がなくなり始め、相場も落ちてきているので、お店で高く付けたレコードが売れ残るケースが多く、それらをガツっと割り引いてくれることが多かった記憶があります・・・

 例えば、今でも元気にユニオンで働かれていて、当時はDiscoが大変強かったS藤さんというお方がいた新宿Soul&Blues館の割引はクソ熱く、当時はレアだった「Sylvester / I Need You (89 Unrelesed Mix)」が原価ギリギリな60%オフで購入です・・・

 今回公開した台帳では、10~20%ぐらいの軽微な割引はメモをしていないですが、Disco系のレアどころは、この割引を駆使してよく買っていました・・・
 ただ、その反面は、こういった「レコード」の相場が、昔と比べて人気が落ちていっていることも意味しています・・・レコードが値段的に買いやすくなる半面、実は市場は縮小している証拠だったんですね・・・


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 そして、2008年はもっと大きな動きがあるので、その前にクラブ系の話を入れておきましょう・・・

 仕事が忙しくなってきているので、行く回数は減っちゃいましたがそれなりに踊りに行っていて、大好きなDannyやDimitriといったHouse/Dance系のパーティーには必ず行き、気づいたら「かなり踊ってる人」になっていました・・・
 この年には、念願だった「Body & Soul」にも行き、確実にダンサーの道を進んではいます・・・

 うん、だんだんとクラブで踊ることに慣れていき、DJのグルーブに心を預けて気持ち良く踊ったり、大好きな曲がプレイされれば大声で歌ったり・・・気づいたら朝の8時頃の最後までいられるぐらいの体力がつきました・・・

 また、クラブに行って踊ることで、更に好きな曲が増え、それが日々のレコード購入やミックス作品の購入に繋がることが増えていきました・・・
 
 特に重要なのが、この年にDJ機材である「アイソレーター」を購入したのが大きく、これを購入したことで更にダンスミュージックの奥深さを知り、レコード購入等に拍車をかけた部分があります・・・

 まず、アイソレーターとは音の「高・中・低」といったパートを削ったり増やすことができる機材で、Houseの現場では、プレイした曲を盛り上げたいときに多用されています。
 それこそ、Houseでピアノソロがある曲なんかだと、一瞬だけでも低域のバスドラを削るだけでピアノが映える効果があり、実はオールドスクールな機材ではありますが、使い方次第では凄く盛り上がる機材になります。

 私自身、この機材を買って、家でDJ達が現場で心をこめてアイソをいじってることを真似てみると・・・この機材がDJを「プレイしている音楽」に入りこませ、自身が音楽と一体化してプレイできる効果を知り、かなり衝撃を受けました!
 その結果、どういう影響があったかを書き出すのは難しいのですが、とにかく「ダンスミュージック」の解釈が広がり、更に自身の「音楽の趣味」を広げる効果があったと思います・・・


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 そして、2008年のビックボムといえば、この年の10月にブログをスタートさせたことです!

 スタートについては、なんで始めたかは曖昧で、ちょうどブログが流行ってて自分もやってみようかな~と思ったぐらいだったと思います・・・

 この辺は凄い曖昧で、確か買ったテープをそこまで有効活用していなかったので、いわゆる「心の減価償却」というか、ブログで紹介することで罪滅ぼし(?)になるかな~と思って始めた部分がありました・・・
 また、私自身、こういった文章を書くことや何か企画することが好きなことに仕事を通して気付いたりしたので、なんとなくの成り行きで始まりまった部分もあったかと思います・・・

 ただ、なんとなく始めたので、最初の頃は、もう「マスターベーション」の世界で、とにかく自分の思ったことを書き殴っていた感じで・・・とにかく「痛かった」ですね~(^^;)

 まあ、その痛さは、今もあまり変わらないですが、何も見本となるブログがないままで始めたので、模索をしながら始めていった部分が強いです・・・
 2008年ぐらいは、とにかく1日1作品を紹介するような更新をしており、全然聴きこんでいない状態で、なんとなく思いついたことを書き殴っただけで、読んでいて「何を紹介したいのかが分からない」記事が多かったですね・・・

 そう、自分自身が「誰かにそのモノの良さを伝える」ということが分かっていなかったんですね・・・

 この点は、数年かけてビルドアップをして、なんとか読めるぐらいにはなったようです・・・今でもかなり読みづらいことは承知していますが、徐々に進歩はしています・・・


 ただ、ブログを始めたことで、私にとって「プラス」になることが生まれた部分もありました・・・

 それは「ミックステープ」を更に意識したことです。

 例えば、テープを紹介するとだんだんと頭の整理が出来たり、そのDJの背景や他の作品を調べたりするようなるので、おのずと「テープの知識」が増えていきます・・・・
 そうなると、テープを買いに行った際に、掘る幅が更に広がったり、ブログで紹介する為に必要なテープを探したり・・・かなり「テープ」を意識する掘り方になっていきました・・・

 また、別の側面では、テープをしっかりと聴かないとちゃんと紹介が出来ないことが分かったので、日常的に聴く時間が濃密になっていった部分もありました・・・
 それまで、通勤時だと本や雑誌を読みながらBGMとして聴いてる時もあったけど、紹介する作品はしっかりと聴きこまないと文章が書けないので、ながら聴きを止め、かなり集中してテープを聴くようになりました・・・


 ブログを始めた時点では、こんなレベルの状況で、初めて半年ぐらい経ち、読んでくださる方が出てきたことで、ブログが「テープの良さを広げる効果がある」ことが分かったぐらい、実はスタート時はそんなに目的意識を持たずに進行していました・・・

 ただ、徐々にレコード屋で「テープは売れるんだ」という気負いで買っていたアピール行為と同じことがブログで出来ることに、だんだんと気付いていったので、徐々にブログでの活動に力を入れていったのは間違えがありません・・・




<2009年> 29歳
   年間金額 691,300円 (月平均 57,608円)
   レコード:202枚 CD:87枚 テープ:231本

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 ブログを始めてから、生活が一変したわけではないですが、やっぱり「ギア」が1段上がっていった感はあり、気付いたら月の平均投資金額は5万7千円です・・・だいぶ頭がおかしくなっていますね(^^;)

 ただ、一つ言えるのが、仕事がかなり忙しくなってきて、日々「ストレス」を抱えていたことかもしれません・・・

 土日は割と休んでいましたが、だんだんと残業が酷くなり、心は平静を保っていましたが、そのストレスのはけ口が「レコード屋での散在」に繋がっていたのかもしれません・・・

 でも、これは今でも思うのですが、月にこれだけ使っていることは、凄い体力がいることで、常に「何かに興味を持っている」証拠なんですね・・・ディガーとして、何かに興味を持たなくなったら終わりですからね・・・

 そんなわけで、2009年です・・・

 まず、この年の8月には、念段だった「Rufus and Chaka / Any Love」のアメ盤をゲットしました!
 言わずと知れたTimmyクラシックで、Timmyのプレイにヤラれ、凄い欲しかった1枚です・・・価格は16200円で、遂に1万5千円台の壁を越えてしまいました(^^;)

 まあ、かなり高かったですが、本当に出ない1枚なので、是が非でも欲しかった1枚で・・・このレコは「セールで戦った」1枚でもありました!

 購入したのはユニオンの新宿Soul&Blues館のDisco系のセールで、事前情報を見てロックオンし、本当に「コレだけ」に狙いをつけて、当日は1番乗りで整理券をもらいました・・・

 そして、5~6人並んでいて、先頭で感じる後続の方々のアグレッシブなオーラーを感じつつ、ドキドキしながら一番乗りで入店し、運よく壁に展示されたAny Loveをゲットしました・・・
 その時、明らかにコレを狙ってた方が後続にいたみたいで、ゲットした後、私がレコを棚に戻さないかをつぶさにチェックしてて、なんか、セールの怖さを始めて体感した瞬間かもしれません・・・

 今となってはセールでの結果報告はこのブログの代名詞(?)になっていますが、セールで「戦う」ことは、根性と気合いと、何よりも「強い信念」が必要なんだと思います・・・
 それは、朝早く並んでひたすら待ったり、開戦して鉄火場と化した餌箱から狙いの物を仕留めることだったりするのですが、何よりも「絶対に俺が買う」という気持ちが重要だと思います!

 このAny Loveの時は、そこまで気持ちがなく、ある意味で「運よく買えた」だけだと思います・・・下手したら、1番最初に入っても、場所取りが悪ければゲット出来なかったかもしれません。
 
 そう、何事にも「情熱」が重要なんですね・・・

 以後、本気で攻めるセールについては「誰にも負けない覚悟」を背負って挑むようになりました・・・


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 んで、その情熱は「テープ掘り」にも確実に乗り移っていて・・・セールでなくても根性を入れて掘るようになりました!

 写真は2009年に買ったテープで、もちろんブログの開始も大きいですが、とにかく「攻めないと買えない」ことが分かり始めたので、一言でいって「気合いを入れた購入」をし始めていました!

 例えば、完全コレクトを目指してた「Ciscoノベルティー・テープ」は、この時期ぐらいには真剣に掘ってて、どんな値段でも攻めるようになり、MUROさんとKenseiさんのFunk Boxは5500円です・・・
 数年前だったらテープに5千円はあり得ませんでしたが、ブログを始めて、コレクションの幅を広げるべく、すでに値段がついていたKiyoさんKocoさん、そしてクボタタケシさんなんかのテープを3千円台ぐらいで買っていたので、テープ5千円の壁は固くは無かったです(^^;)

 また、間違った方向の気合いだと、2009年5月に渋谷ユニオンCMS限定ノベルティーでKocoさんの限定100本のテープ(Independent Vol.1)が出ましたが、このテープ欲しさに色々なレコ等を大量買いしてテープをゲット・・・それも、2週連続で2本ゲットです(^^;)

 あと、自分の中にある「ジャンルの幅」を更に広げる努力をし、とにかく「買うテープ」を増やしていたりもしました・・・・

 それこそ、今まで攻めなかったDJやジャンルも攻めるようになり、Ben the Aceさん、アングラ系だとDJ Ryowさん、歌モノだとDJ Nooriさん、日本語ラップだとDr.Jekillさんなどを攻め始めました・・・
 特に、この辺の攻めだと、それまで詳細が全く分からないので手にもとらなかった「ドマイナー」系を攻めるようになり、とにかく知らないジャケだったら買うような感じで、このころに買った徳島のDJ Kongさんなどを聴いて「ドマイナーは意外と良い」と悟ったりしました・・・


 ただ、テープ市場の流れとしては、2006~7年ぐらいの低迷期からしたら少し上向きにはなってきましたが、依然として出物が少ない様相が続いています・・・
 ユニオンが中心の話ですが、各店とも出るときは出るんだけど、結果的に出る本数は少なく、やっぱり欲求不満が募ります・・・

 そんな中、私がとった新たな方策は「ユニオンの地方掘り」です!

 それまでは都内のユニオンしか行ってなく、ある意味で「自分の近場だけで釣り糸を垂らしている」状況でした・・・

 ただ、仕事の出張の影響か、とにかく「旅」をするのが好きになったみたいで、レコ掘りにも「旅」を求めるようになり、気付いたら地方のユニオンをこの年から本格的に攻めるようになっていました。

 それこそ、自宅から近かった千葉方面(千葉、津田沼、柏)を手始めに、横浜方面も攻めるようになり、もはやユニオンでは伝説の店であるディープ神奈川な淵野辺や稲田堤なんかも攻めていました・・・

 特に、地方店を回る時は、自分の中では「ツアー」と呼んでいて、とにかく電車で移動しながらガンガンと回っていく日程を組み、定番は、横浜スタートで横浜のレコ屋を回り、そのまま横浜線で北上して町田と淵野辺、調子が良かったら稲田堤、更に調子が良かったら国立に行ったり、旅行というよりも荒行でしたね(^^;)

 んで、やっぱり衝撃的なのは「淵野辺」ですかね?

 地理的には相模原市なので、実は神奈川の割と深い位置にあるお店で、駅からはほのぼのとした公園を抜け、民家とラブホの小道をすり抜けて、国道まで出ると国道沿いにあるお店で・・・今のユニオン像からすると異端すぎるお店でした。
 まあ、異端でいくと稲田堤も相当イルな場所でしたが、イメージとしてはハードオフっぽい感じのユニオンで、郊外っぽいんだけど、置いてあるのは「ユニオン」といった感じですかね~

 ただ、淵野辺は本当に「当たる」お店でしたね!

 特に、ある時期は「テープの聖地」で、異様にテープが売られてるお店でした・・・淵野辺の初陣でPMXさんの欲しかったG系テープシリーズがゴソッとおいてあり、ガッツポーズで大量買いしました!
 分析するに、郊外のお店なので、前提として「車文化」があり、なので車でミックステープを聴くことが一般化してて、意外と流通してたんですね・・・それこそPMXさんのテープが出るのが象徴的です・・・

 こんな流れがあり、テープは「むしろ地方」と感じ、自分の身の回りで釣り糸を垂らしているだけではなく、積極的に「足を使って攻める」ようになりました・・・


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 そして、レコードやテープに加え、ほんと「ミックスCD」が面白かった時期なので、このころはCDもかなり攻めていました!

 後ほど紹介するMUROさんを始め、色々なDJが意欲的なミックスCDをリリースし、ある意味で「黄金期」だったかもしれないですね・・・

 その中で、この年の7月には「Mix Tape Troopers」が成長する上で大変重要な作品と出合いました!

 それは「DJ 吉沢dynamite.jp / ニュースクール歌謡ダンスクラシック」で、ほんと衝撃的な1枚でした・・・

 この作品は、吉沢さんが得意とする「和物」の中で、80年代~90年代の歌謡曲やポップスをDJミックスした作品で、これを聴いて「和物ヤバい!」と開眼してしまった作品になります・・・
 もう、DJミックスのレベルが違いすぎで、ただ普通に聴いたらポップスなのを、吉沢さんのDJミックスをすることで「踊らす」感じが唯一無二で・・・これを聴いて、私の「耳」が変化したのが手に取って分かる作品でした!

 ただ、もっと重要なのが「この作品の良さをブログで伝えたい!」と強く思ったことです!

 それまでも、徐々にではありますが、こういった思いでブログを更新し、私自身が影響を受けたMUROさんやSpinbad、そしてUlticut Upsなんかは、その思いを前提に記事を書きました・・・
 ただ、当時は私の知識も技量もなく、満足な紹介が出来ませんでした・・・うん、私自身も書いていて「本当にこの作品の良さが伝えられているのか」と感じていました・・・
 
 そのため、下手なりに色々と頭をひねり、とにかく、このブログでは「自分の思い」を伝える場だとして、段々と気合いを込めて記事を書いていくようになりました・・・

 ブログ初期は、作品紹介よりも私が影響を受けた雑誌やラジオの紹介で徐々に「コツ」を掴んでいったようで、それこそ1周年記念で書いた「HipHop/R&B専門誌 Front(Blast)」の記事はかなり頑張りました・・・

 そう、だんだんと「物事の良さの伝え方」が私なりに理解が出来ていったみたいです・・・・

 特に一番重要なのが・・・その対象物への「リスペクト」になると思います!

 私自身、好きになったモノには感謝の恩が出てしまう体質のようで、不器用ながら「恩返し」をしたいと思うことが多いんですね・・・
 ブログを始める前、つまりレコードなりテープを買ってるだけの時期は、一方的に自分の中で「ありがとう」と思うだけでしたが、ブログを始めて、その思いを作品の紹介を通してストレートに表すことが出来ることが分かり・・・このブログが「恩返しの場」であることが分かりました・・・

 そういった背景があるので、恩返しをするのであれば、とにかく精魂こめてその対象物を「紹介」することが重要だと気付いたんだと思います・・・
 
 なので、この作品については、まずは深く聴きこんで作品が「なぜ良いのか」を考え、その上で「収録曲のレコード」を買い揃える行動をしました・・・

 前者は、私としては「聴き込み」の作業で、まずは直感で気持ち良い部分やグッとくる部分を見つけ、その部分のテクニカルな構造を分析する作業です・・・
 テクニカルな部分は主に「選曲」と「DJミックス」に分けられますが、こういった点を頭を捻って解析するようになりました・・・

 その上で、役立ったのが「実際に使用したレコード」を聴くことで、吉沢さんがどのように選曲し、どのようにDJをしたのかが分かるようになりました・・・

 この作品では、作品を紹介する前提でレコードを揃え始めたのではなく、まずは作品を聴いて「この曲いいじゃん!」と思ったのが先で、まだまだ和物がクソ安い状況だったので、割と興味優先で買っていました・・・
 その後、この作品を紹介したいという「欲」が出てからは、作品紹介に必要となるタイトルを洗い出し、それを探す作業もしました・・・

 そして、そういった収録曲を買うと、曲の構成が分かるので、吉沢さんが「どうやって作った」のかが分かるんですよね・・・それこそ、吉沢さんのプレイを自分でも実際にDJミックスすることで分かることがあったりしました!

 そんなわけで、この作品が「Mix Tape Troopers」として本当に根性を決めて紹介をした作品になりました!

 この作品紹介を通して、MTTが一皮むけたことは間違えなく、ブログの内容がもっと「深く」なっていったようです・・・


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 そして、ミックスCDの話がでたので、私のライフワークである「MURO作品の追及」にも触れておきましょう・・・

 ブログを始めたことで、改めて「MUROさん大好き!」という気持ちが明確になり、過去の作品はもちろん、新作もフォローすることが「マスト」になり、ある意味で「地獄の日々」が始まりました(^^;)

 なぜなら、この時期ぐらいから「月1作」ペースが続いてて、新しい作品が出て、そんなに聴かないうちに次の作品が出る・・・みたいな感じになり、とにかく買うのが大変なんですね。

 まあ、慣れてくると、そのミックス作品を聴くことよりも、MUROさんが「次はどんな方向性の作品を出すか」の方が重要で、次の一手を知る快感を得るために作品を買い続けています・・・

 例えば、この年であれば、MUROさんの名物シリーズであったネタミックス「King of Diggin'」の新作が出るとあり、私的には超盛り上がりました・・・ただ、Tシャツ付きは値段が高く、キツかったですね(^^;)
 その他にも、メジャー系のリリースを連発したり、CDケースがメインの作品を出したり・・・とにかく「次の一手」を知ることが楽しみで仕方がありませんでした!

 ただ、MUROさんの作品で書くのもアレですが、2009年については、割と私自身が「辛い年」だったと思います・・・

 それは、仕事が忙しくなったことで私生活に影響を及ぼすようになったからです・・・

 部署内の人間が定着せず、だんだんと私が役職もないのに責任を負うようになり、とりあえず人が足りない分の仕事は残業でカバーすることが続くようになり・・・かなり労働時間が増えてしまいました。

 まあ、仕事自体は嫌いではなかったので、残業は何とかやってましたが・・・やっぱり「疲れ」が出ますよね・・・

 MUROさんとリンクする象徴的なエピソードだと、写真では割と目立たせた「Rap-A-Dub」という作品でのダメ話をしておきましょう・・・
 
 それは3月31日という、会社員であれば悩ましい年度末の最終日のお話です・・・

 当然ながら、年度末の締めの作業なんかを日中からこなし、夜も夜で新年度に向けた処理をしてて・・・もう、疲れ果てていました。
 それこそ、この日だけではなく、年度末に向けてズーッと忙しかったこともあり、惰性で仕事をしてる毎日でした・・・

 そんな中、この作品がその日にリリースされたことを思い出し、だんだんと「今日は発売日だ→売り切れてるかも?」ということが気になり始め・・・仕事を何とか9時前に終わらせ、気づいたらタクシーに乗って会社から近いの池袋のユニオンに買いに行ってしまいました・・・

 そう、コレクターによくある「被害妄想」が変な方向に行っちゃったんですね(^^;)

 まあ、これにはオチもあり、2~3日後に池袋に行ったら普通に売れ残っていました・・・ああ、相当疲れてて変な方向に行っちゃたんだな~

 そんなわけで、実生活でもこんな無茶な生活が続いていたので、翌年は様々な意味で「変化の年」になりました・・・

 なお、この頃ぐらいから、作品紹介以外に、こういったダメエピソードは独り言として愚痴ってますね・・・このブログ、実は私の日記でもあるんですね~(^^;)




<2010年> 30歳
   年間金額 633,600円 (月平均 52,800円)
   レコード:159枚 CD:132枚 テープ:225本

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 そんなわけで、気付いたら三十路に突入です・・・本人は全くもって「大人」ではない日常が続きます・・・

 まず、MUROさんの話の続きになりますが、このころは仕事がほんと忙しく、家に帰るのも寝に帰るみたいな感じになってしまったので・・・やっと実家から離れることにしました。

 実家にいたのは、特に意味は無いですが、まあ、洗濯は親がしてくれたり、飯は用意してくれたり・・・つまるところ「楽」だったのがあるんでしょう・・・

 ただ、夜遅く帰ってくるのを親が待ってたりすることが増えると、嬉しい半面、ちょっと気持ち的には辛いですね・・・
 また、私自身も、会社から自宅までの通勤の時間が結構かかるので、もうちょっと通勤時間を縮めたかった部分もあり、引っ越しを考え始めました・・・夜の遅い時間に、1時間で帰れるか、30分で帰れるかはかなり大きいですからね~

 そして、コレクター的な側面を考えると、その当時の家では収納が限界になってたし、何よりも大手を振って「買えない」ですよね・・・それこそ、今のようにテープのセールに始発から並びに行っていることは親には言えないですね(^^;)
 あと、だいぶ実家にいるときからクラブには踊りに行っていましたが、朝の6~7時ごろに帰ってくるのはまだしも、昼の12時ぐらいにボロボロになって帰ってくる姿も見せられないですね・・・

 大の大人になって、こんなことで悩むのもアレですが、春先から引っ越し先を物色しはじめ、結果的には8月初めぐらいに引っ越しをしました・・・

 まあ、引っ越しについては、月並みな表現になりますが、持っていく「モノ」が多すぎて、引っ越し前の整理、そして引っ越してからの整理が地獄でした(^^;)
 あと、引っ越した際、業者の女の子に、その当時は1000本直前くらいだったテープの山を見て、目をキョトンとしてたのが印象的でした・・・今は3500本なので、どうなるんでしょうね~


 また、この頃のレコードの話も入れておくと、引っ越す前後だったのでストレスがあったのか、またはある程度引っ越すことがきまって安心をしたのか・・・また、高額盤の壁を破ってしまいました(^^;)

 購入したのは写真の「Brainstorm / We're On Our Way Home」のUSオリで、新宿のユニオンで、色割で値下がるのを待ち続け、極限に近い50%になった時点で購入しました・・・
 購入金額は2万2500円、つまり売りに出た時は4万5千円で、ほんと悪魔な買い方です・・・流石にバイトの店員君も、店長にこの値段で売っていいか確認をしてました(^^;)

 このころ、Discoの相場や人気は昔を知っていると不思議なぐらい落ちてて、Brainstormのようなゴツいタイトルが売れ残り、このくらい割引で買えたりしましたね・・・

 なお、今考えると、引っ越し前にコレを買うのが意味深いな~と思いました・・・

 だって「We're On Our Way Home(=私たちの家に帰ろう)」ですからね・・・
 そう、私の家は「コレクターの道」であり、その道へ帰ることは「進む」という意味だったようです・・・それは、皆さんがご存じな「コレクターとしての修羅の道」です・・・


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 そして、引っ越しをした後は、家賃やら食費やらでお金がかかるので、少しレコードとかの投資が減るのかな~と思ったら、少しは減りましたが、いつも通りゴツゴツと買っていました!

 レコード、テープ、CDとも実家にいたころと変わらずに買ってて、ある意味で自由になったのでフットワークが更に軽くなり、レコ屋に行く回数が増えたような気がします。

 特に、これは引っ越す際に凄い意識したのが、職場に通いやすく、かつ渋谷・新宿あたりには行きやすい場所を探したので、結果的には会社の定期にちょっとお金を足すだけで渋谷・新宿・池袋は定期で行けちゃう場所が選べたのが大きいです!
 とにかく、足でレコ屋に通う場合は、どれだけ「レコ屋に近い環境にいるか」が重要で、このことがあり今の私がいるんでしょうね・・・

 そして、この頃は、ブログの作品紹介においては、出来る限り「しっかりと紹介したい」気持ちが強くなり、結果的には、その作品の収録曲を紹介する際に掲示する「資料用のレコード」を意識的に買うようになりました。

 特に、時期的には「HipHop系のレコード」の相場がかなり落ち始め、個人的にも買いやすいプライスラインになってきたので、意識的に買い始めるようになりました・・・

 写真に載せた範囲だと、「De La Soul / Saturday」「Eric B & Rakim / I Know You Got Soul」のような王道系の12inchなどは、大昔と比べたら1/3~1/5ぐらい、実際の価格帯でいくと2千円台前後で買えるようになったので、資料的な意味も含めつつ、大人の「リベンジ買い」ですね(^^;)
 また、MUROさんプレイのレア盤も落ち始め、「Stetsasonic / So Let The Fun Begin B/W Hip Hop Band」とか「Fish / Can You Feel It」なんかは喜んで買ったり、日本語ラップもこのころはそんなに人気がなかったので落ちてて、そこまで探しては無かったけど、欲しかったのは買っていて、「小沢健二&スチャダラパー / 今夜はブギーバック」は30%オフの4900円です・・・

 当時のユニオンの話になりますが、この頃から、どこのお店でも売れ残ったタイトルは積極的に割引するようになり、私はこの割引きを使ってガンガンと買っていましたね~

 ただ、その割引は、実は「相場が崩れていった」元凶でもあったりします・・・

 相場の下落については、別館の分析編で詳しく分析をしましたが、ほんと下落をしましたね・・・
 特に、私が学生時代に指をくわえていたHipHopのUSオリジナルなんかは、結果的に当時の価格が「バブルな価格設定」であったことは明白で、この時期ぐらいから、やっと適正な価格になったのかな~と思いました。

 ただ、もっと冷静に考えると「クラブ/レコード文化の衰退」も考えないといけません。

 それこそ、00年代初期のころのようなブームはなく、結果的に「好きな人だけが残っている」状況だったのだと思います・・・

 この時期の印象的な話として、ユニオンの渋谷クラブ店は、それまでは目立つように2Fと3Fにありましたが、縮小という形で4Fに移動しました・・・
 私としては、もともと4Fにあったので戻ったという印象がありましたが、あの移転の時は、自分たちの「文化」が終わりかけているのか?と少し寂しい思いを抱いた記憶もあります・・・


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 そして、年が明け、2011年になり、忘れもしない3月11日です・・・東日本大震災が発生しました。

 私は、普通に会社で仕事をしてて、その揺れの大きさにはビックリしましたが、幸い被害はありませんでした。

 その日の夜は、電車が動かなかったので2時間ぐらい歩いて自宅に帰り、心配していた家のレコード棚も倒れていなく、安堵しました・・・
 そして、帰宅後は、歩いた疲れもあったのか、夜中にお風呂に入ったら緊張の糸が切れ、お風呂上がりに見たニュースで繰り返し流される東北の被害状況を見るたびに、心が締め付けられ・・・その日は崩れ落ちるように寝てしまいました・・・

 その日以降、東北の被害に比べたら、何もなかった東京は、電気の停電や、電車が思うように動かないなど、若干の不便はあったものの、日常的な生活が進んでいました・・・
 ただ、最初の一週間ぐらいでしょうか、どこにいても「何となく不安」な空気感が漂い、笑顔のない日常だったと記憶しています・・・

 そう、みんな「早く日常が戻ってほしい」と思っていたはずです・・・

 そのために、被災地に行って支援をしたり、身の回りで出来る行動をとったり・・・とにかく「私たちの日常」を取り戻すために動いたかと思います・・・

 その中で、私がとった行動は「いつも通りレコードやテープを買うこと」と「ブログを更新し続けること」でした。

 もちろん、私自身も募金もしたし、仕事として支援系のこともお手伝いしたりしました・・・
 ただ、私の日常、つまりレコードやテープを馬鹿みたく買っていることや、その集積をまとめたブログの更新は「無駄遣いの集積」であり、あの震災の時は被害にあった方のことを考えると申し訳なかった部分が強かったです。

 ただ、ただ・・・人は「日常」を求めていたと思います・・・

 少なからず、2011年の時点でも、私のブログを喜んで読んでくださる方がいたので、私がレコードやテープを買い、ブログを更新していくことを「求めている方」もいると思い・・・すぐに気持ちを切り替えました・・・

 資料レベルで行くと、震災の翌々日(3月13日)にはMUROさんのCDを買い、その後は切れたように都内と地方掘りをしてますね・・・
 ユニオンに関しても、やっぱり殺伐とした空気感が最初はありましたが、そこはコレクターの巣窟です・・・私と同じように「買うことで日常を支える」ことを意識した方が多かったのか、ある時期から日常に戻っていました・・・

 写真のレコは、その流れで柏で45%で買った「K-Collective / Never Stop」ですが・・・そう、私たちは「止まる必要がない」んです!

 私としては、この震災を機会に「コレクター」としての私、そして「Mix Tape Troopersというブログ」を運営する私、この二つの「私」が止まる必要がないことを意識したような気がします・・・




<2011年> 31歳
   年間金額 574,800円 (月平均 47,900円)
   レコード:150枚 CD:131枚 テープ:292本

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 3月の震災後は、仕事も生活も、そしてレコード掘りやブログの更新も元に戻り、嬉しい意味で「普段通りの毎日」が再開します。

 それは、平日はミックステープやミックスCDを聞きながら通勤し、良かったな~と思う作品は紹介をするために深く聴き、更に資料用のレコードやテープを揃え、週末にブログを更新する・・・みたいな日常ですね。

 こう書くと、実は地味な毎日なのですが、震災直後はこういった日常が送れることは嬉しいことなんだな~と思って生活していました・・・

 そんな中、震災後は、色々なアーティストが復興目的で作品やミックスを公開してた中で、私が愛する「クラブでの踊り」についても触れておきましょう。

 震災直後のGWは、毎年恒例のDanny先生のパーティーが西麻布elevenであり、震災後の疲れた心を癒したく、踊りに行きました。

 震災後のクラブシーンを回想すると、震災直後は自主規制のような形でパーティーを開かない傾向がありましたが、前述したレコードを買い続けることのように、パーティーを開いて「踊ること」も大切だと気付き、心あるDJ達がパーティーを再開し始めました。
 なので、暫くはパーティーでも「復興」という概念が入った感じでしたね・・・今思うと、私としてはこのことが入ることで、普段のパーティーとは違ってしまう感じが出てしまうので、実は入れてほしくなかったな~と思います。

 そのためか、Danny先生のこの日のプレイは珍しく波長が合わず、早々にリタイア・・・復興直後の感動的なパーティーではありませんでした。
 きっと、凄い良かったパーティーだと思った方もいるかもしれませんが、私としては「普段のパーティーではない」ところがアレだったんでしょうね・・・

 ただ、やっぱりDanny先生の「愛」を感じ、そして「音楽」いや「DJミックス」の素晴らしさを感じたパーティーでもありました!
 
 写真だと分かりづらいですが、パーティーでは、復興の義援金に充てるため、Dannyが作成したミックスCDが販売されており、問答無用で購入しました・・・

 そして、パーティー終了後、暫くはこのCDを聞いていたのですが・・・ほんと、救われました!

 それこそ、復興後のパーティーシーンではアンセムに実はなっていた「Whitney Houston / Love Wil Save The Day」「Al Hudoson / Spread Love」などが選曲され、聴けば聴くほど元気が湧き、改めて「DJミックス」の素晴らしさを知りました。
 そう、この時のパーティーでも、きっとこれらはプレイされてたのでしょうが、私が曲を知らない、いや知らない曲に心を開いてなかったのか、その「愛」に気付かなかったのでしょう・・・

 考えてみれば、3月11日の時も、夜は徒歩で自宅まで帰宅したのですが、ちょうど通勤時に聴いていた「Kashi Da Handsome / Tenkoo Lounge」を聴きながら歩き、優しく心地よいバイブスに支えられながら歩いていました・・・

 ミックステープやミックスCDに収録された「DJミックス」は、長い年月と色々な経験を経て、好きになった存在で、今では「無くてはならない存在」です。

 このDannyさんから「分け与えられた愛(Spread Love)」は、私が生きていく為の動力になり、その動力を元にブログが続いています。
 そして、ブログは、音楽がズーッと私たちを支えてくれることを思い、心をこめて更新をしています・・・そう「愛という名の音楽」は「私たちの生活を支える(Love Will Save The Day)」のです。

 Dannny先生には、ほんと「音楽の素晴らしさ」を教わりますね・・・ありがとうございます!


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 そして、震災の話ばかりしていてもアレなので、2011年の別の話を入れておくと、この年から8月の恒例行事「京都、大阪、神戸+名古屋 レコードの旅」が始まります!

 まず、旅をするきっかけから話しておくと、気づいたら「旅行が好きな体」になったことが大きいかもしれないです・・・

 仕事の都合で、ぼちぼちと地方出張をするようになったのですが、それまで「自宅派」だった私は、地方の面白さを知ってしまい、むしろ出張を率先して行くようになりました。
 まあ、会社の他の人が行きたがらないのもあったのですが、地方に行ったら美味しい食べ物があったり、普段とは違う空気が吸えたり・・・時間があれば地方の面白いレコード屋さんに寄れたりで・・・ある意味で「美味い汁」を吸ってしまったんですね(^^;)

 2011年に関しては、震災直後だったこともあり、仙台や福島に行く回数は多く、念願だった福島のLittle Birdさんに行ったり、これまた行く機会の多かった九州系では福岡のレコ屋を堪能したり・・・すっかり地方が好きになっていました。

 そんな中、私の仕事ではなぜか大都市圏は行くことはなく、レコ屋が多い「関西圏」と「名古屋」が上手く行けず、ウズウズしていました・・・そう、他の地方は行けるのに、一番行きたい「地方」には行けないんだから、ウズウズしますよね!

 このような背景があり、お盆休みの際、実家に帰るのもアレなので、思い切ってレコ掘り旅行をしよう!と思い立ち、なんとなく行くことを決めたのが「きっかけ」になります!

 そして、旅行に行ったらやっぱり良くって、気づいたら毎年の恒例行事です・・・旅はイイですね~

 旅というと、事前の日程をアレコレと考える時間が楽しいし、何よりも旅先に行って初めて体験することは新鮮ですよね・・・この旅を始めたころは割とこの点がフレッシュで、よい心の気分転換になっていました。
 そして、何度も行くとこういった点は薄れてしまいますが、いつもと違う「空気」自体が新鮮で、気づいたら京都の清らかさ、大阪の活気の良さなどを感じたく、毎年、行ってしまいますね・・・

 んで、この旅において、何よりも重要なのが「テープを買い付けてくる」ことでしょう!

 ここでの写真は初年度の「釣果報告」ですが、今と比べるとちょっと少ないですね・・・ただ、これが目的で行っているわけで、実は凄い大切な「写真」です!

 2009年のところで、テープがあまり出ないので地方のユニオンに行った話を書きましたが、これは「欲しいもの」は「自分から掘りに行かないと巡り合えない」ことの一端として紹介しました。
 特に、ミックステープは市場で忘れた存在だったので、自分から「行動」しないと巡り合えません。また、ミックステープが実は「地方性」がある存在だと認識していたので、本当に欲しいのならば「出向く必要がある」と感じていたようです。 

 おかげさまで、毎年の旅行では、着実に色々なテープを掘らせて頂き、コレクションの幅を広げております。

 そして、この旅行によって、テープの掘る幅も更に広がり、テープ掘りとして「更なる進化」をしてしまい、更に収集のスピードが加速しました・・・
 それこそ、この2011年の5月には「1000本」を突破、その3年後の2014年には「2000本」を突破、更に2年後の2016年には「3000本」を突破し、もう収拾がつかない状況です(^^;)

 レコードも「高額盤の壁」を破っていましたが、テープについては、未開の地を「模索」しながら進んでいったようです・・・


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 その「模索」においては、私が住む東京でも模索してて、ユニオンやその他のお店での掘りにプラスし、都内各地で開催される「フリーマーケット」も重要な存在でした!

 まず、フリマについては、この時期から行き始めたのではなく、割と「昔」から行っていました・・・

 それこそ、私が中高生の頃(1995年前後)はフリマブームがあり、それでフリマを経験し、その後、私が大人になっても機会がある度に行っていて、私としては結構身近な存在です。
 ただ、一般的には行かない人は行かない存在で、今となっては「マイナーな趣味」の一つかもしれないですね・・・この記事をお読みの方でも、フリーマーケットには行ったことがない人の方が多いのではないでしょうか?

 そして、話を2012年に戻すと、このころはホント良く行ってて、週末は主戦場だった明治公園を10時ごろに攻めて、その足で都内のユニオンを回り始めることが多く、かなり掘らせていただきました!

 きっかけは、テープを「いかにして集めるか」を考えた時、フリマは結構ミックステープが出ることに気付き、それで捜索し始めたのは大きいです・・・台帳を見返すと、過去にはレゲエ系の渋いテープをゴソッと出しているお兄さんと遭遇したり、良い出物との遭遇が多かったですね!

 そして、テープ掘りとして「テープを再生する機械」をゲットする場としても機能し、永遠の相棒であるテープ再生機「Shockwave(ショックウェーブ)」とは沢山の出会いがありました!

 あの頃は、テープよりもショックウェーブの方が一般的な市場では「忘れられた存在」であり、ある意味で「ゴミ以下」だったと思います・・・
 ただ、ショックウェーブにしか出せないファットな音は、私自身は高校生の時に叩きこまれ、それは大人になっても忘れなかったようで、過去の「音」を求めた結果、ショックウェーブ探しも始まったようです。

 ショックウェーブは、ある時期は入れ食いとは言わないですが、かなりの確率でヒットでき、かなり収拾しました・・・今でも使ってるソニースポーツのラジカセをゲットした時は、同時にショックウェーブのテープ&CDをゲットしたり、いい思い出ばかりです・・・

 そう、フリマに関しては「いい思い出」になってしまいました・・・

 フリーマーケットの聖地だった「明治公園」は、2020年のオリンピックに向けて、隣にあった国立競技場の改修に伴い閉鎖になり、それで都内のフリマはちょっと元気がなくなり、足が遠のいてしまいました・・・
 また、探していたテープやショックウェーブの出物が出尽くした感があり、ほとんど当たらなくなってしまったのもあるかな・・・

 ただ、今思うと、フリマという「マイナーな趣味」に誘ってくれたのは、きっと「テープの神様」なんだと思います・・・
 うん、真剣にテープを愛でるほど、素敵なギフトをくださる神様がいるんだろうな~と思っています!




<2012年> 32歳
   年間金額 664,500円 (月平均 55,375円)
   レコード:157枚 CD:97枚 テープ:267本

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 相変わらず仕事は忙しく、平日は頑張って夜遅くまで仕事をこなし、週末はその仕事のストレスを追い払うかのように「掘りとブログの更新」に勤しむ日々が続きます・・・まさに「ウィークエンド・ウォーリア」な人生を歩んでいますね(^^;)

 それもこれも、レコードの他に「テープ」を掘っていることが大きく、夏の関西+名古屋旅行やフリマ掘りなどで、テープを掘ることの「範囲」を広げてしまったので、2012年はテープ掘りの「幅」を更に広げた時期かもしれません。

 それこそ、知識がないと攻められなかった「レゲエ」を積極的に掘るようになったり、意識的に今まで掘らなかったジャンルも掘るようになりました。
 特に、レゲエであれば写真左奥の「Mighty Jam Rock / Sound Bacteria #9」を掘った時は狂喜乱舞です・・・カセットテープとテープ再生機がセットになったイルマティックな仕様がキラーですね!

 そして、その「幅」を広げる過程で大きいのは「DJミックス以外」のテープを掘るようになったことが大きいでしょう!

 それこそ、写真右下の「Nas / Illmatic」はいわゆる「アルバムのテープ版」で、テープアルバムを聞いて「これはミックステープだ!」と感じたのが重要かもしれません・・・

 言葉の説明になりますが、ミックステープとは「DJミックスによって選曲される音楽が切れ目なく続いている内容」というのが一般的な解釈になります・・・

 ただ、私としては、その点も踏まえつつも、制作者がその作品の中に「一つのストーリーやグルーブ」を意識的に落とし込んであれば「ミックステープ」という解釈をしています。

 つまり、曲と曲の集合体であるものの、聴いていると、制作者が意図するストーリーで音楽が映画のように進行していく要素があったり、また制作者が狙った雰囲気(グルーブ)で統一することで一つの音楽空間を作っている要素があったり・・・ただ単に「曲を並べているだけではない音楽」だと思っています。

 う~ん、この辺は言葉の説明が難しいのですが、端的にいえば、その一本のテープの中で「世界がある」作品は「ミックステープ」なんだと思います。

 その意味で、Nasのファーストは分かりやすいでしょう・・・

 言わずと知れたHipHopクラシックで、HipHopがお好きな方なら避けて通れない、いや、聴いて多くの影響を受けた作品だと思います。

 NYを代表する様々なトラックメーカーが集い、実はトラック単位では若干バラつきがあるものの、Nasのラップの世界観で見事なまでに統一された作品で、きっと、これを聞けば「冬のNY」が連想されるかと思います・・・
 なんでしょう、吐く息が凍るぐらいの冬の街角で、フードを目深にかぶり、周囲からの様々なプレッシャーを自身のライムで切り捨てながら街を闊歩している感じが秀逸で、通常のアルバム作品でありながら、世界観の統一が半端なく、私としては「ミックステープ」です!

 そう、優れたアルバム作品は、おのずとしっかりとした世界観があるので「ミックステープ」になるんですね!

 私自身、誰に勧められてミックステープを掘り始めた訳ではなく、自分の思いのまま2003年ごろから掘リ続けています。
 ただ、こういった「テープアルバム」は「ミックステープではない」と判断し、この時期ぐらいまではスルーしていました・・・でも、自分の「ミックステープ」の経験値が上がったことで、こういったテープも「ミックステープ」として自然に聴くようになっていました・・・

 その極端な例が、写真の真ん中の「O.S.T. / 波の数だけ抱きしめて」になるかもしれないですね・・・

 80~90年代の邦バブル映画の金字塔(?)で、普通なら一切手を出さないですよね・・・ただ、30を過ぎた私が手に取って聴いたら、立派な「ミックステープ」でした!
 
 もちろん、内容的に洋楽中心のコンピになっていたり、映画自体が「夏」を題材にしているのでおのずと世界観が統一されているのもありますが、これはNas以上に「ミックステープ」として楽しむのは至難かもしれません・・・ただ、聴いていると「ミックステープ」なんですね・・・

 この点は、私なりに分析をした結果、これは「聴く側の問題」になり、私としては「ミックステープという聴き方」が重要なんだ、と気付きました。

 それは、その作品の制作者が思い描いた「思い(ストーリー、グルーブ)」を、聴く側が素直に感じ、その思いに浸りながら聴く方法なんだと思います・・・

 そう、聴いてて素直に「面白い!」と思う聴き方と掘り方が「ミックステープ」であり、もはや「ミックステープという生き方」なんだと思います!


 概念的な話が続いたので、当時の状況に戻すと、このような価値観の転換や発見があり、テープ掘りとして「掘る幅が広がった」と思います。

 やや時期は前後しますが、こういった背景があり、積極的に「ミックステープ以外のテープ」を掘るようになりました。

 それこそ、2014年ぐらいは熾烈なブンドリ合戦の対象になった「アドバンステープ」なんかは、そのジャケのカッコよさ、CDでもレコードでもなく、あえて「テープ」でミックステープとして聴く感じが最高で、私も追随して掘りましたね~
 また、右上のRCA/Air時代の作品を6本組みセットにした「山下達郎 / Special Tape Box」のような和物テープアルバムなんかは、率先して掘っていました・・・これこそ、あえて「テープ」で聴くことで、その作品の良さが逆説的に分かったりするので、更に達郎さんのことが好きになりました!

 また、こういった私自身が発見した「楽しみ方」は、作品紹介を通してブログで紹介していますが、こういったことも私の「責務」なんだと思うようになりました。

 それこそ、テープが買えなくても買えなかった00年代後半は、お店側に「テープは売れるんだよ」と思わせるようにガンガン買っていたように、ミックステープを含む「テープ」が面白い存在であることを伝えるのが私の役目と感じるようになりました。
 まあ、この時期もガンガン買って、ユニオンの店員さんをビビらせていましたが・・・ブログでの情報発信も両輪であることに気付きました。

 結果的には、こういった「買う対象の幅を広げる」ことで「Mix Tape Troopers」のギアがもう一段シフトアップしたようです・・・


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 そのシフトアップをした過程で、ブログの中で重要視したのが「作品紹介の充実」だったと思います。

 2009年で吉沢さんの作品でも書きましたが、私が聴いて「これは!」と思った作品や歴史的にも重要な作品は、しっかりと紹介をするようになり、稚拙ながら作品紹介のグレードは進歩させていきました。

 やや時期が前後するのと、また和物なのには恐縮ですが、言わずと知れた日本語系ミックスの金字塔である「DJ Crystal / Made in Japan Classics」はホント衝撃的で、これは絶対に私が紹介しないといけない!と使命感に燃え、頑張って紹介しましたね~
 この作品の第1段は2011年に紹介ですが、2012年になり、結構探して「第2段」「第3段」がやっと買えて、こちらは2012年度中に頑張って紹介しました!

 特に、作品紹介の充実において、連動して充実しないといけなかったのが、その作品で紹介する「選曲された曲のレコードを入手する」ことかもしれません。

 今の時代、ググって適当に収録曲の写真を探し、それを掲載すれば済んでしまいますよね・・・

 ただ、私は「掘り師」の端くれです・・・そんなことでは「リスペクト」に繋がらないと思い、必ず「オリジナル盤」を入手するように心がけています!

 2005年のところで少し触れましたが、オリジナルを探して手に入れることは、その曲を探し当てたDJへの敬意になります・・・
 特に、こういった「ミックス作品」という、その作品を制作したDJの「苦労の塊(かたまり)」である作品を手にすると、安易に適当な写真を張ることは出来ません・・・・

 なので、私は「レコードを掘る」のです。

 Crystalさんの作品に話を戻すと、ほんと「感謝」という意味で「リスペクト」をしたかったので収録曲は出来る限り揃えました・・・

 なぜなら、それまでも和物を題材にした作品がある中で、House/Dance Musicの原則に従った「本当に踊れる」作品に仕上げてきたのが衝撃的で、私の中で和物の価値観がガラッと変わってしまったからです。
 それは、Crystalさんの手腕でプレイされた曲が「ダンスミュージックとして輝く姿」を聴いて、その曲を教えてくれた以上に「音楽の聴き方/感じ方」を更に押し上げてくれた点が感涙で、もう「リスペクト」をする以外になかったからです!


 そんなわけで、この年は「和物」を結構精力的に掘っていましたね~
 
 これまた、購入時期が前後するモノが多いですが、Crystalさんプレイの和物は外しがなく、ブログで紹介する「資料」という名目も含め、結構探して買っていました。
 それこそ、左上の「向井滋春 / Hip Cruiser」なんかの和Jazz~Fushionは今まで手を出したことがない範囲だったのでビックリしながら探し、とにかく「ブログで紹介するために必要な曲」でありつつも「普通に聴きたい曲」を率先して掘っていました。

 ただ、時期的にはまだ和物は上がってなく、その辺は助かりましたね・・・

 それこそ、右上の「大貫妙子 / Sun Shewer」は帯ナシで2500円です・・・2016年末の相場の1/5ぐらいですかね?
 そのほかだと「角松敏生 / 初恋」は2010年で1900円「吉田美奈子 / Town」のUS盤は2011年で5000円と、やっぱり安かったです・・・

 まあ、この辺の事例を考えると、レコード掘りとしても「先回り」が出来るようになったのかな~と思います。

 それは、市場で火がつく前に「そのカッコよさに気付く」ことで、私の場合はミックス作品を真剣に聴いてることが功を奏し、先にカッコよさに気付いたDJの「おこぼれ」を貰っている感じですね・・・
 ただ、その点でも「なぜカッコいいか」に気付かないとスルーしてしまうので、その辺は他の方よりも体力があるかもしれないです・・・

 なお、この時期から和物も「12inch馬鹿」になっていて、可能な限りLPではなく12inchを買ってます・・・その意味では「スペクトラム / トマトイッパツ」のPromo12inchが4000円で買えたのは軌跡で、今でも自慢の逸品です(^0^)


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 そして、ブログについては、順調に更新していき、嬉しいことに色々な方が見てくださるようになったようです。

 ブログという存在を考えると、毎週毎週、苦心して書いている記事が蓄積していくので、イメージとしては本棚に毎週1冊本が収納されていく感じですかね?
 そうなると、結構な量の本が収納されていて探すのが大変かもしれないですが、「検索」という方法があることで、簡単に私のブログに辿りつけ、記事を読んでくださる方が増えていったようです。

 私自身、ブログに人を呼び込む対策は何もしてなく、強いていけば「だれにも書けない記事を書く」ことだけなので、これだけニッチな存在に辿りついてくれたことは感謝感激です!

 これは、この記事の最後に書くべきことなのですが、こんな長ったらしいブログを喜んで読んで頂いている方々がいるのは、日々の生活の励みになり、ブログを続ける原動力になっています!
 こういったことは、ブログをやらないと分からないかもしれないですが、皆さんから頂いた反応やコメントは、ホント嬉しいです・・・記事を書く作業は孤独な作業で、たまに不安になったりもするので、皆さんからの応援はホント嬉しいです!

 そして、更に嬉しいのが、私の記事を読んでいただき、光栄にもテープを譲ってくださるご連絡を頂けるようになったことも大きいです!

 それは、色々な理由があってご連絡を頂いていると思うのですが、どの方も「これだけテープが好きな人だから、自分が持っているテープも愛してくれるだろう」という考えでご連絡を頂いているようです・・・
 そして、そういった方から譲っていただくテープこそ、超ド級の「ヤバい」テープが多く・・・お礼として「作品紹介」をさせていただいたことが何度もありました。

 それこそ、「DJ MURO / Muro's House Fever」「DJ Chuck Chillout / American FM Station - KISS FM」は衝撃で、どんなに逆立ちしても手に入らない、だけど内容がクソやばく・・・もう「私に譲って頂き、ありがとう!」という気持ちで一杯になり、頑張って紹介記事を書きましたね・・・

 また、もう一つ嬉しいのは、作品紹介をした「作品の制作者(DJ)」の方から「ありがとう!」の御言葉を頂けることで、これは恐縮しながらも素直に嬉しいです!

 私自身、作品紹介は「その制作者の方へのリスペクト」があって書いていることなので、その一方的なリスペクトを汲み取って頂き、お礼を頂けることはほんと嬉しいです。
 それも、どのDJの方も私よりも大先輩ばかりで、大好きな「Sgroove Smooth」さんに至ってはストック品を無償で譲って頂き、今後の応援もして頂いたことは嬉しい限りです・・・


 そして、こういった「応援」は、発展すると「依頼」になり、私がブログを飛び出して「外で活動」もするようになったのもこの時期からですね・・・

 それこそ、この年だと渋谷のHipHop系名物クラブ「Harlem」さんから依頼があり、私が持っているHarlemさんで開催したパーティーのフライヤーを貸し出し、Harlemさんの15周年記念のフライヤー本に制作協力をしましたね・・・
 また、新作としてリリースされるミックス作品のコメント書きの依頼も頂くようになり、少し先の2014年には大好きだったUltimate 4thのメジャー作品「Let it Groove」のコメントを書けたのはホント嬉しかったです!

 この辺の外のお仕事は裏方仕事ではあるものの、私自身、普段の生活があり、結果的に時間が作れなくて迷惑をかける可能性もあるので、自分からは積極的に売りめないのですが現状です・・・ただ、やっぱり「人から頼られる」ことは嬉しいですね!

 うん、つくづく、Mix Tape Troopersは「皆様から支えられている」のだと思います・・・・




<2013年> 33歳
   年間金額 706,900円 (月平均 58,908円)
   レコード:169枚 CD:75枚 テープ:454本

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 この時点で恐ろしい量を書いていますが、まだ終わりません・・・(^^;)

 では、2013年ですが、この年も個人的には結構大きい年で、一番は「西麻布eleven」のクローズかもしれません。

 elevenは日本のクラブシーンを牽引した名店「Yellow」の跡地に、そのYellowの元スタッフと有志達がオープンしたクラブで、営業してたのは結果的に3年ちょっとなので、あまり記憶にない方もいるかもしれません。
 ただ、私としては、徐々に「踊る」ことの気持ち良さに目覚め、色々な経験を積んでいき、30過ぎて胸を張って「ダンサー」と言えるぐらいに成長した中で、Yellowの遺伝子を継ぐelevenはホント踊りやすく、回数は行けなかったものの大好きなクラブでした。

 特に、それは実は凄い良いことではありますが、「クラブ」という存在がカジュアル化し、誰でも気軽に楽しめる存在になってきた流れがある中、elevenはクラブ本来の「アンダーグラウンド」な空気を大事にして、音楽と踊りとお酒が両立した貴重なクラブだったと思います。
 それは、聴いている者を優しくも激しくも包む音響システム、踊りやすい木の床と照明、そして人の気持ちを開放させる美味しいお酒など、クラブの理想形とも言える内容で・・・クローズ直前に訪れたDJ Emmaさんの渾身のプレイでその凄さが再認識し、「私が踊る場所はここだ!」と誓ったぐらいです。

 ただ、残念ながら2013年5月でクローズをしてしまいました。

 それまで、クラブ通いは、仕事が忙しかったのもあり、行けて2~3か月に1回と、ダンサーとして恥ずかしい実績でした・・・
 でも、この時ばかりは、elevenがなくなることで「もう、真面目に踊れなくなるのでは?」と思い、最後だけは奮起して踊りに行きました・・・そして、素晴らしい「宝物」を頂きました。

 まず、クローズの1週前には、我らのTimmy Regisfordが「Legendary Long Set」と銘打って、elevenの最後を見届けるべく、最高のロングセットを魅せてくれました!
 
 Houseを知らない方もいるので先に補足をすると、NY系のHouse~Dance Musicは伝統的に朝には終わらず、早くても朝の8~9時、場合によっては昼ぐらいまでプレイすることが多く、それだけ「踊りたい人」がいるので、DJがプレイし続ける流れがあります。
 また、これも伝統なのが、メインのDJがとにかく一人でDJをし続ける流れがあります。それは、一人でDJをすることで「その夜」を自分が思い描くようにクリエイトすることが出来るので、踊る方としても踊りやすく、これも伝統になっています。

 そのような背景を踏まえて、我らのTimmy先生のプレイは夜10時にスタートし、終わったのが翌日の夜7時前ぐらいで、ほぼ1日な驚愕のマラソンプレイでした!

 私自身は、仕事の都合もあり、翌朝の7時ぐらいから参戦し、自分の限界を超えるぐらい踊ったけど、翌日の仕事を考えて夕方の5時ぐらいにアウト・・・残念ながら、Timmy先生のマラソンについて行くことが出来ませんでした。
 ただ、それまでTimmyのプレイには満足について行くことが出来なかった中、朝参戦であるものの、しっかりと着いていき、もはや幻なTimmyのスロータイムが聴けたのは凄い嬉しく、あの時聞いた「The Emotions / Flowers」は永遠の宝物です!

 そして、Timmyを超えられなかった悔しさがあったので、最後の週末に開催されたJoe Claussellのクロージング・パーティーには最後まで残る覚悟で参戦し・・・本当に素晴らしい宝物を頂きました。

 Joeのパーティーも、仕事の都合で朝から参戦でしたが、フロアーに入った瞬間、その音も、グルーブも「今日は違う」と感じ、速攻で腕時計を外し、時間を気にせず、脇目も振らず踊りました・・・

 Joeも、そういった皆の思いに応えてくれ、最高のプレイをしてくれ、ゴスペルハウス・クラシックの「Get Back Up」をプレイした時、箱のリミットを越えた爆音に上げ始め・・・気づいたら、その音に包まれ、一瞬、踊りながら失神していました。
 それはまるで、Joeがプレイした音が私たちを包み、無重力な空間に連れて行ってくれた感じで・・・DJとダンサーが繋がれば、こんな言葉に出来ない世界を作ってくれるんだ・・・と思いました。

 結局、Joeのプレイは昼ちょいぐらいまで続き、最後はJoeのメッセージが詰まった沢山の「音楽」を分け与え、涙と歓びに満ち溢れたパーティーは終わりました・・・


 多分、この言葉は最高の褒め言葉だと思います・・・

 私の中ではこの時のJoeのプレイから「私が外した腕時計は止まったまま」です・・・

 これ以降、素晴らしいパーティーを何度も経験しましたが、これほどまで「感動」したパーティーはありません。

 そして、この夜を境に「クラブで踊る」という「宝物」を授かったような気がします・・・それは音楽を愛する「情熱」とも言えるかもしれません・・・

 あまりクラブに熱をあげてない方からすれば、なんでこんなに熱くなるんだろうと思うでしょう・・・
 ただ、こんな経験をしちゃったら、もう戻れませんよ・・・そう、踊ることは素晴らしいです!!


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 そして、その情熱は、私については「踊る」こと以外にも「ブログ」の更新があり、その上でテープとレコードを掘ることに反映されていると思います。

 特に、引き続きな話ではありますが、大好きな作品ほど情熱を込めて紹介したいと考えているので、つい気合いが入ってしまいます・・・

 その上で、この年は、作品の紹介という意味では超えられなかった「DJ MURO」をある意味で超えることが出来た年で、ある意味で「作品を紹介するための情熱」が成就することが出来た年だったと思います。

 それは、MUROさんを代表する名作である「DJ MURO / Elegant Funk」の収録曲を全て集め、その上で詳細な紹介記事を出せたことになります!

 まず、Elegant Funkは、リリース時点から大好きな作品で、MUROさんが得意とするジャンルを超えた選曲と珠玉のDJミックスが聴きどころで、ホント影響を受けました。
 特に、Discoではなく「ElegantなFunk」という切り口が新鮮で、市場的には「Boogie」の再興を押し上げた名作ですね・・・今でも大好きです!

 そして、視点を私に戻すと、ほんと好きな作品は収録曲をある程度は揃えていき、プレイした曲がどのようにプレイされているかを研究しながら紹介する内容を決めていく中で、その最高峰が「収録曲を全曲揃える」になります!

 これまでの経過で、そのミックス作品の収録曲を揃えることは、制作者へのリスペクトであることをお伝えしましたが、やっぱり自分が影響を受けた作品/DJほど、敬意を払いたいのでオリジナルを揃えますよね・・・
 その流れで、ほんと「好きすぎる」と全曲揃えてしまいます・・・もう、こればかりは無償のリスペクトか、ただ馬鹿なのかのどっちかですね(^^;)

 ただ、全曲揃えることで、その作品がどのようなプレイで作られているのかが分かるので、作品紹介において「厚み」が増す効果があります・・・
 
 2013年の夏には、やはり大好きすぎて全曲集めてしまった「Larry Levan / Live at Paradise Garage」は、何度も疑似DJプレイをしてLarryのDJを研究し、何とか大名作の完全紹介を乗り切ることができました。

 そのため、大好きなMUROさんの、大好きなElegant Funkも全曲集めようと掘り活動を進めた訳ですが、流石「King of Diggin'」で、作品紹介まで約2年かかりました。

 もー、掘りの王様の作品ですから、使う曲が深すぎて全然集まらないんですね・・・それ以前に、トラックリストがない作品だったので、自分で収録曲を調べるのも地獄で、まるで荒行でした(^^;)

 ただ、この年の12月に無事に最後の1枚「Disconecction / ST」をセールで並んでゲットし、無事に紹介することが出来ました・・・
 収録曲が集まったことも嬉しかったですが、MUROさんに見せても恥ずかしくないレベルで作品紹介ができたのは、Kingへの「リスペクト」を提示出来たことを意味するので、深みのある嬉しさがあったと思います!

 そう、レコードを集めることも、ブログを書くことも「情熱」あっての原動力なんですね!


 なお、この作品については、後でもう一つ嬉しい動きがありました!

 私がブログで作品なり収録曲を紹介した流れがあったからか、収録曲の「Bah Samba / Let The Drum Speak」急激に相場を上げたんですよね・・・
 私は500円で買いましたが、気づいたら5000円ぐらいになってて、私のブログも「プライスメーカーになったんだ」と感じました・・・

 もしかしたら、私ではない理由で上がったのかもしれないですが、テープ以外のレコードでも、ちょっと影響力を出せるようになったのは、ちょっと嬉しかったです(^0^)


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 そして、「情熱」という言葉がキーワードになると、やっぱり「テープ」もそうで、もはや当ブログ名物の「この紙」に全てが集約されるのではないでしょうか!

 はい、この紙は「ユニオンのセール時に配布される整理券」で、それも「テープセール」の整理券です!

 まず、この時期の「テープ」に関する背景から説明しておくと、それまで、テープがなかなか出ない流れがあったので、お店でガンガンと買って「テープに需要があること」を態度で示したり、このブログでテープの面白さを伝えたりして、なんとかして「テープの流通量」を増やす努力をしていました。

 その甲斐あって、徐々にユニオンを中心に流通量が増えていった様相があり、2013年が花開いた年なのかな~と思っています。

 特に、ユニオンになりますが、今も下北沢クラブ店におられるN村さんを始め、テープに理解を示してくださる店員さんが増え、積極的に買取を進めてくれた点が大き、結果的に急激にテープの出る量が増え、私自身も地道に活動をした買いがあったな~と思いました。

 そして、この年ぐらいから、それらのテープをまとめて放出する「テープセール」が多く開始されるようになり、正に「戦い」の日々が始まりました・・・

 なぜ戦いかというと、私と同じようにテープを狙っている人が少しづつ増え始め、色々なタイトルが放出されるテープセールは、そういった人が集まるので、欲しいテープの取り合いになるからです・・・
 それこそ、よく「鉄火場」と表現していますが、お店が用意した箱に、無数のテープが詰められて、それをイイ年した大人が群がって奪い取るわけで、まるで公園でハトに餌をまいたら、無数の鳩が群がって地面を突きあってる感じです・・・

 ただ、私としては「誰にも負ける訳にはいかない」のです・・・・

 そう、私は「Mix Tape Troopers」だからです!

 テープセールとなると、欲しいタイトルが必ず何本かあり、ブログで紹介するために絶対にゲットしたいタイトルがあり、それが揃えば紹介できる作品があるとなったら、是が非でもゲットしないといけません。
 また、こういうセールだと、全然知らないタイトルも出る可能性が高く、今後の研究なり掘りの進展を考えると、そういったのも回収しないといけません。

 そう、テープセールは、テープコレクターとしての立場、そしてブログ「Mix Tape Troopers」の運営者の立場として「外すことが出来ない戦い」になりました。

 台帳から記録を拾うと、この年の大一番は画像の3月の下北のセールで、100本オーバー/4万5千円の大釣果で、記憶だと50本ずつユニオンの紙袋に入れて持ち帰りましたが、セールの時よりも、終わって両手で紙袋を持ち帰るほうが辛かったですね(^^;)
 また、11月は福岡に土日で出張をしてた際に、渋谷でセールがあり、そのまま代休を取らずに平日仕事をして、退社後に渋谷に寄って、セールの残り品を32本回収したり・・・まあ、狂ってますね(^^;)

 ほんと、セール系だと狂った話しかなくって恐縮で、ダメ人間を邁進してます・・・

 おかげさまで、この年からテープの買う量が更に増え、この年は合計454本ともう誰にも止められない状況です・・・まあ、これはテープに対する「情熱」があってこそです!


 あと、この時期は、こういったテープセールをブログで書くこともそうですが、テープがやっと上向きになってきたので、シーンを「更に盛り上げたい」という気持ちが強くなりました。

 また、ブログとしても昨年のHarlemのフライヤーのように、「Mix Tape Troopres」という看板で何か「外で面白い動き」が出来ないかとも考えるようになりました。

 そういった流れと、いつものお店での与太話の続きで、下北沢クラブ店のN村さんの協力を得て、私の持っていたステッカーを放出したり、レアなフライヤーを放出したりしましたね!

 これに関しては、N村さんに感謝感謝です・・・ユニオンは、こういったことを「受け入れてくれる度量」があるところが素敵です!




<2014年> 34歳 部署移動
   年間金額 919,600円 (月平均 76,633円)
   レコード:303枚 CD:56枚 テープ:742本

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 今さらですが、何で画像がこうも脈略がないんでしょうね・・・ただ、話は上手く繋がっているのが不思議です(^^;)

 2014年は、今まで一番お金を使った年で、年間約92万、月平均だと7万5千円です・・・5万円台が平均的かな~と思ってたら、この年はレコードもテープも豊漁で、嬉しい散在です(^^;)

 まず、テープについては、ほんとテープセールや放出が増え、年間で742本購入し、テープだけで35万円の投資です・・・

 これは嬉しい悲鳴としますが、知らないのは何でも買い、そして「何でそれを買うの」という変なジャンルのテープも手を出したり・・・もう、止まりません(^^;)
 もう、この頃になると、一度に買う本数が半端ないので、台帳には1000円以下のテープは「まとめ買い」として書くようになってるので、自分の許容を超えた買い方をしてたかもしれないですね~

 そして、レコードについても、それまで年間平均で150枚~200枚ぐらいなのに対して、2014年は300枚越えと好調です。
 主だった理由は、次の段でも書きますが、DiscoなりHipHopなりSoulなりのレコード相場が落ちて買いやすい状況だったので、リベンジ買いも含めて熱心に買っていたのが大きいし、何よりもブログを持続的に続けていて、その資料用に購入してたのが大きいですかね・・・


 ただ、個人的には「少し吹っ切れた」エピソードがあり、その辺が原因かな~と思っています。

 実は、2014年の4月は、ちょうど消費税が8%に値上がりしたタイミングで、その値上がりの前に、もう30半ばだし、そろそろ欲しいな~と思ってた「モノ」があります。

 それは「高級腕時計」です(笑)

 私自身、こういう趣味をしてることや、独身だったりするので、広い家に住みたいとか、高級な車に乗りたいとか、オネーちゃんとキメたいとか・・・一般的な「欲」はあまりなく、欲しいレコードやテープがコンスタントに買えればいいな~ぐらいの「欲」しかありません。

 普段は地味な生活で、ご飯もお酒もお金をそんなにかけないし、服もそこまで凝ってはいなく、清潔感はある程度はキープしてるぐらいです・・・
 まあ、レコードとテープの「欲」が異常で、一般レベルの欲とは違う方向でネジ曲がっているのは問題ですが、実は、周りから見ると、割と「無欲」な方だと思います。

 ただ、消費税が切り替わることが間近に迫った2014年の冬に、今まで使ってた腕時計が壊れてしまい、買い替えをしようと某量販店に行ったら、消費税値上げ前で高級腕時計を激しくプッシュしてて・・・つい、揺らいでしまいました。

 勤め人の私に視点を変えると、私の仕事はそんなに給料が良くないものの、10年も働いていれば多少の財力はついてきますよね。
 まあ、私の場合は、その大半がレコードとテープに消えているのですが、多少は貯金をしているので、そこまで辛い状況ではなかったかな?

 また、周りを見まわすと、2014年となると景気も上向きになっているので、仕事先の知り合いが気付いたらロレックスを付けてたりして・・・周りは着実に「大人」になってる方が増えていました。

 うん、こういうのって揺らぐんですよね・・・お金で解決とは言いませんが、高い腕時計を買って腕に付けるだけで、なんかグレードが上がる感じがあるんですよ・・・
 まして、私も、なぜか小物だけは凝る傾向があり、マフラーとか手袋はちょっとイイのを買う傾向があるんです・・・やっぱり、少し高級なのを使うと、背筋が伸びる感じがあるので、大人の通過儀礼として必要かもしれません・・・

 そんなわけで、暫くは「オメガ」を物色する日々が続きました(^^;)

 レコードなら2万ぐらいだったら「ポンっ」と買ってしまうのに、流石に30万近くだと悩みますよね・・・何度もお店に足を運び、優柔不断っぷりが露呈していました。
 
 ただ・・・結果的にはオメガは買わず、普通な腕時計を買いました・・・

 ちょうど、2013年で報告したテープセールで100本オーバーの時期と重なるのですが、だんだんと30万払って時計を買うくらいなら、そのお金でテープやレコードを「とことん」買おうと思ったんですよね・・・

 なぜ、そう思ったかは分かりませんが、きっと私の中で「俺の道」を選んだんでしょう・・・

 
 そんなわけで、2014年は消費税が変わりましたが、私の中で「俺の道」を進むと割り切った年の始まりだったようです・・・

 それが理由かどうかはわかりませんが、少年時代に買えなかった「Illmatic Buddha MC's / 人間発電所」をやっと購入しました・・・
 まあ、数年前から買いやすかったことや、2ndプレスなのはアレですが、これは「少年時代のリベンジ」であり・・・これで「日本語ラップの呪縛」から抜けることが出来たような気がします・・・

 そう、これで「リベンジ」は達成し、子供から「大人」になれたのかもしれないです・・・

 実際に大人になれたかどうかは分かりませんが、その時は「私の道を進めばいいんだ」と思った次第です・・・ 


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 ただ、大人ってやつは時として辛い時期もあるわけです・・・

 私としては、この年が正にそうで、この年の秋に畑違いの部署に異動になり、相当辛い思いをしました・・・

 一応、会社的には能力を買われての異動で、いきなり部署の事実上のリーダーとして配属されましたが、畑違いすぎて何をしていいのか分からず、ホント辛かったです・・・
 この時期のブログを見るとほんと愚痴ってて辛かったです・・・普段、何も言わない親にも愚痴って、相当心配された記憶があります・・・

 うん、私と同世代の方なら、30半ばになると、私以上に辛い思いをきっとしているでしょう・・・

 この記事を書いている今は、異動してから2年ちょっとすぎ、おかげさまで仕事も覚え、やっと自分で舵取りが出来るようになったので、むしろ仕事が面白くなっているので、私はまだ幸せです・・・

 曲がりなりにも私も大人になり、色々な方と出合い、人生の様々な局面で困難を抱えた方をそれなりに見かけます・・・
 それは、仕事であれば年齢が上がり役職がついたことで上と下の面倒を見て更なる苦労をしたり、家族がいる方であれば、子供や親のことで頭を悩ませたり・・・大人になればなるほど困難が増えるように思えます。

 私については、独り身で、ある意味で社会性を放棄して「子供レベルの自由」を維持しているだけかもしれないです・・・
 ただ、独り身だと身が軽く、そして残念ながら仕事にはクソ真面目な性格なので、なぜか私にばかり仕事が回ってきており、それはそれで私も辛い思いをしています・・・

 う~ん、楽あれば苦ありなんでしょうね・・・はあ(^^;)


 そして、最初のレコード写真に話を戻すと、この時期は日常が「辛かった」ので、いわゆる「ストレス買い」が多く、それでかなり高額盤を買っていました!

 きっと、年間で90万円を使ってたのは、こっちが原因とも言え、日常のストレスを週末のレコードハンティングで消化していたようです(^^;)

 もう、この頃になると1万円前後のレコはビビらなくなり、むしろ条件が良ければ速攻で買うような姿勢だったので、かなり攻めていましたね~

 まず、大好物のDiscoモノは、更に相場が落ちていて、出物は少なくなってきたものの、高すぎて手が出なかったレア盤はガンガン攻めてて、結構買いましたね~

 特に、ユニオンが熱い12月は攻めまくりで、下北で少し寝かした「First Class / Candy」の12inchは14400円、イタリア盤オンリーの「Jermaine Jackson / Erucu」の12inchを大晦日に11500円などを攻めてますね~
 また、普段は手を出さない7inchも、どうしても欲しかった「Sisters Love / Give Me Your Love」は19800円でいったり、頑張りました(^0^)

 また、ブログをやっている以上、資料として載せたいレコードというのがあり、HipHopであれば「Showbiz & AG / Party Groove」「Incredible Bongo Band / Bongo Rock」など、ブログに載せて説得力がある高額レコも攻めるようになりました!
 両方とも万越えですが、これでブログの説得力が増すのであれば安いものです・・・ブログという存在は「心の減価償却」をする上では凄い便利な存在です(^^;)


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 でも、この年の一番の出費は「ストレス買い」が原因でなく、むしろ「この出会い」だと思っています・・・うん、出費ではなく「出会い」です!

 それは6月のボーナス後に、ある知り合いから耳寄りな情報を頂きました・・・

 それはMUROさんの結婚式で引き出物として配られた「ミックスCD×2枚、7inch×1枚を購入しないか?」という誘いです・・・

 今回の購入台帳の公開、このレベルの話であれば、隠すべきところは隠すけど、出せる話は包み隠さず出すつもりで公開してるので、この話も書きましょう・・・
 特に、この話はMUROさんには大変失礼なのは承知してますが、MUROさんもコレクターなので、分かってくださると思い書かせて頂きます・・・

 まず、出所は書けませんが、オファーはまとめて4万円・・・ただ、私との顔があったので、ちょっと割引をしてもらい、結果的に37800円で譲って頂きました。

 もう、このころになると、レコードの壁的には2万円台前半ですが、テープをまとめて100本/6万円とかを出してたりするので、あまりビビらず、むしろ一期一会のモノだと思い、即決で決めました。
 特に、こんなプライベート・レベルのが、まとまって出ることはないだろうと判断し、MUROコレクターとして外せない品であることは間違いないので即決です・・・単品ではたまに見かけますが、3点同時は皆無なので、今となっては即決して良かったです・・・

 「トレード」についても話しておくと、私自身、プライベートのトレードはあまりしない方だと思います。

 今回公開した購入台帳では「☆トレード」となっているのは、個人的に頂いたモノと、お金かモノで個人レベルで取引したモノのどちらかですが、圧倒的に前者の頂き物が多いです。
 私自身、あまりレコード関係の知り合いが少ないのが多いことや、メインがテープなのでそもそも集めている人が少ないのが理由で、ごく少ない知り合いの中で、相談があればトレードをするぐらいです。

 きっと、MUROさんも、そういったトレードで自身のレコードコレクションを培った部分があるかと思いますのでご承知ください・・・
 そのかわり、ここで「出合ったブツ」は私が一生大切に保管すると誓っていますので、ご安心ください・・・


 また、最初に書いた「出会い」は、意味合いとして「次の出会い」という意味も含まれていたと思えます!

 この年は、MUROさんがご結婚されて、家の引っ越しなどがあり、かなりの量のレコードや私物を放出されており、結構購入させて頂きました。

 2014年の夏にオープンしたHMVの渋谷店であれば、MUROさんの所蔵品が多く出され、どれも結構安かったので攻めましたね・・・
 先ほどの高額盤の中に「Breakwater / No Limit」のアメ盤12inchが入ってましたが、これは9月のHMV放出でゲットしたブツで、8400円という個人的にはあり得ない価格でニンマリでした!

 ただ、一番熱い放出は、7月にMUROさんのお店「Digot」であった放出で、レコードが中心な放出の中、同時に写真のソニースポーツのラジカセを1万ちょっとで出てて、MUROさんから直接譲って頂きました!

 もう、この色使い、フォルムは犯罪ですね・・・テープ馬鹿としてはマストで、これこそ「出会い」です・・・
 この時はMUROさんに言えませんでしたが、きっと「3種の神器」を手に入れたことで、このラジカセにも導いてくれたんだろうな~と思っています!

 ただ、MUROさんとの「出会い」はこれだけではありませんでした・・・この話は2015年に譲りましょう!




<2015年> 35歳
   年間金額 901,500円 (月平均 75,125円)
   レコード:217枚 CD:40枚 テープ:560本

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 さ~て、オーラスの2015年です! もう少しでゴールなので頑張ろう!

 まず、2015年のビックニュースと言えば「MUROさんとのお仕事」でしょう!!

 正確には2014年度にはなりますが、2015年の2月には人気Web Magazine「HOUYHNHNM」さんからご依頼を頂き、MUROさんと「アナログvsテープ」的な対談をさせて頂きました!
 そして、2015年12月には、これまでのMUROコレクターとしての手腕を買われ、MUROさんの30周年記念本において、MUROさんのミックス作品リストの制作をさせて頂きました!

 もう、どちらのお仕事も予想だにしなかったことで、私としては、まず、昨年から続いた「MUROさんとの出会い」が大きかったように思えます・・・

 もちろん、MUROさんについては、ホント様々な音楽を教えていただき、掘るという行為の素晴らしさを教えていただいた大先輩です・・・そのため、MUROさんに対する「恩返し(リスペクト)」の部分も大いにありました。

 ただ、コレクターとしての経過を辿ると、そういった「出会い」にも、何らかの因果を感じるんですよね・・・

 それは、イイ年したオッサンが言うのもアレですが、まるで徐々にMUROさんに引き寄せられるかのような「出会い」だったのかもしれません・・・
 きっと、あの三種の神器だったり、ラジカセだったり・・・これらを買ったことに「何かの運命」があって、その先にはこのお仕事に繋がったのかな~とも思います。


 ただ、ただ・・・このことを「運命」ということだけにしたくはないです!

 それは、そのお会いできた要因の一つには「私の実力」もあったからだと思うからです!

 この時点でブログを始めて6年は経過し、おかげさまで様々なテープ、そして様々なモノを紹介し、かなりの「知識」が私のブログに蓄積されたと思います。
 また、私自身、このブログを通して、テープという誰も寄りつかなかったジャンルを立ち上がらせ、大きく進ませた「力」もあると思います。

 そう、単なるテープやレコードのコレクターだった私が、ブログの運営と共に力をつけ、MUROさんにある意味で「認められる」ぐらい成長をしたのだと思います!

 そして、そういった実力を育ててくれたのは、大先輩であるMUROさんの背中を見ていたからであり、その意味でもMUROさんに「恩返し(リスペクト)」をしたのです・・・


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 ただ、そういった「恩返し(リスペクト)」は、時として、届けたい人に届けられないこともあります・・・

 2015年5月、私自身、物凄く影響を受けた「Dev Large」さんがお亡くなりになられました・・・

 かねてより体調があまり良くないことや、ごく稀にユニオンでお見かけすると疲れている表情があったりしてて、すこし心配をしていた中、突然の訃報は私たちに届きました・・・

 こういった時、私にできるのは「ブログで故人の作品紹介をして、故人を偲ぶこと」ぐらいしかできず、感謝の気持ちで遺作となった「D.L(Dev Large) / Freedom Jazz Funk Mellow Storm」という作品を紹介しました。

 ただ、ブログを書いているときに「もう、DLさんの素晴らしいミックスが聴けない」ことに気付き、悲しみが込み上げてしまい、恥ずかしいけど泣き崩れてしまい、思うように作品紹介が書けませんでした・・・
 また、作品紹介をする上で必要な資料集めや聴き込みの準備期間が足らず、DLさんの素晴らしい世界観を明確に伝えられなかったり・・・結果的には、あってはならない誤認の紹介もしてて、満足な紹介が出来ませんでした。

 残念ながら2013年にお亡くなりになられた「Maki The Magic」さんの時もそうで、気持ちでは恩返しをしたつもりですが、故人の偉業をブログで紹介することで恩返し、いや故人へのリスペクトが上手く出来なかったことは悔しいです・・・

 そして、それは「私の実力の未熟さ」も意味してて、周りからしたら高いハードル設定かもしれないですが、自分に打ち勝たないといけないハードルが目の前にあることも意味していました。

 うん、Dev Largeさんだけは絶対に「恩返し(リスペクト)」をしないといけません・・・

 そのため、私の中で「火」がつきました・・・

 その火は、結果的に「日本語ラップに関する本の紹介」という記事になり、日本語ラップに関する歴史や個人を取り上げた過去の書籍を紹介しました。
 
 記事的には相当地味な記事なので、あまり記憶がないかと思いますが、ただ、私なりに頭を捻り、根性を決めて書きました・・・

 それは、Dev Largeさんからは「掘る」という行為を教わったので、やっぱり「掘り」で「感謝の恩返し(リスペクト)」をすべきだと思い、この記事を書きました・・・

 つまり、「掘る」という言葉の本当の本質である、それまで無価値なものを自分の手を汚しながら掘り、そして、その無価値なものを自分の手で輝かせることを実践したかったのです。

 それは、DLさんの遺言になる「Everything I Dig Gonna Be Funky(俺が掘ったのは全て黒くなる)」を実践したかったんですね・・・


 結果的に、かなり地味な記事ではありましたが、私として「掘りは掘りで返す」ことが出来たかな~と思います。

 このブログを考えると、テープや昔の情報を伝える部分もありながら、私が経験してきたレコードやDJ文化の「精神」を伝える役目もあると思い、出来る限り紹介をいれています。

 特に「掘る」という精神(行動)は、実際に体験しないと分からないし、更に言葉にするのが難しく・・・私自身も諸先輩の「言葉を発しない背中」を見て、その心ゆきを盗むように覚えていったので、凄く表現するのが難しいです。

 ただ、最低限、私が書いた記事で分からなくても、こういったブログを続けていることで、これを読んだ方々が「私の背中」を見て、少しでも「掘る」ことが分かり、続けてくださればいいのかな~とも思っています・・・


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 そして、「恩返し(リスペクト)」は、人ではなく「店」にも向けられました・・・

 2015年12月末、代官山にあるクラブ「air」が惜しまれつつも閉店をすることになりました・・・

 2003年のところで書きましたが、私がクラブの扉を開いたのは、このairの扉を開いたことから始まり、様々なダンスを与えてくれたお店です・・・

 こうやって改めて経過を追いながら書いていると、改めて「air」に育てられた部分も強かったと思います・・・
 airの最後の夜も、そのことを感じてて、閉店の悲しさ以上に感謝という意味も込めた「恩返し(リスペクト)」があり、その思いを伝えたく、最後のairの扉を開きました・・・

 airの最後は完全クローズ前の最後の週末に来日したTimmy Regisfordのプレイで、この時は「私なりのリスペクト」を心に携えて踊りました・・・

 それは、Timmyのプレイを「全て踊る」ことです。

 Timmyのプレイは、前述したとおり、一般的にはあり得ないぐらい長い時間のプレイになり、Timmyのプレイを全て踊ることは相当根性がないと成し遂げられないことになります。

 私自身、Timmyのプレイは大好きなので、いつも楽しみながら踊ってはいますが、翌日の予定があったり、踊ってて疲れてしまい、結果的に途中脱落をしてて、一度もTimmyのDJを踊りきったことはありませんでした。
 そのため、私からのairへのリスペクト「踊る」ことであり、その最大のリスペクトは「Timmyのプレイを踊りきる」ことになるのかな~と思い、この夜は相当気合いを入れて踊りに行きました!

 結果的には夜中から踊り続け、Timmyとしては実は短い11時間のDJに耐え、無事に「Timmy越え」を達成することが出来ました!

 プレイに関しては、Timmyらしい硬質なHouseの連続で、安易にクラシックな歌モノをプレイしない、ある意味で拷問のようなプレイに耐えながら踊り続けたことは、私自身が成長した証かもしれませんね・・・
 クラブに遊びに行っていることを、このようにストイックに表現するのもどうかと思いますが、まず、クラブで「踊る」ことの気持ち良さに気付き、そしてその気持ちよさを追求するために成長したんでしょう・・・

 また、クラブという場が、やっぱり「特別な場所」であることも痛感し、最後の最後で「Brainstorm / Love Is Really My Game」がプレイされた時は、心の底から叫んでしまいました。

 耐えに耐えた上での大好きな歌モノがプレイされたこともありますが、この曲で印象的な歌詞「♪ディ~スコ~ナ~イト~」という部分が、airを表現する言葉として的確すぎて嬉しく、記憶をブッ飛ばしながら、踊り狂っていました!
 うん、こういった「ミラクル」が起こる場所がクラブなんでしょう・・・YouTubeでDJプレイの動画を見てるだけでは体験が出来ないミラクルは、やはり床の上で踊り続けないと体験ができませんから!
 

 クラブについては、毎週末は踊り明かすことで出来ず、2~3か月に1回、忘れたころに踊りに行く程度なので、私自身、胸を張って「クラバー」とは言えません。

 ただ、長い年月をかけて夜を踊り明かしたことで、私の中で胸を張って「Club is My Life」と言えるようにはなったと思います。

 うん、今後も、この思い、長く抱いて踊れることを願うばかりです・・・


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 そして、最後です・・・最後は私らしく「テープ」で〆ましょう!

 おかげさまで、テープという存在が市場でしっかりと認知され、定期的に数が出るようになり、私も喜びながらガンガンと買う日々が続いていました。

 本数的には、2014年の方が多かったですが、それでも年間500本以上を購入し、かつ、遂にレコード購入金額よりテープ購入金額が上回る(年間43万円)など、数字の部分でも文句なくテープが中心になりました!
 そう、2015年で本当の意味での「Mix Tape Troopers」になれたのかもしれないですね・・・これは嬉しい限りです。

 そして、この年で特に嬉しかったのが「幻の一本」と出会えたことです。

 それは、レアすぎて市場に出ないテープや、情報は知っていたけど本当にあるかどうかが分からないテープで、それらと遂に出会うことが出来たのが凄い嬉しかったです。
 2015年4月には1999年に岩手で行われたイベント限定で販売されたとする「DJ Kiyo / End of Summer」を無事に購入、そして2016年3月には1997年ごろに発売されたCDの購入者応募特典で配布された「DJ MURO / Muro's Summer Vibes 」を無事に購入することが出来ました!

 まあ、この2つについては「Mix Tape Troopers」として絶対に手にしないといけないテープだったので、早朝からお店に並んだのはいい思い出です・・・セールで勝ち抜く術を学んだのも成長の証でしょうか?
 また、金額的にもKiyoさんは1万5千円MUROさんは2万2千円と、一般の方からすればドン引きな金額ですね・・・ただ、レコードにおける「高額盤の壁」を着実に破っていったので、こういった金額でも肝を据えて買える根性もつきましたね~

 あっ、でも、Kiyoさんのは色々な情報を辿ると、やっぱりジャケはあるそうで、まだまだ修羅の道を進まないと行けなさそうです・・・私もまだ道半ばですね(^^;)


 最後なので、後ろを振り返りながら「私のキャリア」を考えてみましょう・・・

 まず、レコードも含めてですが、購入活動に関しては、他の方々よりも完全に遅れをとっていたけど、約20年をかけて、着実に成長していったのかな~と思います。
 それこそ、テープ一本に2万円を払うぐらいには成長してるので、胸を張って「コレクター」と言えるレベルにはなったでしょうか?

 また、私に関しては「凄い幸運」にも恵まれていたと思います・・・

 それは「テープ」という「未開の地」を、自分の力だけで進めることが出来たことです。

 例えば、レコードであれば、欲しいタイトルを探す楽しみはあるものの、誰も評価していない音楽を探し出す楽しみは、その人の考え方にもよりますが、既に市場が成熟している以上、なかなか難しい「楽しみ」だと思います。

 その点でテープについては、市場の中で忘れされた存在で、情報すら殆どない状況の中を、自分の力だけで、楽しみながら掘り進めたことは、もはや「私だけ」にしか味わえない楽しみだったと思います。
 それは、誰も踏み入れたことがないジャングルを進み、その先に楽園があることを発見し、その楽園で実った誰も食べていない果実を、一番最初に味わうことが出来た・・・ことかもしれません。

 そう、私はつくづく「幸せなコレクター」なんだと思います・・・そして、これからも「コレクター」として進み続けます・・・




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『あとがき』

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 いや~、書きましたね(^^;)

 企画している段階では、どこかの年は面白いイベントがなく穴が出るかな~と思っていましたが、全てが上手く繋がった形で書けてホッとしました。

 私自身も書いていて妙に納得してしまいましたが、こうやって並べると、人の歴史は全てが繋がっているんだな~と思い、Mix Tape Troopersという人が、こうやって成長したことが分かる記事になり、ちょっと達成感がありました(^^;)

 また、コレクターという存在が「どうやってコレクターになっていったか」ということを、ある程度は明確に書けたかな~とも思うので、世間一般に「コレクター」という存在をアピールする点でも貢献できたかな~と思います。


 今回の記事のスタートは約20年前に書き始めた「購入台帳」から始まりました・・・

 購入台帳は、それこそ事務的なモノで、それを見ただけでは面白くありません・・・ただ、それを「読み解く」ことによって面白さが出るのだと思います・・・

 そう、これこそが「Everything I Dig Gonna Be Funky」なんだと思います。

 今回は購入台帳を「掘った」ことで、結果的に私にしか出来ない「黒さ」を表すことが出来たと思います・・・

 うん、天国にいるDLさんも喜んでくれてるかな・・・そして、これからも進むであろう「私の道」をきっと応援してくださるでしょう・・・
 これからも、この購入台帳が綴れるように精進しますので、天国から見守っていてくださいね・・・


 ではでは、これからもブログを通して、皆さんに「Everything I Dig Gonna Be Funky」を魅せつけていきますので、宜しくお願いいたします!!




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★こちらもどうぞ

 この記事には以下の補足記事がありますので、よろしかったらお読みくださいね~

● 「俺の履歴書 - 分析編」



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「俺の履歴書 - 分析編」
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 こちらの記事は、以下の記事の補足記事になります。よろしければ、以下の記事と合わせてお楽しみください。

● 「俺の履歴書 - あるコレクターの18年間」




『はじめに』

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 え~、今回は本編で紹介した「購入台帳」が元になり、私の遍歴を追ってみようと企画しました・・・準備~作業時間は4カ月で結構な地獄でした(^^;)

 その地獄の作業において、購入台帳をエクセル入力していく過程で気づいたのですが、一見すると文字の羅列にしか見えない台帳ですが、エクセルを駆使して「集計」を行えば、私のことを更に「分析」できるな~と思い、そのことを意識して作業を行い、その結果がこの記事になるかと思います。

 実は、ここ最近、仕事の一環でアンケート調査をやっていて、集計や分析も自分でやっているので、何となく作れそうだな~と思ったのがきっかけで、色々とフィルターや集計を繰り返してたら、結果的に面白くなってしまい・・・今回の記事においては「余計な仕事を増やした」結果になりました(^^;)

 まあ、結果的には、本編の方は記憶頼りな部分がある中、こっちは数字に裏付けがあるので、こちらの集計と分析をしたことで、かなり本編で書くべきところが整理出来たので、非常に重要な作業でしたが・・・作業はやっぱり地獄で、会社から家に帰っても同じような作業をしていることに苦笑をしてしまいました(^^;)

 そして、せっかく数字にまとめるのであれば、普段、会社で作っているようなプレゼン資料みたくしたら分かりやすいかな~と思い、本編でも紹介した以下の資料を作成しました。

① Mix Tape Troopers 購入台帳
   ※外部サイトdocs.com

② Mix Tape Troopers 購入台帳(分析編) 
   ※外部サイトdocs.com


 ①の方は、購入した内容を延々と書いているだけなので、この資料を読んでいるだけでは面白くないだろうと思い、本編の回想録的な記事を作成しました。

 そして、②の方は、①を作る過程で、そのデータを元に集計と分析をした数字資料をまとめた資料で、これだけ独り歩きしても理解ができるようにはしましたが、やっぱり分かりづらいところがあるので、②をもう少し補足する意味で、この記事で②の紹介をしたいと思います。

 色々とイルな数字や、バカじゃないのと思う分析など、私としては「渾身のHipHopギャグ」としてご提案いたしますので、笑いながら読んで頂ければ幸いです(^0^)
 なお、先に脱線すると、②の資料を作る際、家のPCのパワーポイントが入ってないことに気づき、ワードで強引にパワポ的に作ったので、色々と荒い部分があります・・・その辺もご笑納頂けると助かります(^^;)



『注意点』
・記載された「年」は「年度」とし、全てその年の4月1日から翌年の3月31日までの期間になります。
  例 1999年 1999年4月1日~2000年3月31日

・資料は2015年度(2016年3月末)までのデータになります。

・掲示した表やグラフの一部はクリックすると大きくポップアップします。





『分析00 Mix Tape Troopersの略歴』  P1

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 まず、本編と重なる部分として、私がどうやって成長して行ったかを分かりやすくするために、本編で書いたことを一覧にした資料がこちらになります。
 本編で書いた各年のエピソードの表題だけ切り取り、さらに整理をしたので、本編を読むことにも役立つ資料かもしれません。

 そして、今回、いろいろと分析をしている中で、私の今までのコレクター人生は以下のように分かれるかな~と思いました。

1998年~2004年 ①学生時代 + ②暗黒時代
2005年~2007年 ③社会人コレクター 初期
2008年~2015年 ④Mix Tape Troopers開始


 結論として、私はコレクターという立場からすると、相当な遅咲きで、徐々に進歩していったのですが、その点は上記の区分で上手く説明ができると思いました。
 ①学生時代と②暗黒時代(大学後期と最初の就職→挫折)では、資金面などの色々な理由であまり買っていませんでした。ただ、③社会人コレクター初期になると、やっと資金が用意できたことと、ミックステープの面白さに気付いたこと、レコードの相場が落ちてきたことで、コレクターとして正式なスタートが切れたように思えます。そして、④ブログの開始をもって、テープという特殊なジャンルを集めるコレクターとしてデビューをし、それに付随して買う量が増えていった、という流れになります。

 こうやって広げると、結構分かりやすい進み方をしてるんだな~思いましたが、それはそれで苦労はしてたことも分かりますね・・・
 ②暗黒時代は、今回、分析をしていく過程でネーミングをしましたが、本当に暗かったですね・・・自分でも、分析をしてて金額の少なさもさることながら、買ってる内容が元気がなく、切なくなりました(^^;)





『分析01 購入数について』  P2~P3

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 そして、分析01では、レコード、CD、テープの購入数を集計し、その結果を元に「私がどういう流れで購入していったか」を分析してみました。分析の詳細は資料でご確認ください。

 まず、レコードについては、これまで購入した枚数は約3200枚と全然多くない状況でした。既に売却した分を引くと約2200枚で、レコードの「コレクター」とは言い難い部分もあります。
 ただ、割と平均的な枚数(月平均14.9枚)を継続して買い続けているので、割と安定的に買い続けていることは、ある意味で体力(興味)がある裏付けかもしれないですね・・・まあ、後で紹介する高額盤なり売却率の部分も含めて、欲しいレコードを一歩一歩進んで買っている感じですかね?

 そして、テープについては、テープ市場の流れと連動した集計結果になり、その点をフォローした分析をしてみました。下のグラフの赤線がテープの購入数で、2005年ごろまでは少し順調だったのに、その後の4年ぐらいは落ちた時期があり、その後、人気が回復している様子が示せています。

 しかし、そのこと以上に白眉なのが、やっぱり「購入本数」ですよね・・・こうグラフ化するとホント引きますね(^^;)
 ブログを始めた2008年以降に急激に増えていて、2014年は742本ですからね・・・まあ、これだけ買えるのは①売ってくれるお店が増えた/売る人が増えた、②私の興味の範囲が広がったことがポイントで、テープ馬鹿としては嬉しい急上昇でした(^^;)

 あと、CDについては、資料集ではあまり取り上げていないですが、ミックスCD市場の流れと連動しているグラフでしたね・・・自分の中では存在は大きいのですが、意外と買ってなかったんですね~





『分析02 購入金額について』  P4~P7

(1)全体像  P4

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 そして、最も「内容に引いちゃう」のはこっちの方でしょうか?

 こちらでは「購入金額」に着目した集計で、色々と分析をしてみました。

 まず、購入内容を分けずに出した金額については、00の遍歴に見合った推移をしており、段々と成長している過程が可視化できた流れになっています。
 多少の上下があるもの、着実にコレクターらしい成長具合で、2014年~2015年の年間90万円(月7万5千円)は立派な数字ですね・・・このレベルになると、相当な根性と体力、そして常に興味を失わない姿勢が大切で、かなり頑張っている方だと思います。

 ただ、累計の824万円を考えると、これはやっぱり少ないんですよね・・・この数字を見ると、私のコレクターとしての位置は「中の上(1軍に上がれない2軍?)」ぐらいかな~と思ってしまいます。
 まあ、交通費などの諸経費を入れれば1000万円に到達はしてると思いますが、学生時代や暗黒時代の力不足が足を引っ張った形になっており、ちょっと残念(?)な結果でした・・・
 なお、資料や裏付けが無いのでアレですが、20年ぐらい買っている方であれば1500万円~2000万円ぐらいまでいってるのかな~と思います・・・どうでしょうかね??


(2)月平均、ジャンル別の内訳  P5

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 そして、こちらでは「レコード、CD、テープ、その他」の内訳を比較してみました。

 これも分かりやすい結果になって、上の棒グラフのように、初期はレコード(黒)が多かったけど、段々とテープ(赤)が増えていっていることが分かり、コレクターというよりも「Mix Tape Troopers」が育っていった過程が分かる集計結果になっています。
 また、下の円グラフは、2015年の購入内訳を示しており、この年に初めてレコードよりテープの方が購入金額が上回りました。レコードは月平均3万円、テープは月平均3万6千円になり、これで名実ともに「Mix Tape Troopers」になったのかもしれません・・・ただ、テープを月3万円以上買っている事実は「狂ってる」証拠でしかないですね(^^;)


(3)各ジャンル別 平均購入単価  P6~P7

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 そして、こちらでは購入数と金額が分かるので平均購入単価を割り出して、分析をしてみました。

 詳細は資料の分析の方に譲りますが、レコード、CD、テープとも、市場の動き(トレンド)に合わせた動きをしてて、なかなか面白いですね。

 レコードについては、①私の購入遍歴(最初は高いのが買えず、社会人になって単価が上がった)と②一般的なレコード相場の下落を加味して分析をする必要があるのですが、平均単価が1400円台なのは、それなりに高額盤を買っている証拠なのかな~と思いました。
 また、テープについては、買わない人が多いので、相場観が分かりづらいと思う中で、実は購入金額の平均は600円ぐらいであることがポイントになりそうです。本編では、MUROさんのテープを2万2千円で買ったなど、ある意味でラディカルな情報を掲載したので、実はこの位の金額が相場だということを覚えておいてくださいね~





『分析03 購入金額について』  P8~P10

(1)全体像  P8

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 次に、台帳では購入店舗も記載していたので、購入店舗に関する集計も行い、色々と分析をしてみました。

 まず、目を引くのは、私の「ユニオンの利用率の高さ」だと思います。

 ユニオンには、18年間で約571万円を使っており、全体の約70%がユニオンになります。それも、年を追うごとにユニオン率が高まっており、2015年は約70万円、全体の80%近くがユニオンの利用になっています。
 この数字を見ると、私はユニオンがないと成り立たないのが一目瞭然ですね。もう、ユニオンがあるからこそ、私の趣味やブログが拡大したと言え、頭が上がりません。なんとなくですが、これらの資料を揃えると、ユニオンが「世界一のレコード屋」であることが実証出来るのではないでしょうか。

 なお、2016年度はまだ集計してないですが、全体の購入金額も含め、ユニオンの購入金額は少し下がりそうです・・・私としては「もっと使いたい」ので、これからも頑張ってくださいね!


(2)ユニオンの各店舗  P9

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 そして、ユニオンのことを更に深く掘り下げて、各店舗別の集計をだしてみました。

 結果は一目瞭然で、渋谷のクラブミュージックショップが断トツ(約164万円)で、金額ベースで見たら他の主要店舗(新宿、お茶の水、下北沢)の3~4倍の利用をしていました。もう、これについては、私自身が渋谷CMSと育った経緯があり、それだけ長く通っているので金額も、そして購入枚数も多くなりますよね。

 脱線して別角度の補足話をしますが、渋谷CMSは、クラブ系の人気と共に変遷してて、全盛期は2Fと3Fにお店があり、かなり優秀なスタッフの方が集っていました。そして、渋谷でキャリアを積んだ方は、各店舗に散らばり、結果的に個性を発揮して、今のユニオンのクラブ系のお店が成り立っている流れがあります。それこそ、ブログでよく登場する下北沢CMSのN村さんもそうで、渋谷で修行(?)をされていました。お店があることで①お客さんが育つことと、実は②店員さんも育つことを引き起こしており、これは店舗を利用することの「大きな力」だと思います。そのため、私としては、これからも利用して、応援をしたいな~と思っています。

 なお、2015年に限っては、下図の通り、渋谷CMSよりも下北沢CMSの方が購入金額が多く、やっぱりN村さんの力があって、ゴツいテープを仕入れてくれた結果が表れています。あと、柏や北浦和などの地方店も利用が目立っており、これは地方は地方で頑張っている証拠かもしれません。

 とにかく、ユニオンにはこれからもお世話になりたいと思います!


(3)地域別  P9

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 そして、こちらではユニオンも含めた「地域」に着目した集計を行ってみました。

 こちらも、やはり「渋谷」が断トツで、ある意味で「世界屈指のレコードタウン・渋谷」を象徴する内容になっていたかと思います。
 また、ユニオンの分析では目立たなかった「新宿」は、実は結構利用してて、私の職場が近かったり、良質な出物があることに加え、近隣の代々木のココナッツディスクさんの健闘も大きいかと思います。そして、実数は少ないものの、8月の旅行があるので「地方」の利用も着目できる部分かな~と思いました。

 いずれにしても、私は「通販」を一切利用しない中で、これだけ「お店」に通っていることは、お店としては心強い資料になるかと思います。
 お店があることの効果は色々とありますが、足繁く通うことで見つかるモノも多く、特にテープのようなニッチなモノを探すとなると、お店に通うことは鉄則になります。

 私としても、今後も気合いを入れてお店に通いますので、お店を運営されている皆様も、是非、気合いを入れて運営してくださいね!





『分析04 レコードの購入について』  P11~P14

(1)高額盤  P11

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 次は「レコード」に特化した分析、特に「言葉ではよく口にするけど、実際はどうなんだろう」的なことを集計して分析してみました。この分析は、結構、世間一般でも出回ってない(誰も数字化しないか?)内容になると思うので、結構面白い内容かもしれません。そのため、ここの部分だけ少し強めに紹介をしたいと思います。

 まずは、本編でも登場していた「高額盤の壁」について分析してみました。

 高額盤の壁とは、レコードなどを購入していると「どの金額まで出せるか」を表した言葉で、その金額以上だと「購入をしない」という、ある意味で「購入の分岐点」になる金額を指します。
 どちらかというと「購入者の心理的なストッパー(=これ以上の金額を出したらダメだ!)」という意味が強く、コレクターとしてコレクションを増やしていく過程での「自分との戦い」になる部分も含んでいます。そして、この壁は、一度その金額を超えた商品を買うと、次回以降はその金額で買うことは躊躇しなくなる傾向があるため、表現として「壁を破る」イメージがあるので高額盤の壁と呼ばれています。

 本編では、エポックとなった高額盤の購入を紹介したことで、段々と壁を破っていった過程を紹介しました。ただ、高額なレコードを買った時点が壁を破った瞬間ではあるのですが、私としては「そのレベルの金額を継続的に買うこと」にこそ意味があると思っていました。
 つまり、壁を破った後の立ち振る舞いこそが重要で、コレクターとして「その金額レベルでどのように購入活動をしているか」が重要だと考えています。それこそ、1万円のレコードを一度買ったとしても、その後、その金額レベルのレコードを買い続けなければ、正確に壁を破ったとは言えません。本当の「高額盤の壁を破る」ことは、1万円のレコードを買ったら、それ以降は1万円のレコードを躊躇なく買い続けることだと思います。

 では、ここでは購入台帳から引きだした「数字」を用いて、どのように私が破っていったかを紹介しましょう。

 まず、上図の説明からすると、高額盤を「3千円以上」とみなした場合に、購入したレコードにおいて、3千円以下(黒)3千円以上(赤)の合計購入金額ベースでの比較をした棒グラフで、赤色が時期を追うごとに増えていっているのが分かります。
 高額盤は、中古商品になるため、コンスタントに売りに出されていない点を加味しても、段々と赤色が増えていっている流れを見れば、高額盤をコンスタントに購入し、かつその金額が増えている過程が示すことができ、私が高額盤の壁を破り続けているのが分かるかと思います。

 また、下図では、高額盤を金額ごとに更に分割して集計しました。クリーム色は3千円、黄色は5千円、赤色は7千5百円、黒は1万円になります。
 グラフを見ると、年度を追うごとに色が濃くなり、縦軸が高くなっていく内容になっています。こちらの方が「金額という壁」を破っているイメージがつきやすく、色が増えることは更に高い高額盤を買っていることを意味し、縦軸が高くなると高額盤の合計金額が増えていることを示しています。もちろん、1千円台前後の安いレコードも購入している(2015年では2千円までのレコードの購入率は約75%)のですが、段々と単価の高いレコードを買っていること、そしてそれが維持と拡大をしていることが示されています。

 数字で示すと、なかなか難しいな~と思いながら集計と分析をしましたが、私の主張に見合った高額盤の壁との戦い方を証明することはできましたかね・・・ただ、突き詰めると、頭がオカシイだけなんですよね(^^;)

 ちなみに、世間一般的な意味での壁であれば、レコード1枚は2万円台前半ぐらい、まとめ買いは金額上限なし、そしてテープに関しては1本でも金額上限なしで戦っております(^0^)


(2)レコードの種類  P12

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 次はちょっと地味な分析ですが、購入したレコードの種類の分析をしたところ、76%が12inchということが分かり、私自身も結構ビックリしました。

 12inch、つまり「シングル」なのですが、クラブ系のレコードを買っていると、リリースする曲がシングルが中心のため、どうしてもシングルに偏る傾向はあるかと思いますが、76%という数字は割と特異的かと思いました。
 この事象の分析をすると、①中心的に購入しているDiscoの曲は12inchが中心になるため、②ブログでの収録曲の紹介において曲単位(=シングル)を中心として紹介をしているため、の2点が大きいと思われます。
 ただ、一般的なレコードコレクターからすればLPの比率がやっぱり低いですよね。特にロックやジャズのコレクターとなるとLPと12inchの比率が逆転してもおかしくはなく、この数字は「クラブ/DJ」としての特色が生きた数字かもしれません。


(3)相場を読む(値下がりについて)  P13~P14

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 そして、この分析はイルでしょう・・・レコード相場の「値下がり」について分析してみました!

 よく、オッサンの戯言で「昔はレコードが高かった」と言いますが、私が買っているクラブ系のレコードは90年代後半から00年代前半はバブルとも言ってもいいぐらい高額で、当時の私としては、財力も無かったことから指をくわえてその高額盤を眺めていました。高額だった理由は色々とあったと思いますが、①日本でこういった音楽が急激に人気になったこと、そして②人気な曲は廃盤で海外の曲であったことが大きく、需要と供給における需要だけがイビツに高く、それを見込んで供給側が高く値段を設定していたことが理由になるかと思います。

 ただ、こういったモノの金額レートというものは、そのモノが蓄積していけば相対的に値下がります。また、市場の需要も年を追うと変化して下がることもあり、一般的にはPCでのDJが普及したことでアナログ需要が減っていったことが大きいかと思います。
 クラブ系のレコードは、正にこの2点が影響してて、00年代中盤以降は下落傾向を示すようになり、やっとバブルを抜け、適正価格になっていった流れがありました。それは「値下がり」を結果的に意味するわけで、売り手側としてはあまり良くない話ではありますが、買い手側としては買いやすく、市場環境として健全な状況に戻ったようにも思えます。

 では、この値下がりという事象を「どう数字で表すか」を考えた時、私の購入遍歴においてはレコードは「昔は高かったので、値下がってから購入」していたので、私の購入価格が「値下がり後」の価格になるので、レコードが高かった時代の金額と比較すれば、おおよその値下がり率が出せることに気付きました。
 そのため、私が持っているフライヤーの中から、Disco系は新宿Soul&Blues館の2005年の買取表、HipHop系は渋谷Spice Recordの2000年の買取表を参考にして、分析を行ってみました。
 なお、それぞれの買取価格から正確な当時の販売価格を割り出すのは難しいので、ユニオンの平均的な買取価格の掛け率(販売価格の40%)を想定して価格を設定してみました。そのため、多少はズレがあり、私の当時の記憶を踏まえると、今回、設定した販売価格は、実際に出てた価格から10~20%程度の高く設定している感じもありました。その辺はご承知ください。

 では、比較をした結果ですが、Discoについては2005年の時点から10年間の推移でみると、平均6.6年後には66.7%も価格が下落している結果が分かりました。そして、HipHopに至っては、2000年の時点から15年間の推移で、平均10.8年後には75.7%も価格が下落していました。

 この数字だけ拾っても「値下がっている」ことが明確に分かるかと思います。分析では同一タイトルでの比較もしてて、購入店の違いがあるものの2007年から2009年の2年間で24.5%の下落が確認でき、クラブ系レコードの一部のタイトルはここ10年~15年は値下がり傾向にあったことが実証できました。

 ただ、その半面、レコードと言うものは逆に高くなるタイトルもあり、購入する側は常に市場価格を読みながら購入する必要があります。
 視点を私の購入動向で考えると、私自身、結構ケチな性格なのか、直感で「今が買い」と思う金額出ないと手を出さないので、割と市場価格を直感レベルで把握していて、その時に「割安」でないと買わない傾向があります。今回の分析をしていて、その辺は顕著に表れた購入動向も感じられ、割と慎重な買い方をしているな~と思いました。





『分析05 テープの購入について』  P15~P16

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 そして、テープに関しても特化した分析を行ってみました。

 まず、上図ですが、私のテープ所持数をグラフ化した内容で、まさに「ウナギ登り」な上昇が男らしくもあり、イルな上昇を見せています(^^;)
 グラフの前年との高さの差は、その年の購入本数を示し、2013年以降は年間500本を超える本数を購入しているので、ここ数年の急カーブさを描いています。分析01でも示しましたが、近年は月平均約50本程度を買っており、もはや狂っているというレベル以上になってしまいました・・・私は大丈夫なんでしょうか(^^;)

 そして、その好調な近年である2013年から2015年を更に分析したグラフが下図になります。
 着目をしたのが「各月の購入本数」で、グラフの通り、極端にデコボコしたグラフになっています。レコードは割と平均的に買っていますが、テープに関しては、お店側が買取がないと商品として出せないので、購入もそれに合わせて購入していることが示されています。つまり、グラフが高くなっているところは大きなセールや放出があった月になり、それ以外は小出しに出されたストック品を買っている月であることが分かります。

 このグラフから、その分析を導くのは少し強引ではありますが、テープのような商材は仕入れが不安定であること、そして、その不安定な供給に対して、必死に食らいついて私が買っていることが分かるかな~と思います。
 ただ、理想としては、このデコボコが限りなく直線に近づくことが理想(それだけ平均的に購入できる)かもしれないですが、こういった不安定さがあることも、コレクターとしてワクワクする部分もあるので、何とも言えない感じですね~





『分析06 その他』  P17~P19

(1)新品/中古品の中古比率について  P17

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 分析の最後は、マニアックな視点で分析した内容を紹介したいと思います。

 まず、私の購入において「中古か新品か」に着目した分析を行ってみたところ、圧倒的に「中古」が多い結果になりました。

 これについては当然なことなのですが、他のコレクターさんとの比較をすると少し中古率が高いかもしれませんね。CDについてはMUROさんの作品を買っているので新品率が約40%でしたが、レコードの新品率は8.9%、テープの新品率は6.4%と、圧倒的に中古が多い状況です。特にレコードについては、ここ5年だけの集計をすると新品率が1.3%とさらに低くなり、結果的に「中古=古い音楽を追っている」傾向が示せたと思います。その観点からすると、ある意味で「絶えず音楽を掘っている」ことも導き出せるかもしれません。
 
 う~ん、ほんと、レコードのシュリンクラップをカッターで切ることがなく、久しぶりに切る時は緊張するんですよね・・・中古に偏っていることはイイかどうかは別として、私はやっぱり偏った人間なんですね(^^;)


(2)レコード等の売却について  P18

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 そして、こちらも私の生態について考えた分析で、購入したモノの「売却率」を分析してみました。

 細かい集計方法は資料集の方に譲りますが、レコードは学生時代に買ったHipHopや日本語ラップ、そして無作為に買ってた100円レコードなどを趣味に合わなったので00年代後半に大量に売却していたこともあり、累計では36.7%と高い数字でしたが、近年では2.4%と相当少なくなり、私が「買ったモノは殆ど売らない」ことが分かります。それは、CDもテープにも該当し、結果的に「売らない=自分が必要なモノしか買わない」ことを意味しています。

 周りの方がどのくらい売っているかは分かりませんが、実感でいくとこの数字は少ない方かと思います。まあ、テープは別として、試し買いを殆どせず、石橋を叩いて買っている(慎重?)な性格が分かるデータかもしれないですね~


(3)月別、曜日別の比較  P19

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 最後は月別と曜日別にどういう購入動向なのかを分析してみました。

 上図は、ここ3年間での月別の購入金額を比較したグラフで、赤色の12月がやっぱり目立つ結果になっていました。12月はユニオンのセールがあるので、それに比例して購入金額が増えている結果ですね。なお、この点を踏まえると、セール前の11月が極端にグラフが低く、お店側が12月に備えてストックしている結果も表れていると思います。
 なお、私だけの傾向ですが、8月(青色)は恒例の関西+名古屋の旅行があるので、結構高い数値を示しています。俗に言う「にっぱち」なのに、こんなに元気に買っている姿をみると、日本のレコード経済を陰ながら支えているんだな~と思ったりしました(^^;)

 そして下図は、曜日別の比較をした円グラフで、土日だけで60%を占めてて、私が「ウイークエンド・ウォーリア」であることを示しています。金額ベースなので、セールがある土日が高くなるのは当然ですが、平日が40%であることもポイントで、私自身が平日でもレコ屋に通える環境にあることも示せていますかね?





『分析07 まとめ』  P20~P22

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 気付いたらプレゼン資料というよりも、検討会で合意をとるための資料みたくなったので、最後は分析00~06を踏まえて「Mix Tape Troopers」というコレクターを考えてみました。


(1) Mix Tape Trooperの全体像
 まず、私を客観的に見ると、以下のような事実と要素があります。

●18年間でレコードは約3200枚、CDは約900枚、テープは約3300本を購入し、購入の為に約824万円を費やしている。
●2016年3月末時点では、レコードは約2200枚、CDは約850枚、テープは約3200本を所持している。レコードのみであれば、平均的なコレクターの所持数より少ないが、テープの所持本数が特異的なため「特異的な要素が強い」タイプのコレクターになる。
●2015年は、年間約90万円(月平均7万5千円)を費やし、レコードは月18枚/約3万円、テープは月47本/約3万6千円を購入し、テープの購入がレコードの購入を上回っている。
●Disk Unionの各店舗をはじめ、色々な地域の色々なお店を足しげく通っている。通販は一切利用しない。
●レコードとテープの新品購入率は5%前後で、中古品の購入が圧倒的に多く、過去の音楽を掘り返す傾向が強い。
●売却率は2~4%で、購入したモノは殆ど売却せず、購入する時点で不要なモノは購入しない姿勢が見受けられる。


 う~ん、一言でいえば「特殊」なんでしょうね・・・ただ、コレクターと言う存在自体が「特殊の塊」だと思うので、その面からみればコレクターの第一関門は通過してるんでしょうね~


(2) レコードの購入傾向
●2015年の購入傾向  月平均 18枚/約3万円 平均単価1,800円
●購入ジャンル  Disco、Garage、Dance Classics、Soul、Rare Groove、Jazz Funk、Hip Hop、R&B、House、和物など
●購入枚数、購入額とも、DJ/アナログ文化の黄金期である90年代末~00年代初期では、他のコレクターと比べると平均以下の購入傾向だった。
●就職後に①購入資金が増えたこと、②レコード相場が下がったことで、徐々に高額盤を購入するようになり、順調に購入金額/平均単価を増やしている。レベルアップのペースは「なだらかな上り坂」のように進んでいる。
●「高額盤の壁」も徐々に破りつつ、その金額レベルに達したら、そのレベルで戦い続けている。現時点では1枚あたり2万5千円台、高額盤の平均単価は約5500円を示している。しかし、相場を読みながら購入をしているので、割安に揃えており、慎重さもある。
●購入枚数は15枚前後を推移しており、若干の上下はあるものの、毎月同じぐらいの枚数を継続して購入している。
●ミックス作品に収録された曲などを中心に購入しているため、自身でニューディスカバーを探す掘り方はしていないが、必ずオリジナル盤を探す努力はしており、高いハードル設定をしてレコードを購入している。
●売却率が低いことから、本当に必要なレコードのみを購入し、あまり実験的な購入(試し買い)はしていない。
●欲しいジャンル(Disco)や使用用途(ブログへの資料掲載)がはっきりとしているため、異様に12inchの購入率(76%)が高い。


(3) CDの購入傾向 
●2015年の購入傾向 月平均3枚/約6千円  平均単価1,900円
●一般市場でCDが全盛であった90年代中期~00年代初期では、レコードの購入の趣味が始まったことから、CDとレコードでプレスされているタイトルは必ず「レコード」で購入していた。そのため、CDは殆ど購入していなかった。
●DJ市場で「ミックスCD」が流通し始めた2004年頃からはCDも購入をし始め、ミックスCD市場が全盛だった2011年ごろには、新作の購入や過去作の掘り起こし等を行い、熱心な購入活動(月10枚程度)を行っていた。
●現在は、①ミックスCD市場が縮小したこと、②ミックステープの収集活動に力を入れていることから、DJ MUROなどの特定のDJの作品を中心に月3枚程度を購入している。


(4) テープの購入傾向 
●2015年の購入傾向 月平均47本/約3万6千円  平均単価770円
●ミックステープが全盛期だった90年代後半~00年代初期は、学生時代と重なり、あまり購入資金がなかったことから、熱心な購入活動は行っていなかった。
●2003年ごろより、①就職をしたことで資金が出来たこと、②通勤時のリスニング用として求めたこと、③Disk Unionの一部の店舗でミックステープを中古商品として出品するようになったことから、ミックステープを意識的に買い始めるようになった。
●2005年ごろまではコンスタントに購入できたが、2005年以降は市場で見離された時期が続き、苦労をしながら購入をしていた。そのため、自身のコレクションの充実と連動して、購入をすることで店側に「売れる商品」であることをアピールするような購入活動を行っていた。
●上記のアピール活動の延長として、2008年からはブログを開設し、「ミックステープの良さ」を客観的に伝える活動を開始する。その流れで、資料として必要なテープの購入に加え、ブログを続けることで自身の興味の幅が広がり、結果的に購入範囲が広がり、購入本数が急激に増加した。2008年月平均10本に対し2009年月平均20本だった。
●2013年ごろより市場でのテープ評価が始まり、中古品の流通量が増えたことを受け、更に購入本数が増えて月平均30~50本程度を推移するようになった。2015年はレコードよりもテープの購入金額が上回った。
●ブログを更新し続けたことで、「ミックステープ」という考え方/聴き方が身につき、ミックステープではないテープ(過去のテープアルバムなど)も購入対象になり、更に購入ジャンルの幅が広がった。また、積極的に地方のお店も攻めるようになった。


 (2)~(4)はレコード、CD、テープの購入傾向をまとめてみましたが、まあ~、なかなか癖のある買い方をしてて、いざ客観的に見ると、自分でもちょっと引きますね(^^;)
 特に、テープは異端で、こんなに目的意識があって買ってる人も珍しいですよね。ただ、そうでもしないとテープは買えなかったので仕方が無いのです・・・なんか、すみません・・・


(5)Mix Tape Troopersの成長要因(総論)

 では、最後の最後は、これまでの分析を踏まえて、なぜ私が「Mix Tape Troopers」という姿で成長をしたのかを考えてみました。

●学生時代(1998年~2002年)は資金がないため月平均で1万円台の購入だったが、就職後は購入資金が用意でき、徐々に購入金額が増えていき、2015年では月平均7万5千円(年間約90万円)を費やすまで成長をした。

●購入金額が「増えたこと」と「高額な出費をしていること」には以下の要因の影響が大きい。

<外部的要因>
① レコードの相場が90年代後半~00年代前半と比べると大幅に落ちて購入しやすい価格になったこと。
② ミックステープが世間でも評価されるようになり、市場での流通量が増え、買いやすくなったこと。
③ Disk Unionのように「欲しい」と思う商品が絶えず購入できるお店が通える範囲に多数存在すること。


<内部的要因>
④ 以前は高額すぎて購入で出来なかったレコードを、心理的満足を得るために「リベンジ購入」するようになったこと。
⑤ 長い経験から相場観が身につき、比較的安価に買える術が身についたこと。
⑥ ミックステープ/CDを好んで聴いているため、音楽趣味が広がり、様々なジャンルの音楽を購入するようになったこと。
⑦ DJミックスの面白さ/素晴らしさに気付き、ミックステープを集中的に集めるようになったこと。
⑧ 自身の凝り性(集め癖)が災いし、ミックステープを体系的に揃ええるべく、テープを「深く・広く」掘るようになったこと。
⑨ ブログを開始したことで、資料用にレコード、CD、テープを更に購入するようになったこと。
⑩ ブログを続けたことで、自身の音楽趣味と知識が広がり、更に購入の幅が広がったこと。
⑪ 平日・休日を問わず、地方のお店も含め自分の足で各地のお店に通えること。
⑫ クラブで踊ることに喜びを覚えたことで、DJミックスの素晴らしさを肉体的/精神的に学んだこと。


●外部的要因が示す「買いやすい環境があること」と、内部的要因が示す「自分の趣味や知識を絶えず広げていること」を両輪にして、絶えず「自分が面白いと思うモノ」を見つけており、結果的に「コレクターとしての購入力」を維持/拡大している。

●テープの購入については、誰も発見していない「ニューディスカバー」を探す掘り方をしており、業界内ではトップセッターとして活動が出来ている。苦労や苦難を伴いつつも、誰も触れたことがない「テープ」を発見する喜びを享受しているので、ある意味で幸せな立場でもある。


 この辺の書きっぷりは、プロの方が見ればツメが甘い分析かもしれませんが、とりあえずはこのような導き方になると思います。特に下の2点は総論になり、私自身が元気にレコードやテープを買い続けている原動力があることと、テープについては、私が実は「凄い幸せ者」であったことを示しました。

 こんなことを皆さんに伝えても仕方が無いかもしれませんが、こうやって「コレクター」が作られていったことは客観的に示せたかな~と思います。

 なお、最後は笑いで〆ておくと、就職活動をしてたときに嫌々やってた「自己分析」が、数十年後にやっと分析ができたことに気づきました・・・まあ、就職活動では一切使えない分析ですけどね(^^;)





祝・ミックステープ3000本突破記念 「3000本を振り返る」
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 いやいや、やっと作業が完了したので公式発表をしたいと思います!

 前人未到というか・・・ココまで来ると、もう後ろに戻ることができません(^^;)




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 まず、私事で大変恐縮ですが、私が持っているミックステープが無事に3000本を突破することが出来ました!

 もう一度、声を大きくして、報告をしたいと思います・・・

 『ミックステープが3000本を越えました!』


 昨年の夏には、帳簿上で3000本を超えており、トレード用や予備用の重複テープがあるので、もう少し溜まってから報告しようと思っていましたが・・・念のための「数え直し作業」をするのに重い腰が上がらずで、報告が遅れてしまいました・・・

 そして、GW連休前半に一日がかりで集計した結果、2016年4月末現在で「3271本」を所有していることを確認し、公式結果として発表することにしました!

 いや~、色々と思いはありますが、とてつもない記録を打ち立てましたね・・・

 2011年4月に1000本2014年6月に2000本を突破したことを報告し、3000本も行けるだろうと考えていましたが・・・まさか2年で到達するとは思いませんでした(^^;)

 まあ、この数字にはトレード用や予備用の重複テープが入っていますし、人によっては「それはミックステープではないだろう?」というテープも多く含まれているので、純粋な「ミックステープ」が3000タイトルあるわけではありません。

 それこそ、この記事で紹介した「美空ひばり」さんや「ちあきなおみ」さんのテープは、一般的にはミックステープではないですね・・・こういうテープも多分に含んで3000本を超えた状況ではあります・・・


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 ただ、私としては、自分が「面白い!」や「カッコいい!」と思ったテープを素直に買っていただけで・・・その結果がこの本数なんだと思います!

 3000本までの歴史を考えると、実は「自分の器量を広げる作業」だったのかもしれません。

 初めて聴いた15歳の頃にさかのぼると、最初は何となく聴いていましたが、日本におけるミックステープ文化の発展と共に成長をし、更に様々な道を通ることで、段々と音楽に対する理解度を広げていったのだと思います。

 それは、テープを掘ることはもちろんですが、収録された曲のレコードを探したり、クラブで馬鹿みたいに踊ったり・・・または社会人として仕事を通して成長をした部分も含め・・・様々な階段を登ることで自分の器量を広げた結果が3000本を超えたテープなのかもしれません。

 特に、この「ブログでの作品紹介」は、自分の器量を広げる作業としては、一番大きい階段かもしれません。

 ハードルと書くとなんか嫌なことも含むニュアンスになりますが、頭をひねって「ミックステープ」という「音楽」を、音で紹介するのではなく、私の「言葉」で紹介することが、毎週毎週、登らないとイケない階段になっていて、これが結構大変です・・・

 だけど、これも結果的に「私が楽しむこと」を念頭に置きながら、紹介する作品を丁寧に聴き、自分が「面白い!」や「カッコいい!」と思ったことを素直に言葉に直す作業は、大変な行為ではありますが、生まれた言葉が「知識」と「経験」になっていました・・・
 

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 この「知識」と「経験」を原動力に、次の「面白いモノ」を探すことを繰り返し・・・気付いたら3000本になったのだと思います。

 話を「美空ひばりさん」のテープに戻すと、大げさな例として出した手前もありますが、今の私からしたら立派な「ミックステープ」です!

 それは、私としては「ミックステープ」という存在が、素晴らしい「音楽旅行」を与えてくれる存在だと思っているからです。

 一般的に「ミックステープ」とは、DJミックスを施した作品になります・・・これは疑いがありません。

 ただ、美空ひばりさんを含め、世の中には「素晴らしい音楽」があるんですよね・・・

 先ほどの器量を広げる話にも繋がるかも知れないですが、ミックステープという存在を通して、様々な音楽を知ることができ、そして、その音楽の良さを知ることが出来ました・・・

 その中においては、ミックステープという「DJが作る音楽旅行」に聴きなれた結果、聴き方として「聞こえる音楽に素直に委ねる」聴き方を覚え、これで更に世界が広がったように思えます・・・

 そう、ミックステープというのは、ある種の「音楽の聴き方」でもあったりするのです!

 それは、素晴らしい音楽に対して心を開き、音楽を作った方のグルーブに乗る聴き方なんだと思います・・・

 この姿勢に従えば、美空ひばりさんも「ミックステープ」なんですね・・・

 うん、「ミックステープ」という姿勢で聴けば、何でも「ミックステープ」になるんですね・・・


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 今回、タイトルが「3000本を振り返る」となり、いつもブログをご覧の方なら、ここから本題が始まりそうですが、今回はコレで終わりです・・・(^^;)

 一応、テープに関することとして、上でちょこっと書いた「ミックステープという聴き方/生き方」について、無駄な論文を書こうかな~と思い、途中まで書きましたが、論点がブレれしまい挫折しました・・・

 この点は、私自身の経験や知識が「まだ」足りないのが原因でしょうね・・・これからも精進します!!


 そんなわけで、無事に3000本を超すことが出来ました!

 3000本を超えたこと・・・

 それは、このブログを更新し続けたことになり、その更新をし続けたことにおいては、このブログを読んで頂き、応援をしてくださる「皆さま」がいたからこそ、更新ができています!

 つまり、3000本を達成ができたのは、皆様の応援のおかげでもあります・・・ありがとうございます!!

 今後も、作品の紹介等を通して「ミックステープ」という文化/スタイルを広めていきたいと思います(^0^)

 今後ともよろしくお願いいたします!!






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<オマケ>



 え~、3000本の達成記事を作るにあたり、今回、真っ先に思いついたのがこの「動画」で、今回の3000本の達成記念のオマケとしてアップしたいと思います!

 前回の2000本の時は、いわゆるgifのパラパラ漫画みたいな感じだったので、この考えを発展したらどうなるかな~と思い、パラパラ漫画を発展した記念動画を作ってみた次第です・・・
 制作にあたっては、サラリーマンのパソコン技術(aka Officeだけで作る)を駆使し、原始的に撮影した写真を並べただけですが、結構疲れました・・・そもそも、テープを床に並べること自体が地獄です(^^;)

 まあ、作った感想としては・・・気持ち悪いですね(^^;)

 実際には3000本はスペースの都合で全部は置けなかったですが、いざ、並べてみると「何だこりゃ」という感じだし、何よりもパラパラ漫画の雑な作りが気持ち悪いですね・・・すみません・・・


 そんなわけで、暇なときに見ていただければ光栄です~

 なお、最近、ボムっぽい企画もしてないので、秋の7周年記念の時は頑張ります・・・





 
素晴らしき「DJ機材カタログ」の世界
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 えー、3週間ぶりの登場です・・・おまたせしました!

 ブログ開設6周年を記念として、日ごろからお世話になっている皆様に送る、史上最大級のビックボム・・・久しぶりの秘蔵品大公開な記事です!!

 



(1)はじめに

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 今回は久しぶりの「素晴らしき」企画として、タイトルの通り「DJ機材の商品カタログ」を紹介したいと思います!

 この時点で「そんなの集めてたの!」とツッこんで頂けると嬉しいです・・・

 過去にも「フライヤー」「ステッカー」、そして「レコード袋」など、私が過去から収集をしていたブツを紹介してきましたが、こういうDJ機材のカタログも集めておりました!
 
 まあ、長くブログを読んで頂いているお方ならご納得を頂けるかと思いますが、子供の頃からイルマティック(?)だったので、タダで手に入るモノは何でも集めており、DJ機材のカタログもフライヤーの延長で集めていたんですね・・・
 入手に関しては、DJ機材のお店などで頂いたモノが大半で、時期的には90年代中頃~00年代中頃位までは結構意識して集めていたので、気づいたらかなりの量が手元にあり、フライヤーとは別枠で保管をしてた次第です。

 今回、記事を公開するにあたっては、昨年4月に「フライヤー」を紹介した際、次は機材カタログかな~と漠然と考えていましたが・・・ある「事件」をきっかけに、これだけは真剣に紹介しないとイケないと思い、今年の初頭から記事の公開に向けて準備を進めておりました・・・

 その「事件」とは・・・日本が誇るDJ機材メーカー「Vestax」の倒産です。

 昨年の12月、破産手続きを行っている事が分かり、事実上の倒産としてニュースが報じられ、全世界の「DJ」を愛する者に対して衝撃を与えました・・・
 私自身も、あのニュースを目にした時、市場規模の縮小など、倒産に至った背景は理解できましたが、私たちの世界から「Vestax」が消えてしまったことが悲しく、ひどく落胆をしました・・・皆さんの中でも、私と同じ思いを抱いた方は多いかと思います。

 そして、この事件があったことで、私の中で「DJ機材」というモノを真面目に考え直したところ・・・どう考えても、私たちが属する「DJ文化」の中において、DJ機材及びそのDJ機材を作っていたメーカーの存在は大変重要で、様々な影響を及ぼした存在であることは明白だと思いました。

 特にVestaxにおいては、間違えなく世界の「DJ文化」に対して影響を及ぼし、私を含む多くの方がお世話になったかと思います・・・それは、今回の記事を用意するにあたり、色々と思案している内にVestaxの偉大さに改めて気づき、尊敬の念が生まれました。

 また、DJ向けターンテーブルの代名詞である「Technics」も、生産停止をしてから結構な時間が経ちましたが、どう考えても重要な存在ですよね・・・そして、もっと視点を広げるとベスタやテクニクス以外にも重要なメーカーは多いと気づきました


 そこで、私の中での整理を含め、私が持っている「DJ機材のカタログ」を通して、改めて「DJ機材」という存在を再認識したく、今回の記事を草案しました。

 毎度の如く、記事が嫌になるぐらい長いですが、お暇な時に読んで頂ければ幸いです。

 では、行ってみよ~!



『諸注意』
・大半のカタログはクリックすれば大きい画像になりますので、詳細が気になる方はクリックしてください。
・各カタログの掲載の下には、その商品名と発売開始時期を掲載しています。その際、頭の部分には、私が任意で付けた商品カテゴリー(例:アナログ用ターンテーブル)を掲載しています。この商品カテゴリーは、製造メーカーや一般的な認知とズレることがあるかも知れませんが、この記事での理解を即するための記載になります。予めご了承ください。
・カタログに関しては、各メーカーの許諾を得ずに掲載をしています。紹介をしたメーカーより不掲載の指示などがあった場合は、掲載を取り下げる場合もあります。予めご了承ください。





(2)DJ機材とカタログについて

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 まず、DJという言葉は知っていても、この「DJ機材」については詳しく知らない方もいるかもしれないので、この点から説明をしたいと思います。

 漠然と「DJ機材」と書きましたが、これらは「音楽と音楽を繋ぎ合わせる行為=DJ」を実行するための機器・用品のことを指します。

 今となってはセットが古すぎて参考になるかどうかは分かりませんが、私の自宅にあるDJ機材は上記の画像になり・・・DJを詳しく知らない方で、この画像みれば、なんとなくイメージがつくかと思います。
 これらは、なんらかの音楽ソースを再生し、それを途切れないように繋いでいくための機器や用品になり、その機器や用品の総称が「DJ機材」になります。

 例えば、私のDJ機材は、アナログ・レコードを再生する「ターンテーブル」が2台あり、そのターンテーブルで再生された音は、音を混ぜる為の機器である「ミキサー」に繋がり、ミックスされた音が途切れなく流れる仕組みになっています。
 更に細かい事を書くと、ターンテーブルにはレコードからの音情報を読みとる「レコード針」が取りつけられ、ミキサーにおいては外には出さない音を聞く為の「ヘッドフォン」も取り付け、そしてミックスされた音を好みに調整・加工する「エフェクター」を使っています・・・もう、今となっては悲しくなるぐらい地味なDJセットですね(^^;)
 
 実際には、例示した機器・用品以外にも、様々なモノがDJ機材の中に含まれていますが、今回、この記事で取り扱う「DJ機材」は、DJをする為に必要になる機器・用品だとご理解ください。


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 そして、今回紹介する「DJ機材カタログ」ですが、文字通り、そのDJ機材の内容を紹介した「商品カタログ」になり、そのDJ機材を製造・販売をするメーカーが、宣伝用に作成した紙資料のことを指します。

 電気屋さんの売り場で販売をしている商品のカタログが陳列されてるの同じで、DJ機材に関しても、様々な企業が国内・国外を問わずに存在するので、自社の製品を紹介するべく紙資料としてカタログが作られ、DJ機材を扱っているお店などで配布されています。
 
 この商品カタログを作る企業側としては、単純に「宣伝」目的が強いと思いますが、同じ商品を取り扱っている他社との比較があったりするので、DJ機材の商品カタログにおいても、各社ともかなり力を入れて作っていたかと思います。

 各社とも、自社の商品が少しでも売れること、そして自社のブランドイメージが伝わるように、趣向を凝らしつつ、商品の内容が明確に分かるような商品カタログを作っていました。
 それこそ、DJ機材のお店に行くと、色々な商品が所狭しと陳列され、買う人にとってはどの商品が良いのかが分かりづらい訳です・・・そこで、少しでも自社商品を知ってもらう為にカタログを作るのは当然のことで、お店側も情報提供の一環になるので、積極的に配布をしていたと思います。

 また、そのメーカーが製造・販売する商品によっては、DJスタイルや用途によって様々な商品がラインナップしており、複数存在する自社の商品の中での比較にも、このDJ機材商品カタログが活用されていたと思います。
 そのため、新商品においてはその商品だけのチラシを作ることもありましたが、多くのメーカーでは自社が取り扱う複数の商品を掲載した「カタログ」調の冊子を配布していました。

 そして、今度は「購入する側」の視点になれば、これらは「購入する為の判断材料」になるかと思います。

 今ならネットで簡単に商品を調べることが出来る訳ですが、昔はその商品の詳細を知るとなるとこの商品カタログぐらいしか詳細情報を知ることが出来ず、これらの商品カタログを貰って、機材の購入をされた方も多いかと思います。
 それこそ、私は特にそうなんですが、お店で品物を物色していると店員さんからの熱いプッシュが逆にアレなので、カタログを貰って家で検討することがあります・・・これは極端な例かもしれないですが、購入者側としても資料として最大限に活用してた流れはあり、DJ機材のカタログは、インターネット普及前は特に活用をされていたと思います。


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 そんなDJ機材カタログですが、私に関しては、特に購入予定がないのに、日ごろの収集癖によって気づいたら収集対象になっていて、結構な量の機材カタログが手元に残っていました。

 当時は何も考えず、ただ自分の興味本位で貰ってたようですが・・・今思い返すと、これらのカタログを貰いにいく為だけに、DJ機材のお店を徘徊してて、ある時期はレコード屋に行くことと、機材屋に行くことがセットになっていました(^^;)

 ただ、ここで伝えたいのが、なぜ、私がこれらのカタログを収集してたかというと・・・DJ機材に対する「憧れ」があったからだと思います。

 それこそ、大変昭和な例え話で申し訳ないですが、スーパーカーのような「車」に憧れをもつ小学生がいたとします・・・当然、車を買う資格はないし、車を買うお金もまだないでしょう・・・
 そこで、その所有欲を埋める存在として「商品カタログ」があり、いつかは車を買ってやるぞと夢を見ながらカタログをめくり、そして集めていた・・・そんな小学生は1970年代のスーパーカーブームの時の多かったと聞きました。

 う~ん、私がDJ機材のカタログを集中して集めてたのは高校生~大学生ぐらいなのですが、心理構造としては、この例示の小学生と一緒ですね・・・ちょっと、言葉におこすと恥ずかしい話ですね(^^;)
 まあ、実際に高価なミキサーは欲しかったけど手が出なかったし、同じく大変高価で、かつ自分が取り扱うことができるのかどうかが分からずに手が出なかったサンプラーなど・・・結果的に憧れと言う名の「ないものねだり」を埋める存在としてカタログを収集してたようですね・・・

 ただ、私の「憧れ」というのは、裏を返すと、今回の記事の中心である「DJ機材」においては凄く大切な「流れ」があったからこそ憧れていたのかもしれません。

 それは、私が頑張って収集してた90年代中頃から00年代初期は、世間でのDJブームを受け、DJ機材メーカーも様々な魅力的な商品を作り、市場的に「もの凄く熱かった」時期だったからです。

 当然、分かりやすい話として、DJ機材の需要が多く、メーカーとしては沢山の売り上げを上げられる時期なので、どこの会社も一生懸命に企業活動をしていました。
 それこそ、私が所持している機材のカタログも多く刷られ、宣伝活動はかなり頑張ってて、各種イベントの協賛や開催などを広く行い、機材に疎くても、その情報が耳に入ってきた時期だと思います。


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 ただ、その「熱かった時代」において最も重要なのが、各社が宣伝活動以上に「他社よりも良い商品を作ってやる!」という意気込みの元、商品の内容で勝負をしてたこと、そしてその矛先が「新商品の開発」に向かっていたことです!

 そう、この「新商品の開発」は凄い大切なことです・・・それは、DJという行為・文化が発展した背景には「DJ機材の発展」が必ずあったことで、その新商品の登場はその発展の原動力となるからです。

 機材メーカーとしては、DJが考えるクリエイティブな音楽の世界観を叶えるべく、その要望に応える形で商品開発を行っていただけかもしれないですが、90年代中頃~00年代中頃は、常に新しい商品が開発され、その新商品が生まれたことでDJ文化が更に推進した時期だったと思います。

 それこそ、スクラッチがしやすいミキサーの開発が進んだことで、更に高次元の音楽を生み出すことが出来たし、CDJの登場で音楽の幅がさらに広がったり・・・各社、意欲的に新商品の開発を取り組み、DJという行為・文化を陰ながら発展させていた流れがあったのは明白です。
 そして、その新商品が出る度に市場は更に活気づき、製造メーカーも、販売店も、そしてお客さんも、皆がDJ機材を盛り上げ、結果的に「熱い時代」になっていたと思います。

 これまで、レコード屋さんとかの話で、90年代末から00年代初期が熱かったと語ったことは多いですが、こういった経緯があり、DJ機材に関しても、同時期は本当に熱かったですね!!

 私に関しては、嬉しい事にカタログを集めるという大義名分(?)があったので、絶えず機材屋さんに行ってたり、新商品の情報を押さえてたりしてたので、絶えずこの「進化の過程」「熱かった時代」を肌で感じ、DJ機材に関しても自分を興奮させるジャンルのひとつだと分かって追っていました。
 この追いかけた背景には、私としては購入は出来なかったので「憧れ」という点が強く、結果的にカタログを集めるという変な方向に向いてしまいましたが、何よりもその市場自体の「熱さ」に追いついていきたかったから・・・機材のカタログを集めていたのだと思います。

 そう、機材カタログは「熱かった時代の証拠」なんだと思います・・・今となってはただの「紙」かもしれないですが、色々な人の熱意や時代背景が含まれたものが、この「DJ機材カタログ」になるのかもしれません。
 

 そんな訳で、毎度の如く、趣旨説明が長くなってしまいましたが、以下では各社別に機材カタログを紹介し、熱かった時代の魅力や、その機材が歴史的にどのような価値があったかなどを中心に紹介をしたいと思います。
 まあ、全てがそのような視点で紹介が出来ないことも承知していますが、私の心ゆきとして、その「熱かった時代を伝えたい」という点があることをご理解頂ければ嬉しいです。

 では、以下で実際のカタログを紹介しますね!!





(3)Technics テクニクス
   ターンテーブル、DJミキサー、ヘッドフォンなど

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 まずはDJという行為においては、何よりも「音を再生」する機材が必要なので、ターンテーブルの代名詞をSL-1200シリーズを作り続けた「Technics(テクニクス)」から紹介しましょう!

 テクニクスは、日本が誇る電化製品メーカー「松下電器(現パナソニック)」の音響機器向けのブランドの名称で、このテクニクスが存在していなかったら、今のDJ業界がどうなってるかが分からないほど、重要なメーカーだと思います。
 それは、テクニクスが作ったアナログレコード用ターンテーブル「SL-1200」があったから、DJ達は自由に、そしてクリエイティブにレコードをプレイすることが出来たからです・・・う~ん、異論はないですよね!!

 当時の市場としては、アナログターンテーブルに関しては、使いやすさの観点からかテクニクスが圧倒的にシェアを占め、他社との激しい凌ぎ合いはなかったですが、少しでもDJに興味を持ってもらうようにSL-1200シリーズを中心に様々なカタログが作成されていたと思います。
 また、アナログタンテ以外にも、DJに関する商品は意欲的に開発し、ミキサーやCDターンテーブルなども製造販売していたので、そちらは市場でシェアを取るために、結構頑張って宣伝をしていたと思います。


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1997年8月総合カタログ

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2002年11月総合カタログ

 まず、テクニクスのカタログについては、企業色なんでしょうか・・・割と「保守的」な内容が多いかな~と思います?

 なんでしょう、やはり「松下電器」が母体だからかもしれないですが、書いてある内容だったり、カタログのデザインが他のメーカーと比べて「固い」んですよね・・・
 上は1997年、下は2002年のカタログの表紙で、左のようにクラブを意識したデザインだったり、右のようにシンプルなデザインだったりするのですが、何となく「大手企業」感があるんですよね(^^;)

 なんでしょう、上のクラブを意識した感じのだと、ちょっとズレてるんですよね・・・まるで「ビートマニア」のデザインのように、実際のクラブとは感覚が違うというのでしょうか・・・なんか、我々がもつ「SL-1200」という大黒柱なクラシック感を上手く表現していない感じです?
 下の方は、クラシック感があるデザインですが、何となく松下の高級家電にありそうな白基調なデザインが大手感を感じます・・・なお、こちらのカタログは、6つ折りになっており、開くと原寸大のタンテがガツっと印刷されたポスターになる、ナイスなカタログになっています!

 まあ、今となっては、これは凄い好きなフレイバーで、こういった微妙なカタログ(失礼!)な半面、SL1200にしろ、私が愛してやまない「ショックウェーブ」にしろ、企業が持つ絶対的な技術力が、クラブというストリートの一端で支持されていたことがカタログにも表れているかと思います!


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『アナログ用ターンテーブル SL-1200 MK3D』 1997年

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『アナログ用ターンテーブル SL-1200 MK5』 2002年

 そんな訳で、各々の商品のページも紹介しましょう・・・まずは代名詞のアナログ用ターンテーブル「SL-1200」ですね!!

 さきほど、散々「微妙な表紙だな~」と書いたカタログから紹介をしますが、下のMK5のようにガツっとSL-1200が表れるカタログもあり、大変カッコいいですね!!

 紹介するのは、勃発的なクラブ人気を受け、それまでDJ等に愛用されていたMK3をマイナーチェンジ(ピッチフェーダーのセンタークリックを廃止した)した「MK3D」の発売直後ぐらいのカタログと、その3Dを更にブラシュアップし、音質面の向上が未だに評価されている「MK5」の発売直後ぐらいのカタログになります。

 DJをやってない方だとピンとこないかもしれないですが、我々にとって「SL-1200」は信頼の証みたいなものです・・・

 それは、シンプルかつ無駄のない設計が、DJという肉体的・感覚的なプレイをイメージ通りに実現することや、絶対的な耐久力があり、SL-1200を使い始めたら、他のタンテは使えない程、私たちの血と肉になっている機種だと思います。
 私自身は1995年12月(中3の冬)に、お小遣いや家の手伝いで貯めたお金で「MK3」を購入してのですが、これでDJを覚え、日々音楽を楽しむ相棒として何にも変えられない存在です・・・もう20年近く使っていますが、一向に壊れる気配がなく、ホント素晴らしい相棒です!!

 そんな「信頼」を感じるデザインがカタログにも表れていて素敵ですね・・・SL-1200レベルの商品になると、シンプルな機材なので、余計な説明が要らないのでしょうか、割とイメージで押すカタログになっていますね。

 上の1997年の頃は、ちょうどこの次に紹介するDJミキサー「SH-DJ1200」や利用者が多かったヘッドフォンの一つである「RP-DJ1200」も掲載され、総合的にDJセットで売り込もうという意図(なので表紙が抽象的なクラブイメージだったんですね~)でのカタログで、テクニクスブランドのDJに対する信頼感を表しか感じでしょうか。
 そして、下のMK5はイイですね・・・まさにシンプルイズベストな感じで、松下電器がもつ品質の高さをシンプルに表したデザインで、コレにはグッときます!

 他のカタログも、大筋でこの2パターンに分かれており、SL-1200を愛している立場としては、このカタログの「分かってらっしゃる」感は頼もしいし、新しく買おうという人も信頼しやすいデザインになっているますね!!


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『DJミキサー SH-DJ1200』 1996年

 そして、テクニクスというと、タンテばかりに目が行ってしまいますが、ミキサーにも定評があり、満を持してリリースした「SH-DJ1200」は、利用していた方が大変多いんじゃないでしょうか!

 これは1996年6月ごろ、このミキサーが発売開始になった時の単品カタログで、デザインは何となく松下感がありますが、テクニクスシリーズの信頼感を感じさせる内容ですね!

 このミキサーに関しては、発売した時の衝撃は大きく、これまでにない凄い柔らかいタッチのフェーダーと、各操作パーツの絶妙な配置がポイントで、発売時にはDJバトルの最高峰であるDMCの公認ミキサー(バトルで使われるミキサー)として出たことから、爆発的なヒットをした商品になります。
 さすがSLシリーズの血を受け継いでいるだけあって、圧倒的な操作感の良さはピカイチで、技術の松下が生み出した、シンプルイズベストな商品かもしれないですね!


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『CD用ターンテーブルSL-DZ1200』 2004年

 そして、これも印象深い機種ですね・・・イイ意味もモチロンありますが、悪い意味でも印象的な機種です。

 DJ業界的には、一般の音楽ソフト市場とは異なり「アナログレコード」で音源が流通し続けていたので、アナログレコード用のターンテーブルが売れ続けていましたが、ある商品の発売を境に、状況が一変しました。

 それは、パイオニアが2001年に発売した「CD用ターンテーブル CDJ-1000」で、それまでのCD用ターンテーブルでは出来なかった操作感(アナログレコードで操作しているのと同じ内容?)を実現し、DJ業界に対して、それまで絶対的な立場だった「アナログ」から「CDやデータ」がプレイの対象になることを伝え、爆発的なヒットを飛ばしました。
 詳細はパイオニアの紹介で詳しく書きたいと思いますが、CDJ-1000のヒットを境に、各社ともCDを含むアナログ用ターンテーブル以外の再生装置を作ることがキーワードになり、各社、覇権争いも含め、様々な商品がリリースされました。

 そして、DJにおける「再生部門」のドンであるテクニクスが黙っている訳はなく、満を持してCD用ターンテーブルとしてリリースしたのが、この「SL-DZ1200」になります。

 時期的には、ちょうどパイオニアのCDJがCD用ターンテーブルの中では群を抜いて独走をしはじめた頃で、テクニクスとしては挑戦する側としてリリースをしたような記憶があります。
 内容的にも素晴らしく、SL-1200の流れをくんだデザイン、DDモーターを搭載したパワフルなターンテーブル、サンプリングパッドの搭載など、かなり素晴らしい出来で、当時、結構ヒットした機種になります。

 ただ、記憶になるので正しいかどうかは自信がないですが、業界トップのパイオニアは、DJ/クラブ業界の中心となりつつあったヨーロッパを中心に営業展開を進め、音楽のデータ化を上手く乗りこなしながら、クラブという現場から発せられるニーズの受け皿として自社製品の普及を上手く展開していました・・・
 そして、テクニクスについては、そういったシーンの流れに乗った営業展開が出来ていなかった部分があり、このCD用ターンテーブルにおいては、結果的にパイオニアには勝てなかった・・・そんな経緯があったと思います。

 また、このCD用ターンテーブルが普及し始めた00年代中期になると、市場的にもDJブームが落ち着き始め、昔のように飛ぶように機材が売れなくなってしまったこと、そして、このCD用ターンテーブルの普及は、DJのデータ化を意味し、着実にアナログ用ターンテーブルが売れなくなってきたことから・・・テクニクスとしては岐路に立った瞬間だったのかもしれません。

 売上的な話は一切分かりませんが、徐々に売り上げが落ちてきていたのは明白で、00年代中期からは苦しい営業展開だったと思われます。
 結果的に2010年10月にSLシリーズが完全終了となりましたが、私としては、このCD用ターンテーブルの存在が、その後のテクニクスの方向性を決めたのかな~と思っています。


 そんな訳で、テクニクスに関しては、まだまだ書きたいこと、紹介したいカタログがあるので、アウトテイク掲載ページを用意しました・・・こちらも覗いてくださいね~

素晴らしき「DJ機材カタログ」の世界 別館① Technics(テクニクス)





(4)Vestax ベスタクス
   DJミキサー、ターンテーブル、エフェクター、DJ関連用品など

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 テクニクスを紹介したら・・・私としては「Vestax」しかありません!!

 一応、冷静にDJ機材と考えたら、テクニクスのSL-1200がタマゴで、そこから様々なDJ機材に波及していったと考えたので、便宜上、テクニクスを最初にしましたが・・・今回の記事を作る上での気持ち的には「ベスタ」が最上位でした!

 それは、昔からそうだったみたいで、ベスタのカタログだけは集中して貰ってて、今回の整理においてはかなりの量のカタログが残っていることが分かりました。
 また、私自身、DJミキサーは「ベスタ」しか使ったことがなく、ホント思い入れのあるメーカーになります・・・そのため、かなり気合を入れての紹介になります!!


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1996年頃?総合カタログ

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2000年5月総合カタログ

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2008年総合カタログ

 まずは便宜上、カタログの表紙からスタートしますが、先にVestaxに関する詳細からご案内します。

 Vestaxは、日本を拠点に活動をしていてたDJ機材の専門メーカーで、元々はギターなどを製造販売していましたが、80年代中頃より全世界的なDJ/クラブの拡大を受けてDJ向けの機材を製造販売し始めた会社になり、活動期間が長かったことから、お世話になった方は大変多いかと思います。
 DJ/クラブ文化が盛大だった90年代中頃から00年代中頃については、DJ機材の総合メーカーとして魅力的な商品を多く作り、DJ機材のトップメーカーとして世界的にも有名でした・・・それも、日本の中小企業とも言える会社が世界と戦っている姿は頼もしく、テクニクスと並び「日本の誇り」だった会社です。
 前述したとおり、残念ながら、2014年12月に、経営不振による破産を行い、既に存在しない会社になってしまいましたが、未だに復活を望む声が多く、私もその思いは強く・・・それがあったので、今回の紹介記事があるぐらいです!!

 そして、Vestaxについては、世界に数社あったDJ機材の総合メーカーであるのですが、以下の点が秀でてた会社だと思います。

 それは「品質の良さ・技術力の高さ」「業界をリードする魅力的な新商品の開発」、そして「何よりもDJという文化を愛している姿勢」です。

 カタログの表紙の話に戻すと、中小企業が故に地味感(すみません・・・)があるカタログが割と多く、それこそ90年代中頃は2色刷りのカタログ、その後は流石にカラーのカタログになりましたが、微妙にあか抜けない感じがベスタの魅力で・・・まるで、頑固オヤジが経営する品質は確かな会社ですかね??
 それは、商品にも色濃く反映されえている部分があり、見た目は地味だったり、なんかあか抜けない感じがあるんだけど、使ってみると凄い使いやすく、かつ耐久性に優れている・・・そういった部分が評価されていたと思います。

 ただ、ベスタの名誉の為に補足をしておくと、00年代中盤ぐらいからは、商品のデザインにおいても洗練された部分はあり、それに伴い、カタログも段々とオシャレになっていった経緯はあります。
 例として2008年ごろのカタログを掲載しますが、このときメインカラーだった黒を中心とした機材を、綺麗に並べており、なんとなくオシャレになっています・・・ただ、この頃からカタログは少なくなり、このカタログもA4両面のチラシになっており・・・会社としての景気も関係した内容になっていたかもしれません??

 では、以下では、ベスタが製造販売をした商品を中心に、ベスタの魅力をご案内したいと思います!!


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『DJミキサー PMC-05Pro』 1995年~

 まず、私と同世代で、HipHopが好きだった人にとっては、このミキサーの登場は大きかったですよね!!

 このミキサーは、それまで同社のコンパクトミキサー「PMC-05シリーズ」がスクラッチを多用するHipHop系DJから好評だったことを受け、海外のスクラッチ系DJの意見を取り入れ、05シリーズの上位機種として登場をしたミキサーになります。
 写真は、後期モデルで、初期のは個人的にはベスタカラーと呼称している「ねずみ色」のパネルで、後期になると写真のようなシャンパンゴールドのパネルで販売をされていました。

 内容的には、スクラッチやジャグリングをした時に、各種パーツが邪魔にならないような配置、そして絶妙なフェーダーの切れ具合、そしてシンプルながら重厚感のあるデザイン等、当時、ほんとヒットしたミキサーで、ある時期から「HipHop系ミキサー」の代名詞として珍重されていたと思います。

 それは、DJやクラブでの使用率もさることながら、この05Proが生み出した各パーツの配置やデザインは、他のメーカーの機種にも影響を及ぼし、ある種の「スタンダード」を作った存在なので、代名詞の一つになったのでしょう・・・
 ベスタが偉大なのは、こういったDJの意見をふんだんに取り入れ、とにかく使いやすい機材を作ることと、それが結果的に業界を引っ張ることになっていたことで・・・PMC-05Proについては、その点が一番色濃く出たミキサーだったと思います。

 また、今回の機材カタログの裏テーマ(?)である「私の憧れ」においては、この05Proは印象的です・・・

 当時、初めて買ったミキサーが、ベスタの「PMC-05 MK3」で、このProの前身的な商品になります・・・それはそれで大変使いやすく、かなり大好きなミキサーだったのですが、その意匠を組んだ05proが出た時の衝撃と言ったら・・・
 デザインも、そして品質もさることながら、当時としてはかなり高額な値段(10万円位)だったので、高校生には手が出ません・・・私もいつかは買ってやろうと思い、大人になってから後続機種の「PMC-05Pro3」を購入しましたが、今でも使っており、大切な相棒になっています!!

 なお、先に蛇足的な話ですが、技術のベスタだけあって、カタログの説明が多い&長い傾向にあります・・・特に、力を入れ込んでいる新商品だとその傾向にあるようで、ブログ的に写真を掲載すると意外と見ずらいです(^^;)
 ただ、それもベスタの魅力なので、テクニクスよりもアレな画像が多いのはご了承ください・・・


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『アナログ用ターンテーブル PDX-2000』 2000年

 そして、ベスタと言えば「ターンテーブル」も忘れてはいけませんね!

 正直な話でいくと、アナログ用ターンテーブルはテクニクスの独占状態と言ってもイイくらいでしたが、その風穴を開けようと孤軍奮闘していたのがベスタではないでしょうか?
 ただ、テクニクス以上に「DJ」から意見を聞いて作ってる姿勢は強く、DJにとっては美味しい機能が多いのはベスタの特徴・・・結構ファンも多かったですよね!

 そんなベスタ製のタンテにおいて、代名詞かな~と思うのが、この「PDX-2000」ではないでしょうか!

 まず、ベスタにおけるタンテ開発は「ターンテーブリスト」の存在なくしては成立せず、90年代中頃より盛り上がり始めたターンテーブリストの要望に応えるべく、商品開発を多く行っていました。
 それこそ、前途したPMC-05Pro自体もターンテーブリストからの要望を受けて作った訳で・・・ターンテーブリスト達が望む最高のターンテーブル、つまり「針が飛ばない」タンテを実現すべく、様々な開発を行っていました。

 その開発の頂点の一つとして開発されたのが、この「PDX-2000」で、ハードなスクラッチをするDJには定評があり、ベスタクスを代表するタンテの一つになりました。

 ベスタのタンテの特徴としては、とにかく針が飛ばないことを研究し尽くした上で辿りついた「ストレートなアーム」が特徴的で、その他でも針飛びの工夫がなされています・・・これは、当時、私もデモ機で試したことがありますが、かなり針が飛ばない仕組みになっていたと思います。
 また、これも特徴の一つで、テクニクスよりもパワフルで安定的と言われているモータードライブの搭載で、ピッチをいじっても再生にムラがなく、安定があるのも定評があり、このPDX-1000では、ピッチの可変幅が±50%を実現する等、トリッキーなプレイにも対応していた点も評価されていました。

 ただ、実売となると・・・テクニクスと肩を並べるほどまでとは行かなかったと思います。

 売り上げの資料が一切ないので、憶測での話にはなりますが、結果的にコレを使用しているDJ/クラブは少なく、かつ、機材屋さんでも、凄い目立った位置には置いてなかったのが理由で、トップランナーのテクニクスまでは追いつかなかった・・・というところでしょうか?

 う~ん、理由になると・・・やっぱりデザインなんでしょうね・・・

 前途した通り、何となくある「あか抜けなさ」と「技術先行の理念」があってなのか、デザインが00年代初期ぐらいまでは微妙なのがあり、タンテに関してはその傾向が強かったですかね・・・
 このPDX-2000に関しては、多少は良くなり、ターンテーブリストが好みそうなフューチャーなデザインで、悪くはなかったですが、何年も使っていくと塗装の劣化がモロに受けるないようで・・・今現在、ハードオフとかで遭遇すると、結構「安っぽさ」が出ちゃいますね・・・
 まあ、その後、マイナーチェンジでMK2になった時、上位機種のPDX-2300だけは、その時のベスタのメインカラーであった「黒」を基調にした内容になり、メチャクチャカッコよくなりましたが・・・この頃のタンテがデザインも良かったらもっと売れてたかな~と思いました。


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『アナログ用ターンテーブル+DJミキサー QFO』 2004年9月

 そして、ぶっ飛んだ新商品を出すのもベスタクスの魅力で・・・その代名詞がコレじゃないでしょうか!

 あの、スクラッチの神様である「DJ Q-Bert」と共に作り上げたブツで、なんとターンテーブルとミキサー機能が一体化した機種で、これさえあればどこでもスクラッチプレイが出来るという・・・ぶっ飛んだ一品です!!

 ベスタクスの特徴として、実際に現行のクラブやDJシーンで活用されている機材において、現場の「ここを良くして欲しい」という意見を取り入れて、半歩から一歩先の新商品を開発するのが上手かったですが・・・このQFOのように、実際にクラブやDJシーンで使うかどうかは別に、何十歩も先に行く先駆的な商品を作ることでも有名でした。
 
 このQFOは、前段として、タンテ自体が斜めでも再生できる機種(PVT-e2)を開発し、その流れからQFOの前身となるギターが他のタンテ+ミキサー型の試験機を作るなど、結構な歳月をかけて作られた機種になります。
 実際には「こんな感じで使用する」のですが、まさか、コレを実際に販売するとは思いませんでした・・・メーカーとしては持ち運び自由、ギターのようにステージでのプレイも可能です!と当時は胸を張っていたと記憶していますが、重さが約9.5kgの大物で、当時としても売れる見込みがない(失礼!)のを出した根性に、当時はビガップしたものです!

 もう、このレベルの商品になると、売ることを前提にはしていますが、Vestaxの技術者の方が、自分たちの技術力を試す(誇示?)為に作っていたような商品が多く・・・たまに素人では追いつけないのも多かったですね(^^;)
 それこそ、一点モノのアナログレコードを作り出すカッティングマシーン「VRX-2000」や、同社が培ったミキサーの「フェーダー」を生かした商品として、キーボードの鍵盤をフェーダーにしちゃったようなリズムマシーン「Faderboard」など、今でも、当時でも「そんなの作るの!」という実験的な機器があり、その辺は追いつけませんでした・・・

 ただ、こういった話題の商品を出すことで、自社の「技術性」や「発想力」、そして「DJに対する愛情」をアピールしている点は大変上手かったと思います。

 残念ながら、このQFOは凄いヒットしたとは言えませんでしたが、今は全世界的にトップウォントなレア品として珍重されています・・・メーカーとして、発売した時は評価されず、発売終了後に評価されるのは辛いっすね・・・売上にならない訳ですから・・・
 でも、こういった野心的な姿勢もあるのがベスタの醍醐味で、そういった良さをしっていると、オッサンになってもベスタから抜け切ることが出来ません(^^;)


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『CD用ターンテーブル CDX-05』 2004年8月

 そして、今回の記事において、各社の命運を分けた機材である「CD用ターンテーブル」においては・・・ベスタも結果的にはコケてしまった感があります。

 テクニクスの所でも指摘した通り、パイオニアのCDJ-1000のリリースがあり、DJ機材業界もアナログ用ターンテーブルを作らざるを得ない状況で、業界最大手のベスタが出した回答はこの機種だったと思います。

 この機種は、本体ではCDJのようにスクラッチなどは出来ない仕組みですが、アナログ用ターンテーブルにTascam社製の「TT-M1」という機器を取り付けることで、アナログタンテ側でスクラッチプレイが出来る・・・という内容で、上図のようなセッティングを行う必要があります。
 具体的には「こんな感じ」でプレイをするのですが・・・正直、この方法はヒットしませんでしたね・・・

 これは恐らくの話になりますが、ベスタとしては、CDJと比較した際、それまで自社のアナログ用ターンテーブルで普通に出来た超絶的なスクラッチをCDで再現することが出来るのかをポイントの一つとしたようで、そこを考慮して、TascamのTT-M1を選択したのだと思います・・・
 また、この機種に関してはCDをプレイしてもアナログと同じような質感が出せる独自開発のCDフィルターを搭載するなど、CDとアナログが共存する前提、いやあくまでも「アナログ」の再生環境が中心であることを前提に考えていたのだと思います・・・その論拠として、タンテに取り付けたTT-M1は、CDでプレイしない時は本体を上に折るとアナログプレイが普通に出来る内容だったので、その点も評価しての導入だったのだと思います。

 ただ、ご存知の通り、そのアナログのように操作することは、結果的に「Scratch Live」の登場で主役を奪われてしまった感があり、この機種(システム)は、あまりヒットすることなく、姿を消していきました・・・

 このスクラッチをしっかりと行うこと、そして当時のCDJでクラブでプレイした際の音の悪さ(実際は音源の問題の方が大きかったかも?)を改善することを目標にした上で、製品開発を行ったのはベスタらしいですね・・・
 ただ、ベスタ自体、CDでDJをする機器については、実はかなり早い時期から製造をしていて、それこそパイオニアよりも早く作ってはいましたが、どうしても主軸だったアナログ用ターンテーブルやミキサーの方に力を注いでいたので、凄く真剣に取り組んではいなく、突然の環境の変化いについていけなかった・・・そんな印象を抱きました。


 今回の紹介で、DJ機材の進化を網羅したいと書きましたが・・・これは、裏を返すと「その進化についていけないメーカーは脱落する」ことを示します。

 ベスタクスに関しては、その後のDJ環境のデジタル化において、大変意欲的な商品を出し、Seratoなどと連動するPCDJコントローラーやミキサーを開発するなど、流石の技術力を駆使した機器を多く製造してきましたが、市場の実質的な縮小において、主軸となるデジタル市場で上手く立ちまわることが出来ず・・・結果的に倒産という結果になったように思えます。
 この点においては、逆に私としては嬉しい事なのですが、DJの基本である2ターンテーブル×1ミキサーの理念を守りすぎて、実物のDJ機材が無くともDJプレイが出来るデジタルの世界に上手く入り込めなかった・・・そんな印象があり、進化の波に乗れなかったと思います。

 ただ、ただ・・・ベスタクスの商品は、人間が直感的に描くイメージをダイレクトに操作できる機器が多く・・・それこそUrei1620が未だに珍重されているように、今後も残り続ける商品だと思っています!
 ベスタが私たちの前から消えてしまったことは大変悲しい事ですが、今後もベスタ商品を使っていくことが、ベスタに対する尊敬になるのかな・・・デジタル化の今、アナログ馬鹿な私は、今後もベスタを使っていきたいと思います!!

 なお、ベスタに関しては、まだまだ書きたいことが多いので、こちらも別館を用意しました・・・もっと熱く、ディープな話が満載ですよ(^0^)

素晴らしき「DJ機材カタログ」の世界 別館② Vestax(ベスタクス)


 

(5)Pioneer パイオニア
 CD用ターンテーブル、DJミキサー、ヘッドフォン

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 テクニクス、ベスタクスと来たら・・・次は「パイオニア」になるでしょうか?

 正直、アナログDJ世代としてはCDJが一般的ではなかったこともあり、実はパイオニアにはそこまでお世話になってなかったのですが、今現在では、DJ機材業界のトップセッターとして、業界を引っ張っていますね!
 今回、改めてパイオニアのことを考えると、目的意識をもって着実に進化し、ベスタクスなどと同様に「現場の声」を反映した商品作りが上手いメーカーだな~と思いました。

 そんな訳で、テクニクス、ベスタクスよりは控え目(?)になりますが、以下で紹介です!


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『総合カタログ』 1995年7月

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『総合カタログ』 1998年11月

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『総合カタログ』 2003年3月

 まず、パイオニアという会社、そしてCDJの背景を紹介しましょう。

 パイオニアという会社は、かなり規模の大きい会社なので、色々な事業をしており、今となってはカーナビのメーカーというイメージが強いかもしれませんが、活動の初期はオーディオメーカーとして発展し、日本のオーディオ業界の草分け的な存在とも言われております。

 その中で、パイオニアはレーザーディスクの開発・製造を行ってたことから、業務用カラオケ機械の製造を行っており、そのカラオケ部門の方々がCDJを作り始めた・・・と言われています。
 動き始めたのは19992年で、当時のカラオケ部門の担当の方としては、カラオケが属する「エンターテイメント・ビジネス」の拡大を考えると、海外ではクラブの文化があるので、同社の技術で何か作ることが出来ないか?という考えの元、辿りついたのがDJ向けのCD用ターンテーブルだったそうです。

 90年代については、DJをするとなるとアナログ・レコードが一般的で、CDを活用することを考えていた人は少数派だったことに加え、CDJ1000以前の機種はアナログのようにイメージ通りのDJプレイが出来なかったことから、なかなか利用者が増えない流れがありました。
 ただ、90年代末位からは、時代的にもDJ達が自分たちの曲を作り始め、それをどうやってDJプレイするか?や、世界を飛び回る有名DJがアナログレコードを持って移動するのが大変なのでCDにしたい・・・などの需要と上手くリンクしつつ、自社の技術を高めていき、徐々にCD用ターンテーブルを普及させた流れがあります。

 そんなパイオニアですが、カタログとなると、他社にはない「パイオニア」らしいカタログが多かったと思います。

 掲載したのは、上の二つはCDJ-1000以前のDJ機材メーカーとしては決してメインではなかった頃のカタログ、下の2003年はCDJ-1000以降のカタログになります・・・

 上の1995年のは、ホント黎明期も黎明期で、CDJ自体を知らない人も多かったのか、割と「ストリート」的な訴え方をしてイメージ戦略をしつつ、CDJの使い方を詳しく紹介している感じで・・・どちらかと言うと、商品を周知させたい意向が強いカタログだったと思います。

 ただ、真ん中の1998年ぐらいになると、DJ業界ではちょっとヒットした小型CD用ターンテーブル「CDJ-700S」や、今やDJ用エフェクターの代名詞である「EFX-500」など、ヒット商品が出始め、業界でも名前が売れ始めた頃なので、カタログも豪華になっていきます・・・
 そして、2003年の下は、大ヒット商品であるCDJ-1000を経て、そのエコノミーモデルとも言えるCDJ-800が出た辺りで、だいぶ業界での認知度とシェアが増え、だいぶビジュアルを意識した感じがあります・・・コレ以降、どの商品もラグジュアリーな高級感を兼ね備えた商品をリリースし、それに伴い、カタログも高級感が増していきます・・・

 パイオニアって、やっぱり「オーディオ&ビジュアル」メーカーなので、音や映像が「綺麗」というのを伝えたいのか、カタログは高級感があるデザイン&仕様が多く、98年の時点でもその芽を感じます・・・

 DJの機材カタログ、私としては、そのメーカーの「顔」でありつつ、そのメーカーの「姿勢」が感じられる資料だと思っています。

 パイオニアについては、今にも続くブランドの「高級感」や「品質の良さ」のイメージを押し進める姿勢は強く、それは今の広報展開においても顕著だと思います。

 それは、正直、テクニクスやベスタクスにはなかった姿勢ではあり、CDJ以降のDJシーンを引っ張っていけた要因の一つかな~と思いました。

 なぜなら、DJという存在が、次第にDJブースではなく、ステージに立ってスポットライトを浴びながらプレイする存在になったことが大きく、そういった存在に見合う機材イメージも必要になり・・・パイオニアの広告展開を見ると、その辺の流れに上手く乗った部分があったかと思います。
 特に、ビッグビジネスになっていたヨーロッパ市場を意識した商品作りと広告展開は特筆すべきで、それまでのアナログを中心に動いていたメーカーが行わなかったことを実行した点も大きいかと思います。

 では、パイオニアの印象的な商品を、当時のカタログを使って紹介しますね~


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『CD用ターンテーブル CDJ-50Ⅱ』 1995年9月

 まずは、初期の商品で、一番最初に発売されたCDJ-50の発展機である「CDJ-50Ⅱ」です。

 今のCDJに見慣れると「なんだこれは?」になるかもしれないですが、昔はこんな箱っぽい形で、結構大きいサイズでした。

 この頃のは、まだ中央のジョグダイヤルを触っても、その場所で止まるとか、スクラッチが出来る機能は付いてなく、再生しているCDの音を早めたり、遅くしたりすることしか出来ず・・・正直使いづらかったです(^^;)

 なんでしょう、アナログでプレイしているように、手を離しただけで再生し始めるみたいなことも出来ず、CDが進行方向に再生し続けている状態でスピードだけ調整が出来る感じで、カットインやビートミックスなどのDJミックスをすること自体が慣れないとプレイができなかったと思います。
 当時、機材屋さんのデモ機なんかで試してみても、アナログで簡単に出来るミックスが全然出来ず・・・初期のCDJにとっては、この点がネックで、あまり普及しなかったように思えます。

 ただ、このⅡの時点、ピッチを変えても音程が変わらない「マスターテンポ」の機能があったり、ループ機能が内蔵されてたり、デジタル機材にしか出来ない機能は含んでおり、そういった点は割と評価されていたかと思います。

 また、現場からの声をしっかりと聞き取り、本体サイズを縮小化した「CDJ-700S」を開発したり、後で紹介するEFX-500で培ったエフェクト機能を搭載し、家庭用としても手が出しやすい価格にした「CDJ-100S」を開発したり・・・徐々に内容を良くしていった流れはあり、次の機材の登場で「CDJ」という存在がやっと華開きました・・・


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『CD用ターンテーブル CDJ-1000』 2001年7月

 はい、もはやDJの歴史においては大発明品の一つである「CDJ-1000」です!

 このカタログは、1000が出た時の単品カタログで、コレにはみんなが度肝を抜かれましたね・・・それまで、CDを「アナログ」のようにDJプレイ出来るなんて思わなかった中で、アナログと全く同じような操作が出来た点にはビックリしました!
 特に、スクラッチが出来た点は印象的で、それまでのCDJを知ってた人ほど驚いたと思います・・・ホント、コレが出た当時、みんな機材屋さんのデモ機でスクラッチを試してみて、普通にウニョウニョ出来ることに声を出して「ヤバい!」と言っていましたね!
 
 話がそれますが、DJという行為は、曲と曲を繋いでいく作業ではありますが、DJがイメージするミックスが出来るかが重要で・・・その観点から、一般的にはCDが売れている状況においても、DJ達は「アナログ」を使い続けた背景があったと思います。
 つまり、DJにとって「アナログ」が「操作しやすかった=使いやすかった」ことになり、それに付随してアナログ用ターンテーブルが売れ続け、アナログレコードも売れ続けていた・・・そんな構造の元、DJ業界が進んでいました。

 この限りにおいて、このCDJ-1000の登場は、DJ業界に大きなパラダイムシフトを与えたと思います。

 それは、これまで「使いやすかった」アナログでのDJに、CDJが追いついたことであり・・・肩を並べてみると、どう考えてもCDの方が利点が多く、徐々にアナログからCDに移行をしていったかと思います。

 まあ、正確に書くと、CDに移行したと言うよりも「アナログから離れて行った」でしょうね・・・

 確かにアナログは操作がしやすいですが、持ち運びは不便だし、購入することも大変だし、自分の作った曲を簡単にプレイできないし・・・離れる要因が実は多かったんですね。
 特に、真っ先にCDJに飛びついたのは、世界各地を転戦するHouse/Techno/TranceといったダンスミュージックのトップDJ達で、大きな荷物になってしまうアナログからの解放はメリットが大きく、かつ、自身が作った曲等もCD-Rに焼けば即座にプレイできることから、CDJ-1000の登場をもって、CDに移行したDJも多かったと思います。

 ただ、パラダイムシフトと書くと、急に変わったイメージがありますが、CDJ自体、徐々に普及していった感はあります・・・

 特に、アナログと比べるとCDでプレイした時の「音の悪さ」の問題は大きく、この点の改善は重要な問題だったと思います。
 まあ、結果的には、クラブ等のプレイではアナログに基準を合わせたPAセッティングになっていたことや、CDに録音した音源がDJプレイに耐えうる音質ではなかったことなどの問題点の改善の方が大きかったですが、メーカーとしてCDJ自体の改良することで音の問題も解決し、徐々にシェアを築いていったと思います。

 そして、このCDJ-1000以降の商品においては、かなり現場のDJの意見や時代の流れを汲んだ商品開発を行っていた印象は強く、一貫して「プレイしやすい構造」になっている点は大変評価ができると思います。

 それこそ、CDJ-1000の登場以降、同業他社がCDJを追い越せとばかりに色々なCD用ターンテーブルを作りましたが、圧倒的に使いやすい機材になっていたことは重要で、前途したブランドイメージも加わり、DJ機材メーカーの他社にはない強みを出すことが出来たのかな~と思います。
 それは、もうCDを飛び越えてデータの時代になってしまった今現在でも、USBにデータを詰め込み、そのUSBをCDJに刺してプレイしている姿を見ると・・・やはり「操作性の良さ」があってDJ達が選択をしているのだと思います!
 

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『DJミキサー DJM-800』 2008年ごろ?

 そして、今となっては「DJミキサー」もパイオニアの独壇場で・・・その位置を明確にしたのがコレで、今のパイオニア・ミキサーの人気を作りだした機種だと思います!

 まず、パイオニアについては、CDJの開発と共にDJミキサーも開発してて、徐々に人気を高めていった印象があります。

 90年代中頃~00年代初期までは、決してメジャーではなかったですが、使いやすい配置のEQや、BPMカウンターの搭載、そしてエフェクト機能が内蔵されているなど、DJM-500やDJM-600などはテクノ系なんかでは若干人気があったかと思います。

 その後、迷いながらという表現が正しいかは分かりませんが、何種類かミキサーを出していく中で、徐々にパイオニアにしか作れないミキサーを作り始めます・・・その到達点がデジタル時代の「音の良さ」で、それを明確に表したのがこの機種になります。
 
 流れとしては、2005年ごろにヨーロッパ市場で強かったALLEN&HEATHやRodecなどのテクノ系ミキサーに対抗する形で作られたとも言える「DJM-1000」で、世界初の機能としてミキサーに入ってくる音をデジタル変換(24bit/96kHz)をして出音の高音質化を実現したことがヒットし、以後の製品に組み込まれるようになりました。
 時期として、トランスやテクノなど、プレイされる音楽自体の内容も高音質になり、かつ、プレイする環境もフェスクラスの大舞台でプレイすることも増えてきており・・・・高音質が売りの音楽を「いかにして綺麗に鳴らすか」という課題を解決したとあって、徐々に人気を高めていったと思います。
 この辺は、CDJと同じで、市場の要望をしっかりと読みとって、自社の技術力の高さを生かした商品作りが上手いな~と思います!

 そして、2008年ごろに投入されたこの「DJM-800」では、もはや「パイオニア・サイズ」とも言える絶妙な大きさの4chミキサーとしてリリースされ、幅広いジャンルのDJから支持された点が大きかったと思います。

 例えば、CDJの普及とも関連するのですが、DJセットとしてアナログタンテ2本、CDJ2本のようなアナログとCDを併用するセットだと、4chがちょうど塩梅が良く、色々なジャンルのDJに評価をされたかと思います。
 また、HipHop系のDJからも音の良さから支持された点は大きく、それまで4chというとHipHop系のミキサーよりも大きくて敬遠されていた感がありましたが、コレを突破口に4chも認められた感じはありました・・・
 
 私としては、この機種がヒットしたことを受け、今のパイオニア・ミキサー人気があるのかな~と思います・・・ただ、オールドスクールな人間とすると、ツマミが多すぎてアレですね(^^;)


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『DJ用エフェクター EFX-500』 1998年12月

 そして、これも「徐々に」人気を博し、気づいたら絶対的な地位を誇るエフェクターですね!

 パイオニアに関しては、DJ機材の開発において必ず重要視している項目が「音源のエフェクト」で、どの機材にも多かれ少なかれエフェクトの機能が付いています。
 これは、ベスタクスやテクニクスがそんなには深入りしなかった機能で、他社との違いを出す為に進めていった方向性のように思います・・・

 その中で単体機として出されたEFX-500は、徐々に人気を博し、Techno/House/TranceなどのDJからは絶対的な支持を得ているエフェクターになるかと思います。

 CDJシリーズを始めとするパイオニアらしい操作性の良さ、そして多彩なエフェクトなどがうけ、クラブプレーにおいてこのエフェクターを利用するDJが増え・・・そういったDJのプレイに影響を受けがDJが更に使い始め、結果的に徐々に広まった流れがあったかと思います。

 特にこのエフェクターがウケたのが、歌がない「トラックの曲」でピークタイムを演出するのに効果的だった点だと思います。

 普通に聞いてると地味なトラックだけの曲でも、徐々にエフェクトをかけていくことで、フロアーに対して煽りと高揚感を与え、トラックのピークとなりそうな部分まで引っ張り、最後はフランジャーやジェットなどを強くかけて爆発させる・・・そんなプレイの仕方をするのに最適だったのがポイントだと思います。
 なんでしょう、DJシーン自体が「選曲で聴かせる」というよりも、「ショーマンスタイル」のプレイに変化したことが大きく、誰でもノレる歌詞がないトラックを武器に、DJプレイでのピークを作り出す為の機材として認知された点が大きく・・・そういった点で、このエフェクターが評価されたのだと思います。



 パイオニアのまとめになりますが、しっかりと現場の意見を聞いた上で、圧倒的にDJプレイがしやすい内容になってたり、音質や品質の良さがある点はもちろんのこと、テクニクスとベスタにはない「市場を読んでいく力」が長けたメーカーなのだと思います。
 それは、DJ機材がアナログからCDなどのデータに移行することを読んだのもあるし、DJシーンのあり方の変化(クラブプレイからフェス的なプレイへ)を読んだことで、それに見合った商品を作っていることに他ならないと思います。

 今後も、市場の変化に合わせた良質な商品を作り続けて欲しい所です!!





(6)国内DJ機材メーカー 各社

 ふー、テクニクス、ベスタ、パイオニアで相当書きましたね・・・当時から重要なメーカーだったので、カタログも結構持っていたので、つい無駄に長文を書いてしまった・・・(^^;)
 というか、この3社を説明すれば、日本のDJ機材の歴史が説明できることが分かり・・・本編と別館を頑張って書いてみた次第です。

 ただ、DJ機材メーカーは、ほんと色んなメーカーが参入してて、ヒットしたメーカーもあれば、ヒットせずに消えて行ったメーカーもあり・・・それに合わせて、色々とカタログを持っていました!

 そんな訳で、コレ以降は、印象的な機種だけアトランダムに紹介をします・・・手始めに「国内メーカー」編です!



①Melos メロス

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『DJミキサー PMX-2R』 1994年ごろ?

 私と同じ30半ばの方であれば「おわっ、懐かしい!」と思うでしょうか・・・ただ、私たちより若い方は殆ど知られていないメーカーですかね??

 Melosは、横浜に本社があったメーカーで、90年代初期(80年代末?)から00年代初期ぐらいまでは存在してたメーカーになります・・・今となっては存在しない会社だと思いますが、気づいたらDJ機材業界から姿を消したメーカーになります??

 んで、なぜMelosが我々世代には懐かしいのかというと・・・90年代中頃までは「HipHop/スクラッチ系ミキサーの代名詞」と呼ばれたDJミキサーを作ってて、ほんと使用率が高かったので、鮮烈に記憶に残っています・・・

 そのミキサーは、当時としては切れの良いフェーダーと、操作しやすい大きさとボタン配置がポイントで、ターンテーブルバトルの最高峰であるDMCの公認ミキサーになってたぐらいのスクラッチ向けなミキサーで・・・当時、HipHopが好きな人の大半が使っていたと言っても過言ではないぐらい、人気なメーカーでした。
 特に「PMX-2R」は、ほんと人気なミキサーで、95年ぐらいの高校生DJブームの時なんかは、メロスを使ってないと本物じゃないぐらいの勢いがあり、当時の有名雑誌「東京ストリートニュース」での高校生DJ紹介では、大半のDJが学習机の上にメロスが置いてあり・・・それらに影響して買った方も多かったと思います。

 なお、私も初めてのDJ機材を買う時に、ストニューを見てて、買うならメロスかな~と思っていましたが、いざ買う時になり、直感でベスタクスの「PMC-05 MK3」を選んでいました・・・
 今となっては、なぜベスタを選択したかは不明ですが、当時の自分に対してナイスチョイスをしたことは褒めてあげたいと思います(^^;)



②audio-technica オーディオ・テクニカ

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『DJミキサー AT-MX33G』 1995年ごろ?

 そして、こちらも私世代の方だと「おわっ、懐かしい!」と思うメーカーじゃないかと思います!

 今となってはヘッドフォンやマイクのメーカーとして大変有名な「オーディオ・テクニカ」ですが、90年代は緑色が印象的なDJミキサーを作っており、ボチボチ売れていたので、記憶に残っている方も多いかと思います。

 特に、メロスと同じコンパクト型の機種は人気で、画像の「AT-MX33G」や、それにサンプリング機能が追加された「AT-MX35G」などは人気で・・・結果的にベスタを選んだわけですが、私が初めてDJ機材を買うのに、最後までテクニカが競った記憶があります(^^;)
 確か、メロスやベスタの同等のミキサーより、若干安かった点がポイントで、それでテクニカにしようかと思っていましたが、フェーダーが他社よりも若干固く、それでベスタに流れたと思います・・・

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 ただ、テクニカについては、機材は利用しなかったのですが・・・1995年5月に発行された、この商品カタログには異常にお世話になりました!

 DJ機材のカタログにおいては、DJブームが故に何も知らない人も興味をもっているので、自社の商品を用いて「DJの操作方法」をレクチャーしたHow To要素を加えたカタログもあり・・・DJの教科書なんて無かった(知らなかった)時代なので、こういったカタログは大変参考になりました。
 このテクニカのカタログも、そういったHow To要素が入っており、簡単なミックスの仕方が書いてあり、当時、これを参考にしてDJミックスを学んだ記憶があります・・・

 ただ、今となってはビックリなのが・・・なんと、そのHow To部分の講師役が、あの「YOJI BIOMEHANIKA」さんです!!

 是非、掲載した画像を大きくして見て欲しいのですが、今とそんなには変わらないビジュアルで、先生をしている姿にはグッときます・・・
 また、二つ目の画像においては、各ジャンルのDJからのコメント&チャートの発表があるのですが、HipHopではDJ Fleshさん、Reggaeでは、ニトロ人脈でお馴染みのセルジオ石川さん(そうですよね?)が出てるなど・・・イイ感じで熱いです!!
 


③Tascam タスカム

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『スクラッチコントロールユニット TT-M1』 2003年ごろ?

 オーディオ・テクニカのように、日本で昔からあったオーディオ系メーカーがDJ機材を作っていた所は多く、それこそパイオニアのように大成功したメーカーもありますが・・・あまり目立たなかったメーカーも多数ありました。
 
 その中で、日本でも古参のオーディオメーカーであるTeac(ティアック)の業務機器部門である「Tascam」も、ボチボチ機材を出してて、大ヒットしたのはないですが、上記の部品は印象的です・・・

 この部品は、(3)のベスタクスでも触れた部品で、いわゆるDJ用のCDプレイヤー(CD-Xシリーズ)と連動し、アナログ用ターンテーブルに取り付けたこの部品が、タンテの動きに合わせてCDの音をコントロールするという・・・発想自体は「おわっ」という機材です!
 CDJ以上に、スクラッチなどのアナログ特有な繊細な動きを捉えることが出来たようで、Tascamとしてもかなり力を入れてたのか、ターンテーブリスト系ブランド「Mixwell」とコラボしたCDプレイヤー「CD-DJ1」を出す等、結構頑張っていたかとは思います・・・

 う~ん、同じ「オーディオ」に関する機器ではありますが、DJ機材というのは楽器的な要素も多少あり、純粋なオーディオメーカーが作ろうとすると、どうもズレが生じるみたいですね・・・
 Tascamを例にとるのは失礼ですが、むしろ、DJ的にはそのオーディオメーカーが作る高音質な音が鳴る機材の方がウケやすく、市場の模倣をする方が厳しい現実に直面する・・・のかな~と思いました??



④Denon デノン

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『CD用ターンテーブル DN-S3000』 2003年ごろ?

 んで、こちらも日本では老舗オーディオメーカーであるDenonですね・・・個人的には、自宅のアンプがDenonなので、やっぱりオーディオメーカーとしての認識が強いです?

 ただ、Denonに関しては、今でもSeratoなどと連動するDJコントローラーを製造・販売するなど、結構頑張ってて、DJ向けに関しては「Denon DJ」というブランド名で、デジタル化の波にしっかりと追いついており、今後も頑張って欲しい存在です・・・

 そんなDenonですが、上のCD用ターンテーブルは、アナログ派DJの琴線をなでる内容で結構グッときます!

 見た目や内容は、パイオニアのCDJとほぼ同一な後追い商品で、パイオニアよりもコンパクトさが売りだったかと思いますが・・・グッとくるのが、本体のタンテ部分に、なんと「本物の7inch」を取り付けることができ、アナログ感覚でプレイが出来る・・・という内容でした!

 今のシリーズに、それが採用されているかは分かりませんが、これは分かってらっしゃいますね・・・アナログ用タンテを親しんでいる方ならば分かるかと思いますが、レコードを触って操作をしていると、レコードの盤面が指に吸いつくような感じがあり・・・凄い操作がしやすいんですね!
 その考えは、先ほどのTASCAMのコントローラーや、後で紹介するNumarkのCDXなど、突き詰めれば突き詰めるほど「アナログ」が操作しやすいという結論になるんでしょうね・・・まあ、この考えの終着点は、セラートのようなコントロールバイナル方式になる訳ですが、残念ながら失脚した商品の中にも、メーカーとしての考え抜いた上での意思が埋め込まれているのだと思います。

 その中で、このDenonのCD用ターンテーブルは、アナログと向き合うことをシンプルに考えた点は素敵ですね!





(7)海外DJ機材メーカー 各社

 こちらも矢継ぎ早な紹介になりますが、海外のDJメーカーの機材も多く流通してて、それに合わせてカタログが配布されていました。

 まあ、日本国内以上に、アメリカやヨーロッパなど、もともとDJ市場が大きい地区で戦っているメーカーなので、各社とも色々な商品を扱い、売上合戦を繰り返していたかと思います。
 その中で、日本市場はある程度規模が大きかったので、売り上げを狙って各国のメーカーの商品が流れてきており、世界的に有名なメーカーの商品の大半は入ってきていたと思います。
 正確に書くと、海外のメーカーが日本法人を作り、直営をしたのは殆どなく、日本国内の輸入会社が販売権を得た上で日本国内で販売をしてたのですが・・・品質がイイのもあれば、海外らしい大味なのもあり、注目すると結構面白いかと思います?

 では、以下でメーカー別に紹介です~



①Numark ヌマーク(USA)

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『CD用ターンテーブル CDX』 2004年

 まずは、この前のDenonの所でも紹介したNumarkからいきましょう!

 アメリカの老舗DJ機材メーカーの一つであるNumarkは、アメリカ国内では結構人気のあるブランドで、歴史的な流れは分かりませんが、ターンテーブルに始まり、DJミキサー、レコード針など、様々な商品を扱う総合DJ機材メーカーになります。
 現在もバリバリ営業中で、日本国内での活動はアレですが、デジタルの波にしっかりと連動し、DJ用コントローラーなどを販売しているようです・・・

 そんなNumarkからの紹介は、このCD用ターンテーブルでいきましょう!

 今回のDJ機材紹介におけるキーアイテムであるCDJ-1000の開発以降、各社が競って出したアナログのように操作が出来るCD用ターンテーブルにおいて、Numarkが出した回答がコレで、日本でもボチボチ売れた商品になるかと思います。
 本体サイズがアナログ用タンテとほぼ同じ大きさどころか、ターンテーブル部分には、本物の12inchサイズのアナログ盤が乗っかる仕組みになっており・・・なんとも「アメリカン」な発想と大きさですね!

 個人的には、レコード針を除く海外製のDJ機材を使ったことがないのでアレですが・・・アメリカのDJ機材については「豪快」なのが多く、それが魅力かもしれないですね・・・

 このCDXも、大柄なアメリカのブラザー達の声を生かしたのか、他のCD用タンテと比べると明らかに「でかい」のが豪快ですが、これも現場の声を聞いている証拠でしょうか・・・基本的には、こういう発想は嫌いじゃないです(^^;)



②Gemini ジェミニ(USA)

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 そして、Numarkと並び、アメリカの老舗DJ機材メーカーと言えばGeminiも忘れてはなりません!

 こちらも歴史的な話は分かりませんが、結構古くからあるDJ機材の総合メーカーで、やはりタンテやミキサー、その他諸々を扱っており、今ではDJ用コントローラーやCDJ的な商品も出しているようです。

 個人的には、Geminiというと「HipHop」のイメージがあり、90年代のHipHopのPVなんかを見ると、バックDJ達が使ってる機材がGeminiが多いかな~と思っています。
 そういった流れは、機材にも反映されており、上の商品カタログであれば、よーく見ると全てのミキサーの盤面にマイクの穴があり、そこに突っ込むマイクも同時に案内されており・・・明らかにKid CapriやFunkmaster Flexのようなマイク使いを想定したミキサーになっており、その辺はグッときます!

 ただ、これもアメリカンな豪快さかもしれないですが・・・とにかく「デザインがダサい」ですね(^^;)

 なんでしょう、ブラックマン特有の感じというんでしょうか、ミキサー盤面に印刷された微妙なデザインや、明らかに使いにくそうなフェーダーやボタンの配置など・・・全体的に田舎臭さがあるんですよね・・・
 まあ、このカタログ自体、90年代末位ので、それ以降はもう少し良くなっていますが、根本的なデザインの考えはアメリカンで、日本人にはちょっと辛いっすね・・・

 なんか、総論的な話になりますが、海外メーカーのDJ機材が日本に入ってきても、あまりヒットしなかったのは、こういった「現地の好み」をそのまま輸入しちゃったところが問題だったのかもしれませんね・・・



③Stanton スタントン(USA)

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 なんか、海外メーカーについては、段々「ひどい」点を紹介してばかりですが、更に続けてみます・・・

 こちらもアメリカの老舗な総合DJ機材メーカーである「Stanton」で、NumarkやGeminiと同様にタンテやミキサーなどDJ関連商品を多く取り扱っており、現在もバリバリに頑張っているメーカーです。
 特に、NumarkやGeminiと比べると、レコード針が人気だったメーカーで、一時期はターンテーブリスト系DJに飛ばない針として人気があり、DJ Crazeのシグネイチャーモデルが出るなど、日本でも支持があったメーカーになります。

 ただ、ミキサーやタンテは、先ほどのGeminiで紹介したデザイン等の理由からかあまりヒットをしていませんでした・・・付け加えると、割と「パ●った」デザインや内容が多かったのが、理由かもしれません・・・

 DJ機材の歴史において、ヒットした商品というのは、それなりに使いやすい商品構成だったりするので、結果的に他社も真似る傾向があり、素人が見ると何がオリジナルなのか分からなくなります(^^;)
 参考で、00年初期ぐらいのカタログからミキサーのページを掲載しましたが・・・明らかにベスタの「PMC-05PRO」のパーツ配置とデザインで・・・当時としても「また似てるのが出たな~」と思っていました(^^;)
 
 一応、Stanotonには失礼なので補足をすると、日本のメーカーも含め、どのメーカーもヒットした機材に真似ることはしてるので、Stantonだけがやってた訳ではないですが・・・個人的にはアメリカメーカーはその傾向が強く、これもアメリカンな部分かもしれません??



④Rane レーン(USA)

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『ライブDJ用コントロールシステム Serato Scratch Live』

 アメリカ系のメーカーは散々たる説明になっていますが、こちらの会社はある意味「勝ち組」なメーカーでしょうか・・・ただ、私個人としては、この辺は全然ついていけないジャンルです(^^;)

 1980年代より運営をしているDJ機材メーカーであるRaneは、あのParadise Garageのサウンドシステムを担当したRichard Longの意を受けてDJ機材を作り始めたそうで、割と高級志向のミキサーを作ってたメーカーになります。
 今でも、Garageライクなダイヤルミキサーを作ってて、つい最近も新製品を出す(!)など、高品質な商品を大事にしているメーカーになります。

 ただ、このメーカーは、今となっては「データ時代を代表するDJメーカー」だと思います・・・それは「ある機材」を出したことで、DJの世界を大きく前身させたメーカーになるからです・・・

 その機材とは、コントロールバイナルの代名詞である「Serato Scratch Live」です!

 本文中でも「Serato」と書いていましたが、この00年代中頃に投入されたこの機材(システム)は、アナログ用ターンテーブルにレコード盤状のコントロールバイナルをセットし、それをアナログを聞くようにレコード針を落としてプレイすると、接続したPCにインストールされたDJソフトと連動する仕組みで・・・これも歴史的発明の一つだと思います!
 意外と言葉にすると難しいですが、つまるところ、パソコン上の音源データを、アナログ用ターンテーブル側でコントロールする仕組みとも言え、詳細なスクラッチやミックスが出来る内容と、パソコン一台を持ち運べばどこでもDJが出来るとあって、今となっては世界標準とも言えるDJ機材ですね!

 Rane自体、Scratch Liveを出すちょっと前から、アメリカ系スクラッチDJに支持されたDJミキサー「TTM 56」を発売するなど、割とスクラッチ向けの商品を出し始めた中で、Scratch Liveを出したことは理解が出来・・・それがHipHop系DJに受けた理由かと思います。

 この辺は、全然追ってない機材なので、もしかしたら間違いかもしれないですが、同時期に出始めたコントロールバイナル系の商品(例えばStantonのFinal Scratchとか)とかと比べて、圧倒的にスクラッチの反応が良かったのがポイントだったと思います・・・
 つまり、CDJも含め、データ系でDJをする時に、いかに「アナログと同じような操作ができるか」がポイントだった中で、Seratoの反応の良さがスクラッチ系DJに評価されたのが大きく・・・今回の記事のポイントである「操作のしやすさ」が光ったところがヒットした原因なのかな~と思います??

 カタログはレアなSL1時代のカタログですが、初めてコレらを見た時、こんなのでDJが出来るのか?と田舎者まるだしで疑ってしまいました(^^;)
 う~ん、今でも理解が出来ず、機材屋さんのデモ機も怖くて触れない(笑)ので・・・多分、導入する日はなさそうです・・・




⑤UREI by Soundcraft (UK)

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『DJミキサー Urei 1620 LE』 2005年

 ひとつ前のRaneでダイヤルミキサーの話をしたので、こちらを紹介・・・う~ん、これこそ「私の憧れ」の機材でしょうか!

 ベスタの別館で紹介した「R-1」でも紹介しましたが、House業界のDJミキサーにおいては、未だにその操作性と音の良さから1970年代~80年代に生産されたビンテージミキサー「UREI 1620」が愛用されています。

 これは、いわゆる「ダイヤルミキサー」と呼ばれるタイプで、慣れないと操作がしづらいミキサーではありますが、慣れれば慣れるほど音の調整が体に馴染み、気持ち良くDJが出来るミキサーとして評価が高く・・・当時の機材で、状態が良いものは未だに数十万円で取引されています。
 ただ、DJ機材メーカーとしては、古いUREIが使われ続けるということは、自社の製品が売れないことを意味するので、色々なメーカーがUREIを超そうと様々なダイヤルミキサーを出していました・・・それこそ、ベスタのR-1もそうだし、ひとつ前のRaneもUreiの流れをくんだミキサー「MP2016a」を出すなど、UREIを超すことはDJ機材メーカーの大きな目標になっているようです。

 そんな中、UKのDJ機材メーカーだった「Soundcraft」がUREI1620の再発モデルを出すことになり、世界のファンを驚かせました。

 外観は1620と全く同じで、音などもオリジナルモデルに負けない内容だったことから、オリジナル嗜好が強いDJ業界において、これは結構評価された再発だったと思います・・・
 まあ、オリジナルモデルにはどうしても勝てない感はありましたが、接続ラインが現代的なアレンジ(オリジナルは改造しないと対応できない場合が多い)だたり、価格もお手頃だったことから、今でも探している人が多い機種ですね~

 これは、美しい話にしたいのですが、DJ機材メーカーとして「超えたい壁」があることはイイことなのかもしれません。

 その超えたい壁は「Urei1620」で、未だにその壁を越えようと、世界各国の様々なメーカーが、Urei越えをしようと頑張って機材開発をしています。
 日本であればAlpha Recordingsさん、FranceのE&S社・・・どれも小さいメーカーですが、目標を超えて「理想の音」を出そうと、頑張って機材を製作しています・・・

 なんとなく、今回の記事を書いてて、ベスタのような真面目な会社が無くなってしまったことに喪失を受けてしまいましたが・・・探してみれば、音をしっかりと考えているメーカーは存在します・・・
 こういった、今と戦っているメーカーこそ評価しないとイケませんね!



⑥Allen & Heath アレン&ヒース(UK)

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 Ureiの再発を挟んで、ヨーロッパ系の商品も紹介です・・・ただ、意外とカタログの入手は難しかったようです(^^;)

 ヨーロッパというと、今も昔もクラブミュージックが大変盛んな地区で、とにかく様々な都市でクラブ文化が根付いており、それに伴いDJ機材市場も激戦区になっている地区かと思います。

 どうも、日本にいると、流行っている音楽とかの情報はダイレクトに伝わってきますが、DJ機材の情報はそこまでダイレクトに伝わってこなかったので、イマイチどんなメーカーが流行っていたかは把握しずらい部分がありましたが・・・人気だったメーカーは日本にも輸入され、ボチボチ人気があったかと思います。
  特に、TechnoやTranceといったヨーロッパらしいクラブミュージックにおいて、現場のクラブでしっかりと評価されたメーカーは、その評価を受けて日本にも入ってくるので、おのずと品質が良い商品が多かったと思います。

 その一つが「Allen & Heath」で、00年代以降のTechno~EDMシーンでは評価されているメーカーじゃないでしょうか?

 Techno系というと、Rodecなんかのように縦フェーダーでミックスするスタイルが一般的で、縦フェーダーの操作具合に加え、音の混ざり具合や、エフェクトがあるなど、HipHopやHouseとは違う基準で機材が評価されますが、Allen & Heathは、ビッグフェス級でも耐えられる高音質な設計などがウケ、様々なDJに評価されたメーカーだと思います。
 特に、Allen&Heathは、00年代初期にRichie Hawtinの助言を得て、時代を見越したMIDI機能/PCDJとの連携を念頭にした機種「Xone(ゼノン)」シリーズをリリースし、音の良さからたちまちトップDJに支持されたメーカーになりました・・・テクノ系は全然知識がないので、これで合ってるのでしょうか?

 ただ、カタログと言う観点になると・・・ヨーロッパ系のメーカーのは、結構地味なのが多かったと思います。

 現地でどれだけ流行っていても、日本では新参者になるので、中々評判は広まらず、海外メーカーの商品は結果としてそこまでは売れず、連動してカタログも地味なのが多かったと思います。
 このAllen&Heathも、パブリックなイメージでは、もっと派手なイメージがありますが、カタログは地味だし・・・他社であれば、たまたまあったスペインの「ecler」も地味ですね・・・

 日本のDJ市場においては、アメリカメーカーはまだ市場に入り込めたけど、ヨーロッパメーカーはあまり入れなった事実が・・・日本で配布されたカタログの内容から分かるかな~と思います??





(8)レコード針

 お次は、海外製品繋がりで「レコード針」に行きましょう!

 アナログでDJをする限り、レコード針は必須品で、私も含め、皆さんも思い入れが多いと思います・・・

 それこそ、アナログをプレイする限り、絶対に必要な機材(部品)で、針のスペックも音楽のジャンルや用途別に分かれ、種類も多種多様なので・・・おのずと興味が高い部品になるかと思います。

 特に、音がイイからA社の針を使ってますとか、針飛びしないからB社だ!とか、使う人それぞれの好みで判断されるので、意見が凄い分かれる商品だと思います。
 また、「交換」が前提にある商品だからこそ、DJ機材屋さんなどに行って触れあうケースが多いので、他のDJ機材とは視点が若干異なる商品かもしれません。

 そんな訳で、針カタログを紹介です!



①SHURE シュア(US)

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 まず、HipHop出身者でレコード針と言ったら「SHURE」でしょう!

 SHUREは、アメリカのメーカーで、今となってはイヤホンとマイクのメーカーかな~と思いますが、DJ業界においては「M44G」「M44-7」というスタンダード中のスタンダード針を作るメーカーとして有名です!

 通称「4G」ことM44Gは、主にHipHop向けの針で、低音の鳴りが正にHipHopな針で、私もヘッズだったころは4G一本でした!
 また、M44-7は、スクラッチ系針の最有力候補の一つで、針飛びのしにくさは評判が高かったです!

 この2つは今も昔も使っている方が多いかと思います・・・その理由の一つに「低価格だけど高品質」なところでしょう!

 アナログを使ってない方には分かりづらいかもしれないですが、レコード針というのは、使えば使うほど消耗をするので、定期的に交換をする必要があります。
 特に、スクラッチや長時間のDJプレイをすると、消耗は激しく・・・毎日毎日、DJの練習をしていると、ホント消耗が早いので、早いと2~3カ月、もっと早い方だと1カ月位で交換をするものになります。

 そのため、HipHopなどのスクラッチを伴うジャンルでは、針の交換を考え、SHUREのようなそんなに高くない商品の方が好まれ、かつSHUREは、針の消耗も他社よりは長いと言われてた(私はそう思っていました)ので、そういったコストパフォーマンスの部分で評価されていたと思います。

 また、レコード針は、メーカーによっても音が違うし、そしてメーカー内の商品規格によっても実際に鳴らすと音が全然違うので、この点も針選びの基準になるのですが、SHUREに関しては、HipHopでいう「ドンシャリ」系の音に強く、低音の出音の良さが評価されていました・・・
 実際、私自身もSHUREを使い続け、次に紹介するOrtofonのPro Sに変えた時、最初はローが若干細いかな~と思いましたが、むしろSHUREのローが太かったんだな~と思ったぐらいです・・・
 
 なんか、思い出話になっちゃいますが、高校生時代、真面目にDJの練習なんかしてたので、定期的に針を交換していましたが、交換した針が捨てられず、それが溜まっていき、なんか、その数が増えるにつれて、DJが多少は上手くなっていったので・・・使い終わったレコード針が一種の「青春の勲章」みたいな見方をしてた時期もありました。
 まあ、DJ的には初歩的なトランスフォーマー止まりで、クラブスクラッチやフレアーは会得できなかったし、未だにジャグリングは苦手だし・・・周りの方よりは全然上手くならなったですが、使いやすさの観点からいくと、やっぱり使いやすくってイイですね!!



②Ortofon オルトフォン(Denmark)

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 そして、私世代の方で、大人になってもDJを趣味にしてた方だと、大人になり、多少財力がついて、欲が出てしまい針をグレードアップするとなると・・・オルトフォンに流れた方が多いのではないでしょうか?

 オルトフォンは、元々オーディオ向けの高級針を製造していたメーカーで、その高音質な針がDJ達にもウケ、それこそLarry LevanのようなDJ達が80年代の頃から使っていたメーカーになります。
 特徴的なのは「本体の形状」と「音のピュアさ」で、オルトフォンの代名詞ともいえる「Concorde/コンコルド型」の美しい外観と、繊細な音の鳴りは唯一無二で、世界中から愛され続けているレコード針とも言えます。

 私も、時期は覚えてないですが、大人になってから同社の「Concorde Pro S」に換えて、それ以降、オルトフォンの音の虜で、今は再発モデルではありますが「Night Club S(OM型)」にグレードアップし、日々、コノ針でレコードを聞くのを楽しんでいます・・・

 そう、オルトフォンは大人にならないと手が出なかった針で・・・SHUREを使っていた小僧時代は「憧れ」の的でした・・・

 なぜかというと、価格が他社よりも高かったのが理由で、平均すると1本1万円~2万円ぐらいなので高校生~大学生には手が出せない針でした・・・
 だけど、周りの大人のDJからの評価は高く、かつ、コンコルド型の気品ある美しさが素敵で・・・大人になったら、絶対に買ってやろうと憧れていた・・・そんな針だと思います!

 そして、実際に変えた時は、ローの変化はありましたが、その音のクリアーさにヤラれ、高い針にするとこんなにも音が変わるんだな~とビックリした記憶があります。
 特に、そのくらいの時期から、DiscoなどのMid~Hiの音も重要なジャンルも買っていたので、Disco系の音の鳴りはSHURE以上で、今もコレが理由でオルトフォンにしています・・・

 まあ、使いやすさは人それぞれで、コンコルド型だと針をもちあげる取っ手の位置がヘッドシェルタイプよりも後ろにあるので、人によっては使いづらく、私もSHUREから換えた時には難儀しました。
 
 ただ、高い安いは別にして、自分の好みに合ったレコード針と出会えた時の喜びは結構大きいです・・・
 それは、テクニクスのタンテや、ベスタのミキサーなど、一生使える「相棒」と出会えたような感覚もありました。

 もし、あまり針にこだわったことがない方がいるのであれば、是非、自分の好みに合う針を探してみるのも面白いかと思います・・・


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 なお、今回は「カタログ」がメインの記事なので、こんなカタログも紹介・・・

 なぜか日本にも入ってきたオルトフォンが海外で発行していた「Ortofon DJ News」なる定期刊行物×商品カタログで、英語版ですが、結構好きで頂いていました。
 
 恐らく、皆さんもそうだと思いますが、オルトフォンと言うと、割と高級感のあるメーカーでしたが、こういった俗っぽい表紙の広告展開もしてたんですね・・・ちなみに、表紙のセクシーギャルは、海外でよくいるセクシー推しなDJの方のようです(^^;)
 まあ、海外市場では、品質面よりもイメージで売りたかった感があり、ターンテーブリスト系の記事に混ざり、イビザやマイアミのWMCの事が書いてあり、そういったシーンにも売りたかったので、こういう表紙なんでしょうね・・・



③他社の針

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『Pickering ピカリング(US)』

 え~、レコード針に関しては、ごめんなさい・・・これで玉切れです(^^;)

 SHUREとOrtofon以外、殆どカタログなどが出回ってはいなく、私が持っているカタログが足らないのと・・・私がSHUREとOrtofon以外はチャンと説明が出来なさそうだったので、まとめての紹介にさせてください・・・

 まず、ピカリングですね・・・こちらは90年代に凄い人気があったかと思います。

 特に、HipHop系だと「150-DJ」などが人気で、結構使ってた方が多いかも・・・ただ、日本だと、前途した通り、競合のSHUREが人気になってしまったので、ピカリングはちょっとマイナーな感じになってしまいましたかね??
 私は使ったことがなく、当時の周りの評価だと、針が固いというイメージがあり、針を使い始めて馴染むぐらいまでは針が飛びやすい・・・そんな話を聞いた記憶があります・・・間違ってたらご指摘ください(^^;)


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『Stanton スタントン(US)』

 そして、先ほどの海外メーカーのところで紹介したスタントンですが、レコード針のメーカーとしても有名だったと思います。

 画像は2001年ごろのカタログで、DMC3連覇を成し遂げた「DJ Craze」がモデルになっていますね・・・ちょうど、Crazeのシグネイチャーモデル(開発に協力したモデル)が出た時らしく、これでカタログを作ったようです??

 レコード針におけるシグネイチャーモデルについては、明確な資料がなかったので、ここでまとめて書きますが・・・ミキサー以上に多かったですね!!

 それこそ、ターンテーブリスト系は、レコード針がとにかく飛ばないことが重要なので、各社とも開発協力をお願いしつつ、ある意味の広告塔として活用してた感はあります・・・名前を上げればオルトフォンでQ-BertとDJ Kentaroの特別モデルがあり、Numarkだと毛色は違いますがCarl CoxやTony Touch(!)のモデルがあり、各社が競って出していましたね・・・
 ただ、割とターンテーブリスト系が中心だったので、音の面まで考えちゃうと通常モデルで事足りちゃうことも多く、意外と動かなかった針かもしれないです・・・実際はどうなんでしょう??

 なお、これも書くところがないので、ここで書いちゃいますが、テクニクスやベスタクスも針を出してましたが、残念ながらドマイナー過ぎるので割愛です(^^;)





(9)サンプラー、リズムマシーンなど

 お次は、DJとは若干離れますが、DJがプレイするダンスミュージックを製作する「サンプラー」や「リズムマシーン」の機材カタログを紹介します!

 個人的には、これらもDJ機材として捉えており、殆どの商品がDJ機材と近い位置で売られていたかと思います・・・それは、DJプレイと合体して使う方もいれば、DJの延長でトラック製作を作る方もいたので、近い位置にあったのだと思います。

 また、この記事でのキーワードになる「憧れ」という観点だと、これらの商品は・・・憧れでした!

 結果的に買う機会も、そして買う資金もなかったので手が出ませんでしたが、楽器を弾くという専門スキルがなくとも、こういったデジタル機材があれば簡単にトラックが作れる・・・そんな妄想が憧れの一つで、その矛先がカタログ集めに向かっていたようです(^^;)
 
 こちらのカタログは、結構面白いのが残っていたので、手厚く(?)紹介をしたいと思います~



①AKAI professional アカイ

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 一発目は、もうこの分野の4番打者である「AKAI」ですね!!

 AKAIは、我々としては「サンプラー」という存在を世界的に一般化したメーカーで、HipHopやHouse、Technoといった様々なダンスミュージックを作り出した「根源」を作ったメーカーだと思います。
 それこそ、直接的にAKAIは知らなくても、そのAKAIから作られた音楽をお世話になった人はいない位で・・・今の音楽はAKAI無くしては存在しないと言っても過言ではない重要メーカーです!!

 まず、AKAIが作った「サンプラー」について触れておくと、本体にドラムならドラムの音を録音(サンプル)し、それを操作ボタンに割り振り、ボタンを押すとそのドラムが鳴る仕組みで・・・これを組み合わせることで、機械の中だけでドラムを擬似的に演奏できたり、プログラミングをして延々と鳴らしたり、更に他のメロディーをかけ合わせることで一人で曲が作れたり・・・いわゆる「トラック製作」が一台で完成しちゃうそんな機材になります。
 特に、サンプリングをすることで音楽を成立させる「HipHop」は、AKAIなくしては成立しない位にお世話になっており、数々の名曲が、AKAIのパッドを叩くことで生まれました・・・それは、AKAIの圧倒的な操作の使いやすさと、音の良さがあってのことでもあります。

 もう、今となっては、テクニクスのタンテと並び、DJ機材界の「ユネスコの世界文化遺産」級なメーカーなので・・・私自身の結構カタログをもっており、人によっては感涙なのが多いかと思います(^0^)


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『サンプラー MPC3000』 1994年

 それでは、まずは歴史的な話からしたいと思います。

 AKAI自体は、元々は電子部品/音響系のメーカーで、82年に世界初のリズムマシーンである「Linn Drum」を開発したRoger Linnさんに協力を得て、新しいタイプの楽器としてサンプラーを開発した経緯があります。

 まず、Linnさん自体、実物の楽器を鳴らすのではなく、その楽器の音を機械的にコピーし、そのコピーした音をプログラミングして自動的に鳴らす機械(リズムマシーン・ドラムマシーン)を作った第一人者で、音をコピーし、機械的に演奏させることに長けていた方になります。
 Linnさんが開発したLinn Drumは、通称「リンドラ」と呼ばれ、当時は世界の様々なミュージシャンから重宝され、次世代の音楽を演出した機材でありましたが、日本製の安価で性能の良いリズムマシーンが出てきたことから、Linnさんの会社が倒産したそうで・・・その後、AKAIと出会い、更なる次元の機材としてリズムマシーンとサンプラリングマシーンを合体させた機材「MPC(Midi Production Center)」を生み出したそうです。

 サンプリングマシーン自体は、80年代初頭から電子機器の進展とともに作られ、極初期のモノは家が一軒買えるとも言われた位の代物ですが、徐々に定価化が進み、その中でもAKAIはヒット商品であるラック型サンプラー「S900」を発売する等、サンプラー業界で頭角を現してきたところでした・・・当時は、どちらかというとキーボードの一環みたいな位置づけで、時代の最先端を行く楽器だったようです。

 そして、87年には「MPC60」が発売され、ちょうどHipHopなどのサンプリングをすることで音楽を作る文化とリンクし、徐々に発展した経緯があります。
 それこそ、AKAIの特色ともいえる太くてざらついた独特の音質がHipHopとマッチして使われ続けたり、MPCシリーズの醍醐味である「パッド」の使いやすさもあったり・・・徐々に知名度をまして支持が増えた流れが初期にはあったかと思います。

 その初期の名残を残しつつ、ヒットしたのが画像の「MPC3000」じゃないでしょうか?

 更なる低価格化、使いやすさの向上に加えて、16ビット/44.1kHzという高いサンプリングスペック、打ち込みに耐えうるメモリーの増強などで、HipHop界隈では爆発的に大ヒットをした機種になります。
 発売は1994年で、生産終了後も人気があったことから99年に再発モデルが出るなど、当時は絶大な人気を誇ったサンプラーでした・・・

 そして、この機種が初期の名残があるのは・・・開発協力者のLinnさんは、自分がかかわった機材には「Roger Linn」というサインを入れることで有名(?)で、この3000が最後のサイン入りモデルになるからです。
 個人的には、このカタログの上部にもサインがある(!)ことに、Linnイズムを感じましたが・・・当時、Linnのサインが入ってるのを自慢してるトラックメーカーがいましたっけ(^^;)


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『サンプラー MPC2000』 1997年

 そして、AKAIのサンプラーを有名にして、かつ世界の音楽業界に対して大きな刺激を与えたのが、この「MPC2000」じゃないでしょうか?

 MPC2000は、一般の人には中々手が出ないサンプラーを低価格化(15万円位)し、かつ性能も使いやすさも向上させたこの機材は、全世界的にHipHopを「作る」人を増やし、90年代末から00年代初期のHipHop人気を進めた影の立役者かと思います。
 特に、日本においては、90年代中頃のDJブームを経て、HipHopのトラックも作ってみようと考えた若者に、トラックを作るという機会を与えた点は大変大きく、日本でHipHopを根付かせた貢献は十分にあるかと思います。

 うん・・・あの時代、HipHopが好きだったB少年たちにとっては、MPC2000は「手が届きそうな憧れ」だったかと思います。

 モチロン、販売された値段もそうですが、あの機械1台で、誰しもをバウンスできる曲が作れる・・・それは、既存のレコードを2枚使いすることで、新たな音楽を作るように、それまでの音楽概念から解放された自由な音楽の作り方が刺激的で・・・自分にもそれが作れるのでは?と思わせる位置で登場した点は大変大きかったと思います。

 私自身、買うことはなかったですが、あの頃は結構買おうかどうか悩んでいた時期もありました・・・
 DJじゃそこまでスクラッチや2枚使いが出来ないし、レアなレコードも持ってない・・・ただ、あの機械を買って、自分の発想力があれば、フレッシュな音楽を作れ、それでチャンプになれるかもしれない・・・

 もはや、宛ての無い「妄想」でしかないのですが、もしかしたらHipHopドリームを「叶えてくれそう」な位置で販売されたこと・・・そして、実際にそれで夢をかなえた人がいたこと・・・ほんと価値のある機種でした!


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『サンプラー MPC1000』 2003年

 なお、私が買うのをあきらめた理由としては・・・機材屋のデモ機で、叩いてみたけど、全然上手く操れる自信がなかったのも大きいかも・・・
 もしかしたら、機材屋や知り合いの機材を使って挫折したり、買ったけど使えずに挫折した人って多くなかったですか??

 前途の紹介では、さも簡単にトラックが作れるみたいな書き方をしましたが・・・かなり操作を覚える必要があり、私は結果的にコッチの理由で挫折しました(^^;)
 既に使っている人に教えて貰っても、モードを切り替えるのが良く分からなかったり、シーケンスの組み方が良く分からなかったり・・・何となく独特な構造が理解できず、割とスグに「俺には合わない」と思っていました・・・

 そう、このサンプラーについては、操作をすることの敷居が異常に高く、それがあるので「凄い売れた存在ではなかった」と思います。

 その限りにおいて、AKAIにおいても、DJ機材業界のカタログにおける奥の手である、操作の仕方を詳細に書いた「操作マニュアル付きの商品カタログ」を出していました。

 画像は、これもヒットした機種「MPC1000」が出た時に作られたヤツで、かなり詳しいところまで書かれた内容になっています。
 やっぱり、メーカーとしても、操作のとっつきにくさが、商品が爆発的に売れない理由と感じてたので、こういうのを作ったんでしょう・・・事実、買いたいけど操作が分からない人に対しては、こういった無料の操作解説があるのは助かり、私もこれを読んで、若干、心が揺らいだことは言うまでもありません(^^;)


 そんな訳で、HipHopなどを始めとするクラブミュージックを進化させた機材でもあり、若者たちの憧れでもありつつ、裏ではその憧れを破り続けた(すみません・・・)機材でした!

 なお、AKAI製品のチラシは、まだまだあるので、こちらも別館をご用意しました・・・お暇な時にお読みください!

素晴らしき「DJ機材カタログ」の世界 別館③ AKAI(アカイ)



②Roland ローランド

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 そして、こちらも日本が誇るリズムマシーン/サンプラーのメーカーですね!

 ローランドは、シンセサイザーや電子ドラムなど、電子的な楽器に長けたメーカーで、歴史は古く、電子楽器の隆盛に一役買ったメーカーだと思います。

 特に、我々の業界としては、ローランドが1980年に開発した「TR-808」を始めとするリズムマシーンの登場はなくてはならない存在で、AKAIと同様に、このリズムマシーンが出来たことでクラブミュージックが生まれたと言っても過言ではないかと思います!
 通称「やおや」と呼ばれるTR-808であれば、当時の技術としては決して実際の楽器の音とは似ても似つかない音ではありましたが、その独特な音が逆に良く、チープなハット音や、ボトムが太いベース音など、HipHopやHouseやTechnoといったクラブミュージックの土台を作った「音」であることは明白で・・・これも歴史的文化遺産です!

 そんなローランドは、90年代以降も様々な商品を発売し、DJ業界に対して使いやすいリズムマシーン/サンプラーを多く配給していたかと思います・・・


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『リズムマシーン MC-303』 1996年ごろ

 その中で、90年代にトラック製作をしてた方だと、このリズムマシーンはグッとくるでしょうか?

 先ほど紹介したTR-909の流れをくんだと言っても差し支えのないリズムマシーンで、ローランドらしいリズムをシーケンスするパッドが特徴的で、価格が安かった(定価で6万円位)こと、多彩な音を出せることなどで、クラブ系のクリエイターには人気だった機種になります!

 割とテクノ系で使われていたイメージがあり、各種エフェクトも付いていること、そしてローランドらしいキーボードパッドの入力が分かりやすく、シーケンスを組んだ時に正確に奏でること、そして最も重要な出音の良さなどを受けて利用した方は多いと思います。
 特に、当時も今も、ライブで使う人は多く、シーケンスの設定をスグに換えられるので、テクノ系のライブでは使っている姿を見た記憶があります・・・この辺は楽器メーカーとしての本領発揮ですね!

 う~ん、以後も様々な機種が出ていたかと思いますが、ポイントは「価格の安さ」かな~と思います。

 このMC-303は正にそうで、高校生でも全然手が出せる値段ですよね・・・また、TR-808に至っては、音が実際の楽器と似ても似つかないとミュージシャンからは評価され、市場では投げ売りに近い状態だったことから、HipHopやTechnoの若いクリエイターが買いやすかったことで、アンダーグラウンドで広まったとも言われています。

 よく「安かろう、悪かろう」なんて言われますが、良質な機材を作っているメーカーほど、そんなことは微塵もなく、むしろ音にも操作性にもプライドを持ちながら、お客さんが喜ぶ価格で出していた姿勢には・・・頭が上がりません。
 まあ、TR-808については、ローランドとしては苦笑の話かもしれないですが、こういった姿勢は忘れてはいけないですね!


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『サンプラー MS-1』 1996年ごろ?

 そして、低価格というと・・・コレにお世話になった方は多いかもしれません!

 通称では「フレーズサンプラー」と呼ばれているもので、クラブなどの現場では、プレイしている曲に対して、彩りを添える意味で音を足す為に使ってたことが多い機材になります・・・それこそ、今でも普通に使ってる手法ですが、曲を煽る意味で爆発音とかブザー音などを出すやつです?
 価格は約4万円位で、実売はもっと安かったと思います・・・コレ系のサンプラーも色々なメーカーが出しており、後で紹介するYAMAHAとか、我らのベスタクスなどが出していましたが、価格と内容の良さからコレは結構支持をされていたと思います。

 そして、この機種が恐ろしいのが・・・かなり低スペックと思われがちですが、サンプリングやシーケンスの機能があるので、これでトラック製作が出来てしまう点です。

 記憶レベルだと、これでトラック製作をしてる人は見たことがないですが、実際に「こんな動画」があり、コレにはビビりました・・・

 調べると、同時発音は4音のようで、今となっては箸にもかからない内容かもしれないです・・・でもこの動画を見てると、こういった音を作る機材って、機材の性能以上に「使う人の発想」が大切なんだな~と思いました!

 Roland製品は、ほんと「発想」が重要で、メーカーが思いもよらない使い方で様々な音楽を作り出してきたと思います・・・
 例は沢山あるかと思いますが、Rolandほど「ユーザーフレンドリー」を生かしたメーカーはなく、他ならず品質と内容の良さがあってのことだと思います!



③Boss ボス

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 そして、マニアなら分かるかと思いますが、Rolandときたら、次はBossでしょうか?

 Bossは、実はRolandのグループ会社のような位置づけの会社で、一般的にはギターのエフェクターや、マルチトラックレコーダーなど、ギター系の方(?)にはお馴染みのメーカーかと思います。
 何となくですが、割とプロ向けな部分があり、かなりマニアックな商品もある中で、DJ向けな機材も開発し、こちらも我々の業界的にはかなり大きな存在かと思います!


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『サンプラー Dr.Sample SP-303』 2001年?

 その代表商品が、このサンプラー「SP-303」ではないでしょうか?

 かなりコンパクトなサンプラーで、今までの説明の流れでいくと、AKAIのようなトラック製作の為と、RolandのMS-1のような現場で使う為のフレーズサンプラーの中間みたいな感じでしょうか・・・

 トラック製作においては、後年になり、あの鬼才「Madlib」がこのサンプラーを愛用していることを公言し、サンプラー/シーケンスマシーン/リズムマシーンとして高い評価を得たのは割と後になってからのような気がします。

 発売時は、いわゆる低価格路線の商品で、どちらかというとDJプレイで活用するフレーズサンプラーの位置付けが強かったと思いますが・・・コノ商品も、Madlibのように、品物の性能以上に「使う人の発想力」の方が大切なことを教えてくれた商品だと思います。


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『サンプラー SP-404』 2005年

 ただ、このサンプラーについては・・・やはり「現場」/DJ向けの要素が強く、個人的にはソッチの印象が強いです!

 SP-303の後継機種として発売された「SP-404」ですが、カタログでは井上三太による書き下ろしイラストがあり・・・ここからもトラックメイカー向けというより、DJ向けなイメージが垣間見れます。
 
 つまり、DJプレイを補う意味でのサンプラーとしての位置付けで、ドラムや効果音などを足す、フレーズサンプラーの位置付けが強かったかと思います。
 特に、SPシリーズの特徴である、打ち込みパッドが光る点などは、暗いクラブでのプレーを想定した設定で、パッドを打つたびに光るのが視覚的にもカッコよく、やはりクラブ市場を狙っていたんでしょうね・・・

 ただ、こちらのサンプラーも、使い方によっては凡庸なフレーズサンプラーになってしまいますが、使うDJのアイデアによって強力な武器にもなるサンプラーだと思います。

 その代表例が、いまや日本を代表する和物DJである「吉沢dynamite.jp」さんで、日本屈指のSP-404使いとして日本各地をロックしております!!

 吉沢さんは「この動画」の1:10辺りから始まる生打ちのように、DJプレイにリンクする形でSP-404を活用していますが・・・どうですか、凄いでしょ!!

 この剣さん使いの自己紹介ルーティーンは、完全生打ち込みの現場セットで、これは上がりますね・・・大名作である「Super 和物 Beat 番外編 - ニュースクール 歌謡ダンスクラシックス!」でも披露されていますが、もはや吉沢さんの代名詞だと思います!

 こういうセットをみると、やっぱり「使い方」が大切なんだな~と思います・・・

 それは、きっと、説明書には一切掲載されないことで、そのDJの「自由な発想」の元に生まれる使い方なんだと思います・・・

 ここで紹介しているサンプラーやリズムマシーンもそうだし、タンテやミキサーもそうです・・・どんなに高い機材を買っても、それを使いこなさないと意味がないし、それ以上に、誰にも思いつかない使い方をしないと上には行けません・・・こういう所に「DJスピリッツ」があると思います!

 なお、生打ちの後、当山ひとみに行くのがフレッシュです・・・2008年の時点で、コレをプレイしてるんだから・・・吉沢さん、最高です!!



④Korg コルグ

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 んで、トラック系機材の最後は、こちらも日本を代表する電子楽器メーカーである「コルグ」です!

 現在はヤマハ資本の会社のようで、一般的には「キーボード/シンセサイザー」や「電子ピアノ」が強いメーカーと認識されることが多いと思います。
 ただ、こちらもDJ向けな商品を多く開発し、それこそミキサーやエフェクターを始めとするDJプレイ用の機材から、トラック製作用の機材等・・・結構色々な商品を開発していました。


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『シンセサイザー Triton』

 その代表格の一つがこのTritonでしょうか・・・HipHopを長く聴いている方なら「懐かしい!」と思いますよね?

 このシンセサイザーは、実は全然DJ業界向けに発売されたモノではなく、サンプリング機能を取り入れたワークステーション的なシンセで、どちらかというとプロミュージシャン向けに開発され、実際にプロのミュージシャンにも評価されたシンセになります。

 ただ、90年代末位から、HipHopにおけるメジャーポップ化に伴い、サンプリングをしないトラック作りが流行った中で、当時はまだアップカマーだったSwizz Beatzが、このシンセに入っている音源を使い倒し、このシンセ一台だけでトラックを作ったことで、HipHop業界では大変流行ったシンセになります!

 実はこのシンセは、内蔵されているプリセット音源が豊富で、これ一台でドラムやベース、そしてメロディーも引け、かつシーケンスも出来るので、ある意味「サンプラー/リズムマシーン」的な色合いが強かったんですね・・・
 当時としては、まだサンプリングHipHopの色が残っていたので、Swizzのビート自体はコアなファンからすると安易すぎると非難された部分もありますが、今思うと、Swizzがこういった機材を見つけ、独自の発想でビートを作った点は極めて「HipHop」だと思います・・・やっぱり「使う人次第」なんですかね!

 なお、DJ向けのトラック製作用の機材も実は出していて、RolandのMCシリーズのようなリズムマシーンに、サンプラー機能が入れたようなトラックマシーン「Electribe」をシリーズ展開してて、これも結構ヒットしましたね~
 設定や機能別に何種類か出ていて、テクノ系の方だと、ライブセットで、これを数台用意し、同期しながら演奏をしてた方がいたと思います??


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『DJ用エフェクター Kaoss Pad KP2』 2002年

 んで、DJプレイをしている方であれば、コッチの方が馴染みがあるかも・・・パイオニアの「EFX-500」シリーズと肩を並べる名エフェクター「Kaoss Pad」です!!

 本当は(6)辺りで紹介すべき機材ですが、これは本当にヒットし、今でも使っている方が大変多いかと思います・・・

 大きな特徴としては、本体の真ん中に配置されたタッチパッドで、何らかのエフェクトをかけたとき、このパッドを指でなぞるとエフェクトのかかり方が変化し、慣れると直感的なエフェクトがかけられるとあってかなり人気がありました。
 割とHipHop系には人気があり、アブストラクトっぽいエフェクトをかけるDJには人気があったと思います・・・また、大好きなDJデュオ「Ulticut Ups」もカオスを使ってて、当時は「こんな感じのDJセット」の元で、カオスをライブやミックス作りでかなり使ってた印象があります。

 この機材も、機材屋さんで試してみて、全然上手く使えずに挫折(笑)した記憶がありますが・・・きっと慣れるとホント使える機材だったと思います。

 特に「直感的に」エフェクトをいじれる仕組みが大きいですよね・・・それは、この機材の場合は真ん中のタッチパッドになるのですが、アナログレコードでDJをするように、自分がイメージした事が、指先で簡単に操作できるという点は凄い重要かと思います。

 なんでしょう、これも度々繰り返している話ですが、音楽と言う可視化しづらい内容を、イメージ通りに実行させる作業は難しく・・・そうなると「操作性」というのが大事なんですよね・・・
 このカオスパッドも、直感的にイジれる操作性の良さがポイントなんでしょうね・・・やっぱり日本のメーカーは凄いですね!

 なお、カオスパッドについては、市場の要望に合わせて商品をビルドアップさせていった点の素晴らしく、機能の充実化や小型化、または映像用のカオスを作る等、市場に忠実な姿勢も高評価です!

 ただ、このカオスの機能を内蔵したDJミキサー「Kaoss Mixer」も発売しましたが、これは微妙だったかな・・・
 個人的な私見では、DJミキサーは、音をミックスする為の機能に集中して欲しく、エフェクトをこだわり過ぎると、本来のミキシング部分がブレる感じがあるので、こういう内蔵系はあまり好きではありません・・・すみません(^^;)





(10)レコード機材・グッズ その他

 ふ~、やっと最後の項目です・・・長かった(--;)

 最後は再びDJ機材のラインに戻りますが、いわゆる「その他」系のを順不同に紹介します~


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『DJ用ヘッドフォン Pioneer HDJ-1000』 2002年

 まずは、これまでの機材紹介の中でも、コッソリと出てきたDJの必需品「ヘッドフォン」です・・・いや~、流石にこれは、単体のカタログもなく、総合カタログでも大きく取り扱われていないので、ここでの登場です(^^;)

 画像は、当時も今も人気なパイオニア製のDJヘッドフォンですね・・・パイオニア製はジャンルにとらわれず、幅広いジャンルの方に支持されていたと思います。
 パイオニア以外だと、私も長く愛用していたソニーの「MDR-Z700」とか、テクニクスの「RP-DJ1200」などが人気で、どれも本体の可動範囲が広く、DJ時にモニタリングしやすいのと、モニタリングした時の音の良さがポイントだったと思います。

 私はソニー派でしたが、DJ時のモニタリングの使いやすさはもちろん、普通に通勤時のヘッドフォンとしても使ってたので音の良さは保証済みで・・・DJ用とあって、ローの鳴り方が鮮明でありつつ、ミッド~ハイも聞こえやすく、リスニング用としても使えたかと思います・・・
 特に、どれも密閉型なので、ローをしっかりと鳴らしても、外に音が漏れないので、クラブミュージック系の音楽を聞くのであれば、リスニング用としての利点が多かったような気がします・・・

 ただ、私だけかもしれないですが・・・ヘッドフォンって壊れやすいですよね(^^;)

 DJ機材においては、どちらかというと「消耗品」の位置付けで考えている方が多く、特にプロの方だとそうですよね・・・なんでしょう、DJという環境で使う以上、粗雑に扱わざるを得ない状況が多く、使ってると本体のプラスチック形成部分などがひび割れ、最終的には壊れてしまいます・・・
 まあ、それを見越して本体自体はかなり丈夫に出来ているので、ホームDJレベルであれば、結構長く使える設計にはなっていますが・・・壊れたら高いお金を出して買い買えないといけないので、結構憂鬱な存在だったような気がします??

 ちなみに、ソニーのZ700は、毎日通勤で使ってたからかもしれないですが、結構壊れて下さった(?)ので、出費が結構痛かったです・・・今の通勤用は流石に安いヘッドフォンにシフトダウンしています・・・(^^;)



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『DJバック UDG』

 お次は、プロのDJだったり、定期的にクラブでDJをしている方だと必需品な「DJバック」です!

 これも色々なメーカーがありますが、そこまで大きいメーカーがないので、カタログを作っているところなんて皆無じゃないの・・・と思ったら、DJバックメーカーの最大手である「UDG」はしっかりとカタログを出していました!

 UDGは、DJバック界においてはかなり高級な部類のメーカーで、価格もそれなりにしますが、耐久性だったり、品質の良さなどで世界の有名DJからの支持は大きく、アナログ用から始まり、CD用、そして今のデータ時代に合わせた専用ケース等、今でもトップブランドとして君臨しております!
 それこそ、このカタログの中でも、自社の製品なのに「DJバック界のメルセデスベンツ」と形容しているぐらい、商品には自信があるようで、カタログにもそういった自信が感じられます!!

 私自身、外でDJをする機会が殆ど無かったので、DJをする時は、ちょっと大きめなトートバックだったり、旅行用のキャリーケースなんかに無理やりつめてDJしに行ったぐらいで、バックを買うことはなかったですが・・・UDGのはデザインの良さから、ちょっと欲しかったバックでした・・・

 それは、何となくですがオルトフォンのコンコルドが欲しかったように、そのスタイリッシュなイメージが物欲を刺激するんですよね・・・DJは外ですることは絶対にないけど、もしもの時の為に・・・みたいな無理やりな理由で買おうとも思ったぐらいです(^^;)
 それでいくと、昔、元UFOの松浦さんが、Porterに別注でキャリー付きのレコードバックを作ってて、それもメチャクチャ反応しまたね・・・値段は笑いが出るくらいアレでしたが、アレもカッコ良かったな~

 やっぱり、DJというものは、存在もそうですが、こういった機材も「カッコいい」が大切なんですね~



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『DJ用サンプラー YAMAHA SU10』 1996年

 はい、やっとオーラスです・・・長かった・・・最後は定番の「珍品系」の紹介です(^^;)

 ココまでの紹介においても、わりと「?」な機材も若干紹介をしましたが、DJ機材も誕生して30年ぐらい経過した訳ですから、変なのは色々とあります・・・
 それは、人によって基準がちがうので、どれが「変」なのかは人それですが、私が持ってたカタログの中から、これは変だというのをピックアップしてみました(^^;)

 まず、日本が誇る音楽系メーカーの大御所である「YAMAHA」ですね・・・まさか、DJ系の機材まで手を出していたとは!

 「手を出していた」というと、大変失礼ですが、こういった業界、大手の会社ほど、何か売れる金脈がありそうだったら脈略もなく乗りこんでくる訳です・・・YAMAHAもDJって売れそうじゃない?とか思ったんですかね??

 んで、勝負してきたのはスクラッチも出来るというサンプラーのようで、私の中では記憶がなかったので、真っ先に思ったのが「うさん臭そう」です・・・ただ、これはこれで、結構凄いみたいです!
 試しに「この動画」を見たらビックリしたのですが、出音も良さもそうですが、やり方を間違えなければ、全然スクラッチが出来てる・・・うわー、結構凄いっすね!

 また、繰り返しになりますが、やっぱり「使う人のアイデア次第」なんですね・・・こういった姿勢は忘れてはいけないです!

 ちなみに、今回はこういった動画を参考でリンクしてますが、こういった古い機材を遊び倒している方がいるのには結構ビックリで、かなり刺激を受けさせて頂きました(^0^)



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『MD用ターンテーブル(?) SONY MDR-DRE1』 1998年

 そして、こちらは完全な珍品でしょうか?

 我らの「ソニー」もDJブームに黙ってはいなかったようで、ソニーが自信を持って押し進めていた「MD」のタンテで業界に殴り込みをかけたようです??

 これはちょっとだけ記憶があり、イメージとしてはパイオニアの初期のCDJをMDにしたような感じで・・・まあ、使いづらそうですね(^^;)
 実際に使ったことがないので、詳細は分からないですが、カタログを見ると、ピッチコントローラーやループの機能は付いているみたいですが、CDJ1000以降の操作ジョグはなく、多分使いづらそうかな・・・どうなんでしょう?

 ただ、MDであれば、当時はまだCD-Rを作ることが難しく、MDの方が簡単に自宅録音が出来たので、そういった環境で作られた自作の曲をDJプレイするのには、結構イイ方向性だったかもしれないですね・・・



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『リズムマシーン(?) Zoom SB-246』 2005年

 んで、最後の最後は、たまに出てくる「謎の海外製DJ機材」です(^^;)

 画像のは、Zoomという海外メーカーから出たリズムマシーンのようで、画像の通り「HipHop」系の様々な音が入った商品になります・・・なんか、うさん臭そうですね(^^;)
 例えば、商品型番の「246」というのがストリートさを出すために日本の輸入元が勝手に名付けたのか?と思わせたり、カタログの絵のDJの方の擦り方が、本当にそれで擦れるのかという構図だったり・・・う~ん、アレですね・・・

 ただ、調べてみたら、現地でもこの名前で出ているようだし、実際の内容も割と普通にドラムが出せる内容のようで・・・さらに価格も1万6000円ぐらいとあって、結構お手頃の商品のようです?

 DJ機材、ほんと「ピンキリ」な世界で、値段が高い安いもあれば、メーカーの知名度も様々でしょう・・・

 ただ、DJという範疇なら理解が出来るかと思いますが、そういった無名なモノにもイイ商品が隠れているのかもしれません・・・

 DJ/レコード業界にいると、誰も知られていないモノを独自の視点で解釈/表現する行為が普通に行われているかと思います・・・それは、一言でいえば「掘る(diggin')」になるかと思います。

 今回の記事において、ベスタなどでは、商品の良さは変わらないので使い続けてほしいなんて書きましたが・・・こういった「見知らぬDJ機材」を掘る行為も必要かもしれないですね・・・
 是非、根性がある方は、全国のハードオフをめぐって、面白いDJ機材を発掘してくださいね!!






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(11)最後に 

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 いやいや、相変わらずの計画性の無さから、こんな膨大に、そしてこんなに書くのに時間がかかるとは思いませんでした・・・すみませんでした・・・

 今回の記事、きっかけは「DJ機材のカタログが結構あったはずだから、それで何か紹介ができないかな~」というレベルで草案し始めましたが、結果的に、当時発行されたカタログを用いて、昔のDJ機材を語る・・・みたいな内容になりました。

 変な話、これらの昔の機材を知りたければ、今なら簡単に検索が出来ちゃいますが・・・当時のカタログで、(一応は)当時の事を知っている私の視点で、こういった昔のDJ機材の良さを伝えたい・・・そんな思いで頑張って書いた次第です・・・

 ベスタクスが特にそうですが、ホント、昔のDJ機材メーカーの努力と情熱、そしてその努力と情熱が引き起こしたDJ業界への影響は計り知れず・・・こういったDJ機材メーカーの尽力があってこそ「今」があることを再認識して頂けると嬉しいです。

 歴史を知ると言うことは、何かの物事に対する知識や愛情、そして経験を高める上で最良の行為だと思います・・・

 今回の紹介を通して、こういった歴史や流れを知っていただき、DJ機材を含めた「DJ」という行為/文化をもっと好きになって頂ければ幸いです。



 ではでは、これで終わり・・・です。

 これかれもブログは私のペースで進めていきますが、色々と皆さまが喜んで頂けそうなことを企画していきますので、引き続きのご愛顧をお願いいたします!
 






素晴らしき「DJ機材カタログ」の世界 別館① Technics(テクニクス)
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 この記事は、DJ機材メーカー「Technics(テクニクス)」について、以下の記事において書ききれなかった内容を紹介する記事になります。以下の記事と合わせてお楽しみください。

   素晴らしき「DJ機材カタログ」の世界





(1)カタログで辿る「SL-1200」の歴史

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 メイン記事では総論的なことしか書けなかったので、こちらでは多少マニアックな話を書きますね(^^;)
 
 もー、我々にとってターンテーブルと言えば、本文でも書きましたが「SL-1200」であり、これがなかったら今の自分たちがいるかどうか分からない位、ホント大切な存在です!

 ただ、このターンテーブル、それが結果的に魅力ではありましたが、シリーズを通して見た目が変わらないので、どう進化したのかが分かりづらい商品だと思います。
 まあ、具体的には本体の外観などは変更がないものの、操作性や音質面の向上の努力はメーカーとして力を注いでおり、進化するたびに内容が良くなっていました。
 それこそ、現在の中古市場価格だと、そういったテクニカルな面を考慮して、後期のシリーズの方が評価が高く・・・特にMK6は、今となってはあまり出荷されなかった機種なので、割とレア価格になっています。

 そんな訳で、シリーズの歴史を、私の持っているカタログをベースに辿っていきましょう!

 なお、スペックの違いなども書いていますが、かなり曖昧に書いてますので、事実誤認がありましたらご指摘くださいね!!


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『SL-1200 MK3』 1989年~1997年

 カタログの手持ちベースになるので、まずは「MK3」から・・・ちゃんとしたカタログがなく、96年ぐらいのカタログの裏面にチョコっと掲載されていた部分から抜粋です(^^;)

 個人的には、このMK3を使い続けているので、一番思い入れのある機種で、これも普及率が大変高い機種ではないでしょうか。

 歴史的には、このシリーズの肝である「DDドライブ方式」によるトルク力が強い構造、そして圧倒的に使用しやすいピッチコントローラーの搭載などがDJ達に評価され、全世界的に広まった経緯があり、DJの歴史と共に進化したターンテーブルがSL-1200になります。

 そして、このMK3は、1989年に発売された3世代目の機種で、このひとつ前のMK2と共に、世界のクラブシーンで利用されたターンテーブルの一つになるかと思います。
 MK2との違いは、外観の塗装の違いぐらい(MK2がシルバー、MK3がグレー)だったと思いますが、ちょうど時期的にも80年代中期~90年代中期というクラブという文化が全世界で爆発的に広がった時期なので、その爆発をこれらの機種が支えていたことは明白だと思います。

 なお、画像の話もしておくと、下が通常のMK3ですが、上は1995年に5000台限定で生産されたリミテッドモデルで、 金属部分が24金メッキ塗装が施された豪華モデルで、MK3D以降は標準搭載されたピッチのリセットスイッチが付いていたモデルになります。
 当時、このリミテッドモデルもお店で見ましたが、価格が通常のMK3よりも高いのもありましたが、なんか下品な色合い(?)で、子供ながら普通な方がイイな~と思っていました・・・SL-1200は、シンプルな方がイイですね!!


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『SL-1200 MK3D』1997年~2002年

 そして、そのMK3にピッチのリセットスイッチを追加し、MK2でお馴染みだったシルバーカラーにマイナーチェンジしたのがMK3Dになります。
 これもこれで、日本におけるDJブームの最中に生産された機種なので、お持ちだった方が多かったはず・・・何となくですが、普通のMK3よりも、MK3Dの方が良く見かけるような気がします??

 んで、凄い微妙な話ですが、テクニクスって、タンテの色で、その人が「いつ」にそのタンテを買ったのかが分かったので、それでその人の「キャリア」が分かるということもありました・・・
 凄い分かりづらい表現かもしれないですが、ブッダの人間発電所のセンターラベルが「青」か「緑」でその人の格が変わるみたいな感じで・・・MK3Dが出た以降、MK3の黒を持ってるとキャリアが長いと思われる節があり、色は結構重要でした??
 ただ、私がMK3を買った時点でも、その話はあり、私のころはMK2のシルバーを持ってる人の方が格が上でした・・・分かる人には分かる、どうでもイイ話でした(^^;)


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『SL-1200 MK4』 1997年~2002年

 そして、同時期にDJ向けにはMK3Dが出てたので、あまり注目されなかった機種がこの「MK4」ではないでしょうか?

 私の手持ちレベルでもカタログに殆ど掲載されていない機種で、確かオーディオマニア向けに開発された機種だったと思います・・・
 内容的には通常の33rpm/45rpmに加え、SPレコードの再生で用いられていた78rpmが搭載されていたこと、好みのラインケーブルが取り付けられる目的でピンコードが着脱式になっていたこと・・・が違いだったと思います。
 
 DJ関係ではあまり使ってた人はいなかったと思います・・・特に、回転数の変更ボタンが、通常の33rpm/45rpmの2つの大きさに、78rpmを加えた3つのボタンが並び、ボタン自体が小さかったから・・・

 でも、ラインが換えられるのはこの機種のみで、それがあるので今となっては微妙にレア価格な機種でもあります・・・他のSLだとラインが直結してて交換自体が出来ないのですが、猛者になると、改造という範疇でラインを交換して音質アップをしてる人もいますね・・・
 改造話でいくと、当時、Vestaxのタンテ等には標準で付いていたリバース(逆回転)の機能を、SLに追加するための部品というのも売られてて(当然、純正品ではないです)、これで強引に改造をした人もいましたね・・・
 

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『SL-1200 MK5』 『SL-1200 MK5G』 2002年~2007年

 メイン記事ではカッコいいカタログを紹介したので、こちらでは松下電器らしい「微妙」なカタログであえて紹介です!

 SLシリーズの発売開始30周年を記念して2002年にリリースされたのがMK5で、外観や内容は殆ど変わらないのですが、キャビネットの構造や、各種部品素材の変更で、全体的な品質・音質の向上を目指した機種で、これも同時はかなり売れていた機種です!
 発売の際は、シルバーのMK5と、その上位機種にあたる黒のMK5Gが出ており、5Gの方は、シリーズで唯一ピッチが±8と±16に変更可能となり、今となっては5Gだけは異常に人気な機種ですね。

 この辺になってくると、素人だと分からないことなのですが、テクニクスに関しては、シリーズを通して見た目が殆ど変わらないけど、音質面の向上は進むにつれて良くなっているそうで、ピッチの変更を含め、この5Gなんかは今でもかなり人気な機種です。

 特に、クラブ等の大音量で音楽を流すところでは、音質の良さもさることながら、防振性も大切で、その点も後期の機種はカバーしてたことから、プロの目からすると、MK5Gや、次で紹介するMK6は今でも人気です。
 テクニクスの古い機種だと、中古で売っても二束三文な時もありますが、後期の機種は今でも人気なので、お家でホコリに被っている機種があったら、ユニオンとかに相談してみてはいかがでしょうか??


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『SL-1200 MK6』 2007年~2010年

 そして、SLの最終モデルは、SLの発売35周年を記念して2007年に発表されたMK6で、シリーズ最高の音質として今でも大変評価されている機種になります。

 MK5と同様に、本体の外観や仕組みは殆ど変わりがないのですが、各種部品の洗練を経て、進化した機種になり、色は黒とシルバーの2色で発売しました。
 発売においては、日本国内のみで「MK6K1」という先行モデルが1000台生産され、通常のMK6に35周年を記念したノベルティー(特製ブックレット、特製ゴールドディスク)がついたセットの販売もあったそうです。

 この機種、2015年の今現在、ホント中古価格が評価されている機種で、その一端は生産数の少なさで・・・つまるところ「売れなかった機種」だからです・・・

 時代的には、CDJの普及や、パソコンでDJをする人が増えてきたことで、アナログレコードでDJをする人が激減していったことに伴い、アナログ用タンテを買う人が少なくなっていたので、シリーズの中では生産数がかなり少ない部類の機種だと思います。
 当時、発売時には多少話題になりましたが、新規でDJをやりたいという人は少なく、既にタンテを持ってる人が中心だったので、あまり動きがなかった機種だったと思います・・・正直な話、私も「テクニクスから新しいのが出たんだ~」程度にしか思わなかったと記憶しています。

 また、これはテクニクスの「良さ」なんだけど、逆に「悪さ」になってしまった点があります・・・それは、品質が良く、品物が丈夫なので「壊れない」ことです。
 それこそ、私のMK3は、もうすぐで20年目ですが、一向に壊れる気配がありません・・・つまり、凄い使っているヘビーユーザーの「買い替え需要」が起きず、それも販売数に影響をしていたように思えます。
 
 う~ん、内容の良さって、その発売時には分からず、少し時間が経って、それがなくなった時に分かる・・・そんな好例のような機種がMK6かもしれないですね・・・




(2)その他のテクニクス

 以下では、テクニクスの話題だけど、その他としか扱えないネタを掲載します(^^;)

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『CD用ターンテーブル SL-DZ1200 / 発売時の販促カタログ』 2005年

 まずは、いきなりの変化球から・・・あれ?MUROさんだ!

 これは、本編でも紹介した「CD用ターンテーブル SL-DZ1200」が発売開始になった際、メーカー側が作った販促用の商品カタログで、残念ながら今年の春に休刊してしまったDJ向け専門誌「Groove」とコラボした冊子になります。
 正確に書くと、そのGrooveの版元であるリットーミュージックさんとのコラボで、表面はMUROさんに同機種でDJ体験してもらい、裏面では、同社から発売されているSound & Recording Magazineとコラボし、なんとテイ・トウワさんが同機種でトラックを作る体験をしています!!

 まず、企業側の宣伝戦略として、こういった既存の雑誌とコラボすることはよくありますが、DJ機材においても、大手のメーカーだとチョクチョクやってたようで、大手として「この商品だけは売り込みたい!」という意図があって作成をされたんだと思います。

 実際の内容も、機材のカタログというよりも、Grooveやサンレコの誌面でありそうなその機材の使い方を中心にした「How To」的な要素が強く、こういうのは助かりますね・・・

 このカタログでは、この機種がもつ機能(例えばサンプリングパッド)などを詳しく説明し、通常のカタログでは伝えきれない内容を教えてくれます・・・いわゆる実践的な説明書として活用されていました。
 私個人としても、こういうHow Toが入ったカタログは、そこまで各社とも作ってはいなかったですが、結構好きな部類なので、あれば必ず貰っていました(^0^)


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『1997年8月のカタログの裏面』

 そして、これは、1997年8月ごろ発行のカタログの裏面で、色々な関連商品が掲載されてたり、何となく昭和っぽいデザインですね・・・こういう所も「松下」っぽくって嫌いではないです!

 ただ、掲載品は熱くって、ソニーのMDR-Z700と並び、DJ用のヘッドフォンとして人気を博した「RP-DJ1200」が掲載されてます!

 今回、色々な商品カタログを漁りましたが、意外と「ヘッドフォン」のカタログは少なく、私自身が持ってないのもあるかもしれないですが、ヘッドフォンに関してはメーカーもそんなにカタログを作ってなかったようです??
 このRP-DJ1200も、テクニクスのロゴがバッと印刷されてて、見た目もカッコいい事に加え、耳あて部分が色々な方向に回転するので、そのDJの使い方に合わせた装着が出来るのが人気でしたね~

 また、個人的にボムだったのが、愛してやまないテープレコーダー「Shock Wave」が掲載されていることです!!
 掲載は、後期モデルにあたる「RQ-SW70」で、色違いのを所持してますが・・・機材カタログを紐解いてて、これが掲載してたことにはビックリしました(^0^)

 んで、もう一つボムが・・・更に下には取り扱い店のスタンプが押してあるのですが、私が高校生時代に通ってた学校の最寄だった「島村楽器 津田沼パルコ店」のスタンプが!!

 当時は、DJ機材を買うとなると、専門店は殆どなく、大半の方が割と大きな電気店か、島村楽器のような楽器店で購入された方が多かったと思います。
 特に、当時の楽器店は「バンド」と「DJ」という若者の最先端カルチャー(?)を取り扱うとあって、売り上げも凄く、津田沼という千葉の微妙な都市レベルの島村楽器でも、しっかりとDJ機材コーナーがありました・・・当時、意味もなく、バンドを組んでいる友人と意味もなく島村楽器、新星堂、そして今は亡きユニオンを徘徊するのが日課でした(^^;)





(3)まとめ

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 そんなこんなで、2010年10月にはテクニクス商品の生産停止がアナウンスされ、伝統のブランドに幕が閉じました・・・当時、私も「この記事」で書いた通り、ほんと悲しいの一言でした。

 その後、今となってはDJ機材業界のエースである「パイオニア」がアナログ用ターンテーブルを発売したり、テクニクス自体も高級オーディオ部門として復活もしましたが・・・我々としては「SL-1200」が復活することが希望なのかもしれません。

 今回、記事を書いていて思ったのが、テクニクスって、日本の「家電メーカー」が従来より得意としてきた「真面目さ」や「職人気質」が如実に表れた商品だと思いました・・・
 それは、その真面目さが品質の良さを担保し、かつ商品を無理に変えずに信じている製品を作り続けた職人気質みたいのがあったから、テクニクスは成立したのかな~と思います。

 この時代、SLを再生産させることは、色々な意味で難しいことは分かっていますが、また、DJシーンの中で光り輝くことを夢見ています・・・そして、それまでの間は、皆がテクニクスを愛し続け、光を消すことなく使い続けていきたいと思います!!